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咲かざる者たちよ(第三十話)

〜エピローグ〜

 眞島がこの町を訪れたのは七年ぶりのことだった。かつては艶のある栗色の髪だったが、今では風が吹くたびにその髪からちらちらと白髪が光って目立つようになっていた。
「懐かしい…。」
そう呟きながら、彼女は花屋の前で立ち止まった。七年前、家族と別れた眞島は花屋も辞めて、遠い町でひっそりと暮らしていた。扉を開けると、変わらない店内の雰囲気と見知らぬ女性の店員が迎えてくれた。眞島は店内を一巡し、レジカウンターの横の小窓から外を眺めた。そこには七年前と変わらない景色が広がっていた。石段には誰もいなかった。この七年間、眞島はずっと喜多山を想い続け、再会を夢見ていた。花屋から喜多山を見つめ、彼が立ち上がるのを見計らってエプロンを脱ぎ、急いで後を追ったものだった。
 眞島は花屋を後にし、商店街へと歩みを進めた。かつて烏賊焼き屋があった場所には何もなく、黒ずんだタイルが店の形をくっきりと残していた。


 眞島は石段に腰掛けた。その石段の岩肌はあの当時のままだった。眞島は喜多山の姿を鮮明に思い出し、胸が熱くなった。眞島はまるで喜多山の肩に寄りかかるように、かつて喜多山が座っていた場所にゆっくりと身体を倒した。
「喜多山さん…。わたし…あなたに会いたいわ。」
そう呟きながら、眞島はぼんやりと町の雑踏を眺めていた。眞島は、喜多山がすでにこの世を去っていることを知らず、七年という歳月が過ぎてもなお、彼を探し続けていた。

 繭から羽化した蛾によって、眞島の理想も現実も既に無惨に食い散らかされていた。眞島は今日も叶わぬ夢と残酷な現実の狭間で生き続け、形のない理想を抱き続けるのであった。

おわり

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