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思考の迷路から抜け出すACT

人生を送る上で、私達は様々な苦痛を体験します。

物理的に身体が傷つくこと、恋人と別れること、家族と死別すること、裏切られること、重大な失敗をおかすこと…。
肉体的にも、精神的にも、苦痛を体験したことのない人はいないでしょう。

そして、それらの苦痛に対し、私達はしばしば苦悩します。

身体が治らなかったらどうしよう、大切な人がいなくなった人生なんて考えられない、裏切ったあいつが許せない、あんな失敗をするなんて、自分はもうお終いだ…。

前者の苦痛は、事象です。ただ、そこにあるものです。対して、後者の苦悩は、事象に対して湧き上がるあなたの思考です。

しかし多くの場合、私達は苦痛を感じている自分と、それに対して湧き上がる思考を一緒くたにしてしまい、その結果、

この苦痛こそが、私の不幸の源なのだ!

という信念を持ってしまうことがあります。

今回紹介するアクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance and Commitment Therapy:ACT)は、この融合してしまったあなたと苦悩を引き離し、自分の人生の舵を自分で取れるようにすることを目的とした技法です。

思考はコントロールできるか

例えば、目覚まし時計が鳴ったとします。つんざくようなベルの音であなたが無事に目を覚まし、これ以上ご近所に迷惑をかけないようにその音を止めたいと思ったらどうしますか?…そう、手を伸ばして、目覚ましベルの停止ボタンを押しますよね

私達の身体の外側で起きる事象については、それをコントロールしようとすることは非常に効果的です。そのため、自分の身体の内面で湧き上がる思考や感情についても、同様にコントロールできる筈だと考えてしまいます

しかし、思考や感情が湧き上がらないようにコントロールすることは、基本的にあまり効果がないことが多いです。

試しに、「白い消防車」という単語を思い浮かべてみてください。思い浮かべることができたら、1分間、好きなことを考えてみてください。それが終わったら、次の1分間は、「白い消防車」を絶対に思い浮かべないようにしてください

…どうでしょうか?多くの場合、思い浮かべないようにしたときのほうが、白い消防車を思い浮かべる回数が増えてしまう筈です。何故なら、「白い消防車を思い浮かべないようにしよう」という思考の中に、すでに白い消防車という単語が含まれているからです。考えてみれば、当たり前のことですよね。

では、そうした好ましくない思考に別れを告げるには、どうしたらいいのでしょう?

思考と距離をとろう

とても嫌な気分になっている状態のことをあなたはなんと表現しますか?

「私はとても不安だ」
「私はすごく落ち込んでいる」
「私はイライラを止めることができない」
「私はうつ病だ」
「私はダメなやつだ」

このような、「私は〜だ」という表現が多いのではないでしょうか。
このように自分の状態を表現するとき、あなたは"自分"と"自分の思考"を一体化させてしまっています。自分はコントロールできる対象ですから、手や足を動かして物理的な危険を回避するように、思考そのものもコントロールしようとしてしまいます。しかし、先ほどお伝えしたように、自分の思考をコントロールして抑えつけることは困難です。抑えつけようとすればするほど、思考に囚われてしまいます。

では、どうすればいいのか?

抑えつけるのではなく、距離を取れば良いのです

ここでもう一つエクササイズをしてみましょう。リラックスできる場所で楽な姿勢を取り、2〜3回深呼吸をしてから、壁のある一点を1分間見つめてください。しばらく見つめたら、"壁を見つめるあなた"という状態を見つけてください。自分が壁を見つめている、という状態を客観的に観察してみてください
それができたら、今度は、部屋にある様々なものを見つめながら、同様のエクササイズを繰り返しましょう。このエクササイズの中で、あなたが思考(不安や心配、失望、恥…etc.)そのものではないことを確認しましょう

上のエクササイズに慣れたら、今度は目を閉じて、自分の意識に浮かぶ事柄(座っている椅子の硬さ、肩の凝り、明日の仕事をどう思っているか、今、何を感じているか…etc.)も、壁やコップに行ったのと同じように、ただ、見つめてください。それが成功している間、思考はあなたと切り離されています。思考は、あなたの中にただ存在しているだけになります。

このエクササイズによって、自分=思考といった混乱した状態から、自分の中に思考があるといった状態に気づくことができます。常にそう在らなければならないというわけではありません。自分と思考を切り離す、という経験をすることが大切です

この体験を踏まえて、先程の嫌な気分になっている状態を表してみましょう。

「私の中に、不安がある」
「落ち込んでいる私がいる」
「私の中に、イライラする気持ちがある」
「私の中に、うつ病がある」
「私にはダメなところがある」

こうした表現ができるようになる筈です。そして、この「私の中に〜がある」という表現は、「〜でない私もいる」という事実も同時に含んでいます。

「不安でない私もいる」
「落ち込んでいない私もいる」
「イライラしていない私もいる」
「うつ病の影響を受けていない私もいる」
「私には、ダメではないところもある」

という風に!

全てがあなた

思考を自分から切り離すことに成功したことで、「やったー!後は、嫌な思考だけを自分の中から追い出すだけね!」そう考えてしまう人もいるかもしれません。
しかし、これも通常、デメリットの大きい手段です。何故なら、嫌な思考だけを追い出そうとすると、やはり嫌な思考のことを考えなければならないからです。白い消防車のエクササイズで、それは実感できましたよね。
嫌な思考を追い出すのなら、もっと沢山の他の良い思考や感情も、一緒に追い出さなくてはなりません。

娘の結婚式のために、遠い親戚をあなたの家に招待しているという場面を考えてみてください。招待した親戚たちは、みんな出席予定の人たちです。昔遊んでくれたアキラ叔父さん、悪ガキ仲間のアキヒコ、最愛の妹アイコ。何十人もの親戚があなたのもとにやってきて、とても楽しい時間を過ごしています。(略)そのとき、あなたの家の前に1台のタクシーが停まりました。その途端、あなたの心は沈みました。そうです。車からブツブツ言いながら降りてきたのは、あの偏屈なアニータ叔母さんだったのです。風呂には滅多に入らないし、誰とも打ち解けないし、楽しいことを話す様子など見たことがない、そんな叔母さんです。(略)
あなたが「この叔母さんは絶対パーティーには入れない」と決心したとしましょう。彼女の目の前で玄関のドアを堅く閉め、彼女がノックしても、あなたはノブをしっかりとつかんで叫びます。「出て行ってください。もう来ないで!」と。おそらく、何か良からぬことが起こるに違いありません。
(星和書店 スティーブン・C・ヘイズ、スペンサー・スミス著 ACTをはじめる p198より引用)

愛する親戚や友人たちとパーティーをするためには、アニータ叔母さんも温かく迎え入れなければなりません。しかし、ACTを知り、思考に囚われずに眺めることができるようになったあなたなら、アニータ叔母さん…つまり、良くない思考を敬意を持って受け入れたとしても、他の好ましい感情たちと談笑することもできる筈です。

あなたを苦しめる思考や苦痛を排除するのではなく、また、それらに飲み込まれるのでもなく、ただ、あなたの中にある一部として、迎え入れるのがACTの考え方なのです。

おわりに

以上が、またまたかなりざっくりとですが、ACTの考え方の概要です。

正直、CBTと比べて抽象的な考え方が多いため、一度読んだだけで理解するのはちょっと難しいかもしれません(私はこの記事を作るのに、10回は文献を読み直しました笑)。

しかし、自分に不利益をもたらす考えの癖にアプローチするという点では、両者は同じ性質を持っています。私たちは、誤った認知に支配されない人生を歩んでいけるのです。

個人的には、CBTワークシート等を使用して考え方の癖に気づいた上で、その考えとの上手い付き合い方をACTを通して学んでいく…というのがスムーズなのではないかと感じています。

今回はACTの考え方の紹介だけで力尽きましたが、今後の記事やメルマガで、ACTの考えに基づいたいろんなエクササイズをお伝えしていけたらなと思います!(いつになるかはわからないので、気長に待っててください…笑)

それでは、ご拝読ありがとうございましたー!


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