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「友達以上恋人未満」なんてバカみたいと思ってた

 
 #創作大賞
一次審査通過作


彼が貼った付箋だらけの本をみつけた。



私が貸したエッセイ本だ。
これは、どれほど気が合う2人だったかの証のようなものだと思った。
出会ってからの一年間、どれほど救われて、傷つけてしまっただろう。

これは、
本当にあったどうしようもなかったわたしの話。

(6400字です。息継ぎしながらよんでね。)


*****

彼(以降M君)とはアプリで出会った。

【恋人とのこと】

その頃わたしには2年半になる恋人がいた。
同じ会社の同期で、社内評判のいいコミュ力抜群、イケメンでちやほやされるようなキャラクターで、友達が多く顔が広い。いわゆる陽キャと言われるような人だった。

とても好きだった。
気分屋で浮気性で、ふらふらしているところもあったけれど、たまにとんでもなく素直に甘えてきたり、頼れる安心感が大好きで、そんなどうしようもない人だと知っていて付き合った。
今までないタイプで、心を掴んでは離すようなドキドキがあった。私の前では安心しきっているのか、みんなの前で見せる気の遣える後輩キャラではなく、自然体の彼だった。
かっこよくて人気者の本当の顔をわたしは知っているぞ、という優越感を感じていたのかもしれない。

 
何度か色々遊んでいると噂も聞いていた矢先、
内緒でマッチングアプリをやられていた事が発覚した。
好きだったけれど、大切にされている感じはたまにで、気まぐれに優しい人だった。
内緒で合コンに行っていたり、社内恋愛なので内緒にしているのをいいことにずっと彼女がいないキャラで突き通していた。いつも不安だった。

わたしの好きな気持ちが大きくて、それだけで持ってるようなものだったのかもしれない。
辛くてもう別れた方がいいと思いつつ、どうしても好きで別れられない、を繰り返していた。
たまに正しい事や欲しかった言葉を言ってくるところがズルかった。
会社の先輩にそんな人のどんなところが好きなのか、聞かれたことがあった。

「たまにわたしの事を一番にわかってくれているような言葉をかけてくる。そういうところに救われている自分がいて、たまの優しさがとても特別に思えるんですよね」と答えた。

先輩は、
「それっていつも悪いことしてる不良が、雨の日に捨て猫拾っただけで超いい人!ってなるのと同じ理論じゃん」と言って笑った。
 
どうしても離れる決断が出来ず、わたしも同じ事をして好きになれる人を見つけて別れを切り出そうと思った。

ぼろぼろな心と、なんとか状況を変えたいと言う気持ちと、ちょっとの復讐心が始まりだった。
 
 

【M君とのこと】

プロフィールの好きな物のところに、
“古着、本、aiko、コーヒー”と書いてあった。
全部わたしと好きなものがかぶっていた。

初めて会った時パッとみた感じ服がすごく好きなんだろうなぁと分かる格好をしてきて、古着っぽい服装でこだわりを感じた。なんとなくイメージしていたおしゃれそうな感じ、気さくそうな感じ、という通りで、予想以上に雰囲気のある人だった。
髪の毛はパーマがかかっているのかちょっとクルクルしていて(後から聞いたら天然だった)、丸い銀縁メガネをかけていた。顔は特にタイプではなかったものの、目が細くて垂れ目でどちらかというと好きな感じの薄めの顔立ちだった。
私が先に駅の改札に着いて、待ち合わせに来た時相手は私の顔を知らない状態だった。(よくその状態で来たなと思う) わたしが目で合図をすると、ゆっくり近づいてきて〝どうも〟というような言葉を交わした。
 
 
初めて会った日、コーヒー屋さんで長い時間話をした。
すごく話しやすくて、このタイプなら友達としても付き合っていきたいなぁと思ったほどだった。
 
初めて会った帰りに、相手からすごく話しやすくて驚いたとLINEが来た。お互い好感触で、またご飯でもと約束した。
 
まだこれからどうなるかとか、どうなりたいかとかはなさそうで、わたしにもなくてちょうどいい感じだなぁと思った。趣味も合うし、友達として仲良くなれたら楽しいかもとも思った。

【その後の関係】

相手は、服にとても詳しくて、
これは何年代のアメリカ軍隊が着ていたパンツで〜とか、このデザインは限定品で〜とか、マルジェラのシャツが古着でこの価格で買えるのレアだよ!とか。
とにかく一緒に古着屋さん巡りをするとたくさん服の知識が増えて面白かった。
 
わたしは小説や映画に詳しくて、よく小さい映画館でやっているようなマイナーな映画をみにいったり、お気に入りの監督がいて過去作品からくまなくチェックしていたり、小説やエッセイも気に入ったセリフに線を引たり付箋をつけて読むような事をしていた。それを彼は面白がって、気に入りそうな作品があれば都度教えていた。
 
それ以降お出掛けのたびに、お互いの好きなものをおすすめしあった。

会うたびにおすすめの本を持っていって、読み終わったら次のものと交換した。
相手がよく行く古着屋さんでコーディネートをしてもらい、気に入ったトレンチコートを買った。
その時の恋人が全く服に疎くて、ちょっと個性的な古着を着るだけで何それ?というような人だったので、久しぶりに自分の好きな古着を思いっきり楽しみたい気分になった。
 
こういう人が彼氏だったら全部一緒に楽しめるのになぁと思った。
感性が似ているってこういうことなんだと思った。似ているけど少し違って、違うところにもお互い興味を持てる事が楽しかった。最高の気の合う友達になれるかもしれないと思ったりもした。

ただ、それでも今の人に見切りをつけるにはまだ勇気が出ず、結局曖昧な感じで接していた。
 

 
【関係性が変わった日】
 
M君との関係性が変わったのは、4回ほど会った後だった。初めて出会ったのは春で、もうその頃には少し暑く、夏が近づいてきていた。

その前日の夜、私は恋人の態度で落ち込むことが重なっていて、恋人から見放されたような決定的なラインが来ていた。
全然眠れず、泣きすぎて目が腫れて、朝4時になっても全く睡魔がこなかったので自棄になってその時間からお酒を飲んだ。
飲んで寝ようと思ったけれどその日も普通に仕事で、お酒をそんな時間に飲んだので車に乗っていいはずもなく、会社を休んだ。
 

その日、M君を仕事終わりのご飯に誘った。
金曜日の夜だった。
もう全てどうでもいいやと思っていた。
ご飯を食べてお酒を飲んで、楽しかったけれどこんな事をしている自分がずっと悲しかった。

「しんどい事があったから来たんだよね」
と言ってみた。「どんな事?」と聞かれたけれど、はぐらかしていたら、M君は困ったような怒ったような何とも言えない表情をしていた。
次どうする?と聞かれて、今日は遅くまで付き合えるよ、と答えた。

こんなに気が合う人なのに、
純粋な友達にも、大切にしてもらえる関係にもなれない選択を自分でしてしまったなぁとその時ぼんやり考えていた。

カラオケに行って終電はなくなり、M君の家に行った。

ベッドに入って、純粋な友達ではなくなる前に彼が、付き合おうか?と言ってきた。驚いた。こんなに楽な関係が今から結べるというのに、その前に誠実な選択をしようとしてきたM君の好意を感じた。

 「はい」と言うことも、「いいえ」と言うことも、本当のことを話す事も、どれも何かを失うことになるので答えられずにいた。
「うーん」と笑って濁すわたしを見て、彼はその場でそれ以上のことは言ってこなかった。


出会って3ヶ月、会って5回目の日だった。


【本当のことを打ち明けた日】

それからもわたしは辛くなるとM君に会ったし、呼んだら会いにきてもくれた。
会い続けている間にも、恋人との関係で定期的に落ち込むことがあって、自尊心のようなものがどんどん削がれていくのがわかった。

とにかく誰かの1番になりたかった。誰かから選ばれたいといつも思っていた。
今している事が、それに繋がるとは到底思えなかったけれど、どうしようもなかった。
夜中3時頃に眠れなさすぎて真っ暗な道をひとり散歩したり、真夜中に路地にあるベンチに座っていて誰かに声をかけられたらそのまま着いていきそうな自分の不安定さが怖かった。

M君との関係性は依然曖昧なままだったけれど、ずっとそのままではいられなかった。会うたびに、好きだと伝えてくる彼に、理由を説明しないまま会い続けることはできなかった。

恋人がいること、大切にされずに辛いこと、
好きになれる人を見つけて次に進むために始めたこと、などを話した。

なんとなくM君の、じゃあ今後もしかしたら自分と、という期待を感じ、わたしもこの人だったらもしかして、と自分に期待をした。

それからも何度も遊びに出かけた。
自分を選んでほしいと何度か言われた事もあった。好きを伝えてくれる事が嬉しかったし、わたしもM君を好きになっていた。
今の自分を安定させるための麻薬のような心地よさがあった。
でも、その好きも恋人への好きには叶わなくて、そっちを手放す決断が結局できなかった。

今思うと、執着だったのかもしれない。
こんなに色んな我慢をして許してきて、好きでいたのにずっと彼女がいる事を周りにも秘密にされてきた。今手放したら自分には何が残るだろうと。まだ別れられないと言う意地のようなものがあったのかもしれない。


【続く関係と兆し】

M君とは、趣味が合うとか気が合うとかだけじゃなかった。多分わたしの全部を見せていた。
どうしようもない所も、すぐ落ち込むところも、人に気を使いすぎて疲れている所も、実は根暗だとかメンヘラだとか、結局恋人とは別れないだとか。
色んなことを見抜かれていた。
それでもいつも彼は、優しくて、賢くて、お洒落なものが好きで、すぐに、この関係エモいよな?とか言っておどけてみせた。

ある日駅で待ち合わせをしていた時、
わたしが出る改札を間違えて迷子になって電話をかけた事があった。なかなか会えなくて、向こうをかなり歩かせてしまって、申し訳なくて会った瞬間から何度も「ごめんね」と謝っていた。
人の不機嫌が怖くて、ちょっとでも嫌な気持ちにさせていたらと思うとすぐに下手に出て回避しようとするクセがあるわたしを、
「何でそんなに謝るの?大丈夫だよ」と言って笑ってくれた事がある。
恋人といる時は、相手の不機嫌にビクビクしながら穏便に収めようとしてしまうけれど、この人は気にする必要がなかったんだと、その時とても安心した。こんな心の人といられたら幸せだろうなと思った。

その頃、出会ってからもう半年以上が経っていた。

その頃から、だんだん恋人が優しくしてくれる事が増えてきた。よく時間を作っては家に来てくれたり、休みの日は外に連れ出してくれたりもした。なぜか少しづつ上手くいき始めているように思えた。
ちょうど緊急事態宣言などが出ていた事でM君と会うことを控えていて、逆にそっちは少しづつ距離ができていた。

 もう一度立て直せる、まだ好きでいてくれる、と言い聞かせて恋人とうまくいく道を選ぼうと思い始めていた。

【関係性の変化(2度目)】

冬になった。

もうこれで最後かなと思いながらM君に会いに行った。
スケートリンクに行って、全然滑れないわたしを笑って見ていた。クリスマスだから何かあげるよと言ってaesopのアロマをプレゼントしてくれた。おしゃれなバーを教えてくれて、よくわからない美味しい味カクテルをのんだ。次の日、モーニングを食べに行って、良いお年をと言ってわかれた。

1月、私の誕生日祝いをしようと言ってこちらまで電車に乗って来てくれた。
最近(彼氏と)どうなの?と聞かれて、上手く行き始めていると答えたら、M君はそっか、と言って笑った。そのままの流れで、僕も会社の後輩と付き合うことにした、と言った。私も、そっか、と言って一緒に焼肉を食べてお祝いした。

悲しくないと言ったら嘘になるが、それとは裏腹にとにかく本当に心からよかった、とも思えた。

焼き肉を食べた後、公園でお酒を買って話した。
今日は彼女に深夜までには帰ると伝えてあるから、と言って終電を逃さないように時間を気にしながら飲んだ。
わたしが恋人とうまく行き始めたことを知って諦めて、前からご飯に行っていた後輩と付き合うことになったそうだった。

【お別れまでの数時間】

夜の公園で、自分達のもしもの話をした。

彼が、もし彼氏と別れて付き合っていたらどうなっていたと思う?と聞いてきた。
「多分すごくうまくいっていたと思うよ」
と答えると、「結婚までいっていたかな?」と聞いてきた。
わたしは少し考えて、「これだけ色んな事が合っていたら多分結婚してたかもね」と言った。

しばらく沈黙が続いてふと見るとM君が
「ほんとに好きだった」と泣いていた。
びっくりした。つられて私も泣いてしまった。
本当に好きだったなぁ、と何度も呟くように彼は泣いていた。

ずっと逃げ道にしてきた1年間、期待させるような関係を続けてきてしまった。たくさん傷つけてしまったと今更ながら思った。
私にとっても、M君にとっても、わたしと恋人との関係においても、全部が何も進んではいなかった。一年間、わたしが現状を維持するために、横道に逸れていただけで、そこでずっと足踏みをして現実を紛らわせていただけだった。

それに巻き込まれたM君は被害者だったのだけれど、わたしはどうしてもそうは思いたくなかった。こんなにも、私のことを、わたしの感性や感覚をわかってくれる人は、今まで友達でも恋人でも、出会った事がなかったから。

本当に特別な人だった。

けれど、関係性が変わってしまったあの日、友達でも恋人でもない選択をしてしまったあの日がある限り、それはどこまで行っても体のいい言い訳だった。

その日最後に彼が、ホテルに行こうと言った。
時間がないから、急いで行こうと言った。
笑ってしまった。

終電までの時間はそんなに長くはなくて、
急いでホテルに行って雑にセックスをした。
笑えてきたわたしを見て、M君は
これくらいの終わりの方が、さっぱり別れることができるでしょ、と言った。
最後改札では涙も名残惜しさもなく、バイバイが言えた。

また普通に友達としてご飯でも、と言ってLINEは終わった。けれど、今までのわたしたちに、普通の友達としての期間は存在しなかった。
アプリで会ってから、お互い好きになりそうな異性として見ていた期間、友達以上の関係で過ごした長い期間、そして全部終わった今。


どこにも普通の友達として戻れる可能性はなかった。

****

彼にしてもらった沢山のことを思い出す。

何も聞かずにいてくれた日のこと。
ずっと好きだと伝え続けてくれたこと。
わたしの弱い部分や繊細なところを、芸術的な才能をもっている人はみんなそうらしいよ、とそう言うものに憧れているわたしにとっての最高の励ましをしてくれたこと。
選んでくれた色んな種類のお香。
タバコが似合いそう、と一本くれて一緒にベランダで吸ったはじめてのタバコの味。
夏に公園でした手持ち花火。
選んでくれたトレンチコート。
一緒に行ったスケート場。


多分もう会うことはないけれど、
あの一年は確かに存在したと覚えておきたい。
確かに支えてもらっていたと思い出せるように。
自分の難しい部分をちゃんと分かってくれる人がこの世にいたという事を、これからの自信に変えていけるように。

思い出して、もっともっと純粋に懐かしめる日が来た時、いつか本当にただの大切な友達として会うことができたら最高だ。


最後のさよならの日
泣きながら交わしたやけに劇的なセリフと
そのあとの冷めた現実的な行為は今思い出しても何だかおかしい。

忘れられない1年間。
ごめんねとありがとうが同じくらいある。

この本は付箋を外さず、ずっと持っておくことにします。



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