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近海一本釣が単なる看板ではない理由

先日、SNSの方に『同業者』と思しき方から、このような言葉をいただきました。

『カツオの漁法でそこまで味が変わるとか…看板つけたいだけだろ?』

正直に申します。
「え?本気でそれ言ってるの?」
と、私はビビりました。
かつお節になった場合に、全く別物になっている、品質が天と地ほども違うという事実を把握されていない旨の発言があり、個人的には非常に残念だと感じました。
と、同時に、かつお節の美味しさを知る機会がないのではないだろうかという悲しさもあります。

ですので、きちんと近海一本釣りのカツオを使用している理由、巻き網のカツオとの違いを、ここで書いていこうと思います。

体の構造による、漁法からの影響

①【エラ蓋の構造の違い】

まず、カツオは回遊魚と呼ばれる魚です。
回遊魚と呼ばれるものには多くの魚がありますが、回遊魚には泳ぐのを止めても平気な種類と、泳ぐのをやめると死んでしまう種類がいます。
これはエラ蓋を開閉することができるかどうかの違いによります。
例えば、サンマやサケなどはエラ蓋を動かせますので、エラ蓋を開閉してエラに水を流すことで呼吸ができるため、泳ぎが止まっても問題ありません。ところがカツオやマグロ、カジキといった魚は、エラ蓋を動かせないため、口を開けて泳いで、海水をエラに通すことで酸素を取り込み、呼吸をしています。
なので、泳げないと『呼吸ができない』という事になります。


これは、カツオを下から見た写真です。エラが硬く閉じているのがわかります。

さて、ここからです。
一本釣りは、泳いでいるかつおの群れに合わせて釣り針を下し、泳ぎながら喰らいついてきたカツオを、一気に釣り上げる漁法です。釣り上げるまでは水中を右に左に縦横無尽に泳いでいますので、暴れ回っていても呼吸はできています。

ところが大型船の巻き網で獲りますと、群れを文字通り『一網打尽』にします。 大量のカツオが網に囲い込まれ、どんどん網を絞り込んで狭くなる水中を、必死で泳ぎ回ります。網を狭めていくことで泳げる範囲が狭くなり、自由に泳げるスペースが殆ど無いくらいに網を小さく纏めたら、何回かに分けて掬い上げていくのです。 しかしそうなると、呼吸が満足にできない状態に陥ります。
その為、表現は悪いのですが、窒息に近い状態で長時間置かれているカツオが捕獲されるという事になります。
これは、死亡したカツオが水揚げされるという事も多々あるのではないでしょうか。

※勿論、鮮度が良い状態で水揚げされ、即冷凍される魚も沢山いる事でしょう。すべてのまき網がこのような状態であるとは申しません。しかしながら、そのような鮮度の良いカツオは、かつお節などの加工ではなく、鮮魚用として流通している事が多いのも事実です。

②【代謝の違い】

また、カツオ(やマグロなど)はエラ蓋の構造上『泳ぎ続ける必要がある』為、他の魚類と比べて体の代謝を非常に高く保つ必要があります。
意外なことかもしれませんが、カツオは代謝が非常に高いため『体温も高い』のです。
常に泳ぎ続けているカツオですが、身の危険を感じると、危機から回避するために激しく動き回り、運動量が跳ね上がります。
そうすると、泳いで体温を下げることができないと、体内が代謝熱で焼けてしまう身焼けが生じることが多々あります。※1
(※1 カツオやマグロなどは、特殊な血管構造である奇網(ワンダーネット)というものがあります。代謝によって温まった血液と、エラを通って酸素を含んだ冷たい血液とが熱交換をする事で、体温を一定に保つことができるのです。つまり、泳ぐことができないと、呼吸ができないことに加え熱交換が出来ずに体内に熱が溜まり続けて、内側から焼けてしまうのです。)

また、体内では筋肉を動かすためのエネルギーとして筋肉内の糖の分解が起こり、ATP(アデノシン三リン酸)が生産されて運動することで消費されていきますが、糖分解をしてATPが作られるときには同時に乳酸も生産されます。
かつお節の旨味成分(イノシン酸)の元である糖が分解されて、ATPが次々に消費されることで、うま味成分の元となるものが少ないために出汁があまり出ないかつお節となり、乳酸が増えることで酸味を蓄えたものとなります。

③苦しさから暴れ回り互いに身をぶつけ合う為、身が弱る

まき網で獲ると、上記に記した『窒息』と『代謝熱』による苦しさから、魚が網の中で暴れ回ります。それは言うなれば、赤身の非常に筋肉質な魚同士が、全力で殴り合っているような状態になります。
それがしばらく続くと、身がボロボロになってしまうのは、想像できますね。
互いに身をぶつけ合ってしまったカツオは、その身が傷んでしまい、とても脆くなっています。
張りの無い身の魚は、捌いた時にも身が緩んでおり、煮熟という工程を経ても筋肉の収縮が少なく、場合によっては捻じれたり、伸びたままという事もあります。
それは、筋肉の状態がそれほどまでに疲れて劣化しているという事に他なりません。
そのような状態では、魚をお湯で煮ても身が締まらないため、お湯の中に閉じ込めておきたいうま味成分が、とても流出しやすくなっています。

【余談】

ここで少し化学に詳しい方は、代謝によって糖が分解されていくとATPになり、更に分解されていくと、ADP(アデノシン二リン酸)→AMP(アデノシン一リン酸)→IMP(イノシン酸)となるので、イノシン酸まで分解されるので問題ないのではないか?と思われる方もいるかもしれません。
しかし、鮮魚の段階で既に分解が起こってADPが多量に生産されていると、かつお節を製造しているときに分解が進みすぎて、うま味成分であるイノシン酸が分解されてしまい、HxR(イノシン)という成分に分解され、更に進むとHx(ヒポキサンチン)とR(リボース)という成分になってしまいます。
イノシン酸が分解されて旨味成分が減るだけなら、問題は大きくはないのですが、実は分解されてイノシンに変わるときにできるもう一つの物質が厄介なのです。それが『アンモニア』です。
アンモニアはここをご覧になられている方なら、恐らくほぼ100%の方が知っているであろう、悪臭の原因物質です。それが体内で生産されるという事は、匂いや味に大きな影響がある、という事がなんとなくご理解いただけるのではないかと思います。
また、イノシンが分解されて生まれる物質のヒポキサンチンは苦みを呈する成分となりますし、ヒポキサンチンが生まれる際にもアンモニアが生じます。
これらの事から、可能な限り運動による糖代謝を行わせない事が、うま味成分を保つ上でとても重要になります。

まとめ

さて、上記の内容をご覧いただいて、いかがでしょうか?
漁法によって、どれほどの変化がカツオ自身に生じており、それがどのような違いを生むのかが、ざっくりとでもご理解いただけたのではないかと思います。

まとめますと…
まき網の魚を使うと

①長時間の窒息状態が続くため、魚自体の鮮度がとても落ちやすくなる。

②またかつお節に加工した際には、旨味成分の元が少なく、酸味の元となる乳酸が増加し、雑味や臭み苦みの成分などが生まれやすくなる。

③その上、網の中で暴れて身をぶつけ合うので、身が脆くなっており、煮熟の工程で旨味の元が煮汁に流出してしまいやすくなっている。

④場合によっては代謝熱で身が焼けている魚を使用するため、美味しくないものをさらに加工することになる。

といったことが起こります。
これは、『漁法』から起こる問題ですが、かつお節の味に直結する問題ばかりです。

さて、これで 『カツオの漁法でそこまで味が変わるとか…看板つけたいだけだろ?』 という言葉が、そうなのかというところがわかると思います。 勿論同じ一本釣でも、近海一本釣りなのか遠洋一本釣りなのか、そして作り手の腕と環境その他で、味はいかようにも変わります。
それでも『そもそもの原料の質を超える』ものは作れません。

うちの社長が、口を酸っぱくして言っています。
『素材を超える加工方法はない。』
良いものを作ろうと思うなら、そのスタートからが重要なのです。
スタート地点に大きな差があれば、到達できるゴールが違うことは、誰にでも理解ができるはずです。
弊社と生産者の宮下家は、冠や看板をつけただけのものを作りたいわけではありません。本当に美味しい、昔から続くかつお節を残したいと思って、続けております。
漁法の違いは魚の質の違いに繋がり、それは価格に直結します。原料となるカツオの仕入れ値が、過去最高値で1000円/kg近いこともありました。仕入れて作って売っても、赤字になるタイミングもありました。しかしそれはずっと続くものではなく、長い目で見た場合は平均値に近づきます。
(これは関係者の方なら、とんでもないあり得ない金額であるとご理解いただけると思います。)
敢えて一時的に大変な思いをしても、『これでなくてはいけない理由』というものが、明確にある為、弊社では近海一本釣りのカツオを選んでおります。

譲れない理由が、弊社にはあります。
という事で、これらの内容に疑問などがございましたら、いつでも遠慮なくお尋ねくださいませ。
これからも、美味しいかつお節をお届けできるように、努めてまります。
表現が至らない所があったかもしれませんが、わかりづらいなどありましたら、その辺もお気軽にお尋ねください。
あと、同業者の方や料理人さんでも、ご質問などはいつでも歓迎しております。できれば同業の方で興味を持ってくださる方がいたらすごく嬉しいので、なんでもお伝えできるものはお伝えしますので、お気軽にお尋ねください。

尚、うちの近海一本釣は『漁獲から水揚げ迄17時間以内』のものだけを使用しております。(鹿児島港の自主規制による)
また、近海と遠洋では全く仕上がりが違います。
その理由はまた次の機会に…。 

文章に残して、後の世代に繋いでいきたいと思っています。 サポートいただけると、とても励みになります。 よろしくお願いします。