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見知らぬ天井と、うわついた気持ち【ショートショート】【#132】

 ――その時、ぐうぜん俺は見てしまった。

 同棲している彼女のケータイにあった1枚の写真だ。映っていたのは怪しげなむらさき色の間接照明に照らしだされた天井で、俺はそれを見た瞬間、「ラブホテルだ」と直感的に思った。
 冷蔵庫から飲み物をとりすぐに彼女は帰ってきた。写真が表示されたままのケータイは無遠慮に机の上に置かれている。しかしテレビからしばし流れていたCMが終わりをつげ、ふたたび番組がはじまるときにはケータイも彼女の手の中に戻ってしまった。
 その後、テレビ番組が存外に面白かったこともあり、俺は写真のことなどすっかり忘れ、ごく普通の日常をすごしていた。


 その写真がふたたび気になりだしたのは、友人のアキラと話していたときのことだ。

「彼女がさー、ウワキしてるかもしんないんだよね」

 ここはアキラの一人暮らしをしている部屋だ。アキラは電子タバコをふかしながら続けた。

「この前さー、彼女がなんだか嬉しそうな顔しながらケータイ見てたからさ、『何かあったの?』って聞いたのよ。そしたらこれが『なんでもない』とか言ってさ。明らかになんかあったっぽいのに隠してるわけよ。しかも最近やたらとよそよそしい気がするし。まじでこれウワキされてるわ。ってかヒロトも気をつけた方がいいぜ……」

 その瞬間、俺の頭をよぎったのが例の写真だ。ここ最近、俺が彼女とラブホテルに行ったことはない。友人が送ってきたとかも考えられるだろうし、彼女がとった写真だとは限らない。それはわかっているつもりだ。
 わかってはいるつもりだけれど、そもそも最近、彼女の行動はちょっと怪しいのだ。「バイトが忙しい」と言って遅くまで帰ってこないことが多いし、やたらとケータイをニヤニヤしながら見ている気がする。
 前提として、そういう怪しい行動があったからこそ、俺はあの写真にも引っかかりを覚えたのだった。

 そして、一度そう思いはじめたらすべてが怪しく思えてきてしまった。新しい洋服を買ったと聞けば、誰かほかに相手がいるのではないか。新しいラインスタンプを使っていれば、どこかの男に布教されたんじゃないか。一事が万事そんな感じだ。決定的な証拠があったわけではない。それでも俺の中では彼女が浮気をしているという思いが日に日に強くなっていった。

 そして週末のある日、「今日もバイト遅くなりそうだからテキトーになんか食べてて」というラインをもらったとき、俺はいてもたってもいられなくなり、彼女のバイト先に乗り込むことにした。

 彼女はカフェでバイトをしており、店に行けば会うことができるはずだ。もちろん、彼女がきちんとカフェでバイトをしていればの話だけれど。人の女に手を出す不届きな男はどんなやつだろうか。俺よりもイケメンだろうか。俺より身長が高いのだろうか。
 いろんな妄想が頭をめぐり、彼女のバイト先につくまでずっと頭の中がグルグルと回っているようだった。

 十数分ののち、俺は彼女のバイト先についた。まずは窓の外からのぞき込む。そこに彼女は、――居た。少し疲れているようには見えるが、普段どおり白いシャツにエプロンをしている姿がそこにあった。一瞬、安心するもののまた別の懸念が頭をよぎる。もしや、バイト仲間にその浮気相手の男がいるのではないだろうか。それであればどこかに出かける必要はない。そう思って店内をくまなく見わたす。……ほら、怪しい男が何人もいる。きっとそうだ。この中の誰かと浮気しているに違いない。

 頭に血が上ってきた俺はズケズケと店内に押し入った。そして入ってきた俺に彼女はすぐに気がついた。

「あれ? どうしたの?」

 俺が発するただならぬ空気をすぐ見抜いたのだろうか。「ちょっとだけ待ってて……」とひとこと言いのこし、店長らしき人のところに話にいき、すぐエプロンをはずしこちらにやってきた。

「ピークも抜けたし、ちょっとだけど休憩もらってきたよ。どうしたの? なんかあった?」

 手元に置かれたコップをなかば無意識ににぎりしめ、俺は彼女を問いつめた。

「お前、――ウワキしてるだろ?」

「……は? 何言ってんの?」

「最近バイトが忙しい忙しいっていつも帰ってくる時間が遅いし……。やたらケータイみてにやにやしてるだろ。知ってんだぜ。――それに……」

「……それに?」

「俺は見たんだよ! お前のケータイにラブホの写真があったのをな! 最近ラブホなんて行ってないし……、どっかの男と行ったんだろ! 正直に言えよ!」

「はあ……? えーっと、そもそもラブホの写真ってどれ? そんなのないんだけど? 見てみなよ」

 そう言いながら彼女は、ひょいと自分のケータイをこちらに差しだしてきた。

「この前うつってたやつだから、まだ最近の……あっ、これだ! これ!」

 そこにあったのは間違いなく俺がこの前見た写真だった。怪しげなむらさきの光に照らしだされた天井。見れば見るほど煽情的だ。ああ俺は今、まぎれもない証拠を押さえてしまった。むしろ何かの間違いであってほしかった。俺は怒りを通りこし、どこかがっかりした気持ちを感じていた。

 その写真を彼女がテーブルの反対側からのぞき込む。そして、――彼女は笑った。それも店内にひびくような大きな声で。

「その写真ね。確かにそれはラブホっぽいわ。私も思った」

「違うっていうのか?」

「違う違う。よく見てよ。この天井、見おぼえない?」

 天井といっても照明などが映りこんでいるわけではない。なんとなくシミなどが見える程度で、見覚えなどあるはずが…………いや、ある。俺はこの天井を見たことがある気がする。どこだ? どこで見たんだ?

「じゃヒントね」

そういって彼女が見せてきたのは、さっきと同じ天井の写真だった。しかし今度はあの扇情的な光はあたっていない。普通の天井だ。そして……、この天井は……。

「……あっ!」

「気がついた? そう、これうちの天井です。てかあのライトやばくない? まじラブホでしょ。ほらヒロト、間接照明とかほしいって言ってたからさー、ヒロトの誕生日プレゼントのつもりでこれ買ったんだ。……で、この写真はひと足先に試してみたときの写真ってわけ。やっばいよねこれマジで……」

 呆然とする俺に彼女はダメ押しをする。

「よかったね、浮気してなくて。あと、ちょっと早いけど誕生日おめでとう」

「……うん」

 俺は辛うじてそう答えることしか出来なかった。



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