toward morning

僕はたぶん、起きる方向を間違えたんだ。「方向」っていうのは、何の比喩でもなく、東西南北のことだ。僕はいつも東を向いて起きているのに、今朝にかぎって、西を向いて起きてしまった。そのせいだ。現在午前7時。昇るはずの陽が、沈もうとしている。ああ。取り返しのつかないことをしてしまった。これじゃ、今日が始まるどころか、昨日に戻っているじゃないか。ああ。全人類の皆さん、ごめんない。僕が、西を向いて起きたばっかりに……。「にしむくさむらい、にしむくさむらい。問題ない、問題ない」それが、問題大ありなんだよ。現に、彼女は聡明なはずなのに――こんな事態になったら、いの一番に僕を叱りつけるはずなのに。どうして、僕は諭されているの? ……いや。これは、諭されているといえるのか? わけのわからないことばを使われているのに、諭されているといえるのか? 「にしむくさむらい、にしむくさむらい。何とでもなる」聡明な人間は、時間を巻き戻されると阿呆になるんだろうか。彼女は、午前8時と同時に1杯いただくはずのオレンジジュースで、午後8時と同時に顔を洗い出した。僕より早起きの彼女は、すでにファンデーションを塗りたくっていた。つまり、化粧したばかりの顔に彼女は……。ほら、目も当てられない姿になってしまった。「にしむくさむらい、にしむくさむらい。何とでもなる」もう、同じことしかいわなくなってしまった。彼女は、けらけら笑うと、四つん這いになり、一足飛びで部屋を出ていった。あとには、彼女の顎から滴り落ちた果汁の溜まりが残った。僕はそれを掬い取り、急いで啜るとすぐに吐いた。死因になりそうな味がした。世界の終わり。SEKAI NO OWARI。僕は、気を失った。「にしむくさむらい、にしむくさむらい。今度は、間違えないでよ」彼女の声がする。正気を取り戻したんだろうか。それとも、正気を失っていたのは僕の方なんだろうか。「次は、次は、次は、どっち?」次は、次は、次は……「東だ!」僕は、東の方を向いて起き上がった。目の前には、ファンデーションを塗り直した彼女が、にっこり笑っていて。窓の外は、ずいぶん陽が傾いていて。「にしむくさむらい、にしむくさむらい。……今度は、間違えなかったね」ほんの少しだけ、オレンジの香りがした。

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