花布、あるいは知っている全てについて(彼女のいる背表紙/堀江敏幸)

花布のあたりにそっと指をかけて書棚からその本を引き抜き、

――『固さと脆さの成熟』より引用

「花布」


そのことばを知ったのは、『彼女のいる背表紙』の1頁目だった。

花布(はなぎれ)
本製本の中身の背の上下両端に貼り付けた布。

――e book cafeより引用

「はなぎれ」と読むらしい。

画像2

(茶色い布の部分のことですね。)


名前こそ聞き覚えはないけれど、たぶん、本好きなら触れたことのある部分だ。


「花布」に指をかけて、棚から本を抜き取る仕草。


それは、気に止める必要もない、ありふれた仕草。


けれど、ことばにされると、こんなに愛らしい響きを伴うのか。


なんだか、愛しい人を形容するような美しさがある。


この随筆集は、「花布」に触れたときから始まる。





不眠の僕は、悩んでいた。


何について悩んでいたのかといえば、「不眠」と自分に枕詞を付けるくらいなので、不眠について悩んでいた。しかも、悩みというのは、不眠を悪化させるらしく、そして僕は、日ごとにますます不眠を深めていくのだった。


眠れないときは、眠ろうとしなくていいらしい。


なので、買ったばかりの『彼女のいる背表紙』と向き合う日々が続いた。


本にとどまらない、「書」にまつわる随筆の小品集。

パヴェーゼの本を開くときはまず、睡眠をたっぷりとって体調を整えておく必要がある。

――『きみは、夏じゃないんだ』より引用

チェーザレ・パヴェーゼという作家の小説は難解なので、それを読むためには、入念な準備が必要だという話だ。


とりあえず、不眠の僕には読めないので、無縁な作家だ。


では逆に、不眠症の人間でも開ける本は何だろう。


たとえば僕が、今まさに手に取っている本だろうか。


「静謐」で満ちている、この本が。


頭の中で、濁流が轟々と音を立てていても、頁を開いた瞬間に、それらはすっかり凪いでしまう。その静謐の前では、鳴りを潜めてしまうんだ。


間違っても、「静寂」ではない。


「静寂」は、もの寂しいことだから。でも、この静けさは、僕にとって心地のいいものだから。


だから、この心地よさを与えるものに、「静謐」と名付けたい。

いるとわかっているときは、なんとか接触を避けようとして通り道を変えたりするくせに、いなければいないでひどくさみしい気がする、そんな女性。

――『ああ、マダム・ドダン!』より引用

ところで、不眠の僕は、快眠の僕に、少しずつ戻りつつある。不眠のきっかけは何だったのか、今では思い出せない。


不眠だったときは、あんなに眠りたいと思っていたのに、眠れる今では、それを思う必要がなくなったことが、少しだけ寂しい。


けれど、僕の手元には、いつでも本がある。


「花布」に指をかけるとき、僕はいつも「静謐」の中にいる。

8/5更新

彼女のいる背表紙/堀江敏幸(2009年)

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