少年は毎日どうしたらよいかわからなくなる『ポニイテイル』★68★
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いきなり17時でした。そんなわけないと思ったけど、どう考えても夕方の5時です。
寝たのが夜の7時だとすると、少年は20時間以上も眠っていた計算になります。『空想の時間が多い子ほど、現実生活において眠くなりやすく、架空動物と頭の中で長時間おしゃべりをした日はとくに睡眠時間が長くなる傾向にある』と、以前読んだ本に書いてありました。少年の経験からいっても、パナロと長話をした夜は、翌日に寝坊しがちです。
夕方の5時だけれど、とてもすがすがしい気分でした。
頭は引越しのあとの家のように空っぽです。
父と母が旅立った6才のあの朝みたい。
少年はとうとう、12才になったのです。
ベッドを出てリビングに行くと、テーブルの上には、試験の手紙とカップが二つあります。昨日の夜と同じ配置です。もう一度手紙を読み返しました。一字一句変化はありません。
当たり前です。20時間ほど眠ったくらいで手紙の内容がころころかわっていたら逆にこわいです。銅のポニイの姿は室内のどこにもありませんでした。
ソファーに座り、甘くて熱いココアを飲みました。
ココアは世界で一番おいしい。ココアだけでじゅうぶんです。チョコレートパウダーとミルクとお湯。三つが一つにとけあって、白いカップのなかをぐるぐると泳いでいます。
まだ小さかった少年のために、父が残してくれたアドバイスがあります。
「どうしたらよいかわからなくなったときは、星を見なさい」
宇宙の星たちが、それぞれの歴史とたくさんの生命を抱えながら夜空を巡っている。
それを眺めていれば、自分が次の一歩を踏み出すことなんてとてもささやかで、簡単なことに思えてくる。
少年は毎日どうしたらよいかわからなくなるので、毎晩のように星を眺めました。この7月に入ってからは1日も欠かさずに見ています。
いや……昨日はちゃんと見てないか——
少年は星を見るために外に出てみました。
フクロウのマカロフが木のうろに体をすっぽりとうずめて目をギョロギョロさせていました。マカロフのいる木の根元で、ミヤコが、だらしないかっこうで昼寝をしています。夕方5時の空はまだ明るくて、星はひとつも出ていません。
試験のことは何もかも、すべて忘れてしまおう。
ハレーは熟睡しているミヤコをゆすっておこしました。
「ねぇ、目を覚まして。これからいっしょに散歩しない?」
ミヤコはゆっくり体をおこしました。2つの耳は力なくたおれたままです。寝ぼけまなこのミヤコの栗色の体に、少年はムリヤリまたがってみました。
「さあ、立って! ぼくを乗せて歩いて!」
「……」
ポニイはポックリポックリ歩きはじめました。子馬に乗ったのは小学校2年生のとき、学校のバルコニーでシマウマの子どもと遊んだとき以来です。
後ろから顔をのぞきこむとミヤコのまぶたは重たそうで、まだ半分夢の中にいるみたいです。ちゃんとまっすぐ進みません。ミヤコがこんなに寝おきがわるいとは意外でした。もしかしたら架空動物の側も、人間と話した日には、いつもより眠くなってしまうのかもしれません。
「眠そうだね、しっかりしてよ」
「……」
ミヤコはクビをたてにふりました。大丈夫という合図のようですがとろんとした目です。
すれちがった何人かの人は、ハレー少年とミヤコのことをふりかえりました。ポニイに乗ってこの町を行く人なんて、少なくとも少年自身は一度も見たことがありません。警察の前もどうどうと通りました。馬に乗って道路を歩いてはいけないなんてきまりはないはずです。この星に残された歴史書によると、『馬と人間はずっとずっと昔から、いっしょに同じ道を歩いてきた』のですから。
ミヤコはずんずんと西の方角に進んでいきました。西は都会の方角です。うっすらと暗くなってきました。目がさめてきたのか、ミヤコの足取りはだいぶしっかりしてきましたが、今日は無口です。
「ミヤコはにんじんは好き?」
「……」
「スーパーでにんじんを買おう。キミの誕生日だもんね。ミヤコは何才?」
ポニイに乗ったままスーパーマーケットに入っていきました。自動ドアをぬけて野菜売り場に行き、にんじんが5本ふくろづめになっているのを買いました。店内にいる全員が満月のように目を丸くして、少年とミヤコを見ています。今日は満月の1日前、明日が満月です。
七夕で満月か——組み合わせからすると特別な奇跡が起きそうだけれど、少年は知っています。知っているというか信じています。
準備を重ねないと、目標は達成されない。
ファイナルテストまで来られたのは奇跡ではない。
そして親友を得るための準備なんかまったくしてきていない。
本当に。少しもまったく。
ミヤコは道を歩きながら、ハレーがプレゼントしたにんじんをボリボリと、ゆっくり大事そうにかじっていました。おなかがすいていたのかもしれません。少年もにんじんをくわえてみました。調理していないにんじんは、かめるような固さではなかったので、ぺろぺろなめました。にんじんをなめていると、すばらしいアイデアがひとつ、空から頭にふってきました。
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