夏ナス

右も左もわからずただキラキラするばかり

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最近の記事

無効

学生証が無効だった。 半年前に学生証を更新する機会があり、それをサボったので無効になっていた。このところ、部屋にさしこむ光の角度から季節を算出するだけの日々にうんざりしていた。それじゃあ心機一転、大学施設を使い倒そう、学費の元を取ってやろう、そう思い立った矢先の出来事だった。おだやかな職員から「さすがに」という言葉が漏れるのは面白い。 先日、そういえばマイナンバーカードを受け取っていないことに気づいた。通知書を見たら期限が二日後だったので、裸足で家を飛び出した。 「こん

    • フィクション

      「人を殴るのは、悪いこと。大の大人に、言うことじゃないよな。」 というコピーが、車掌に扮した藤岡弘(以下読点略)とともに付されたポスターをご存知だろうか。私は最近このポスターを見て泣いてしまった。 ここで「気持ち悪いな」と思った方はただちにブラウザバックをして、水回りを綺麗にするといったことに時間を使ってください。このあとも気持ち悪い文章が続きます。おうち時間を楽しもう。 さて、なぜこのポスターを見て泣いてしまったのか自分なりに分析してみることにする。私の立場や境遇は関

      • 催涙雨

        今日、ディズニーシーで泣いた。 ファインディングニモのシーライダーで泣いた。 理由を説明することができない(したがってこの話にはオチがない)。悲しいだとか嬉しいだとか、ましてや感動したといったことではなく、たぶん気管に豆が入ってむせる、みたいな感じで泣いた。 シーライダーといえば、ニモやドリーたちとともに海の中を泳ぐ体験型シアターで、臨場感はあるものの、脅かす要素はないし、涙を誘う演出もない。マーリンが親バカを発揮し、クラッシュが最高だぜを連呼し、ドリーがおとぼけで振り

        • 灼熱

          またひとつ年を重ねた。 6月2日は、織田信長が燃え盛る本能寺の中で「人間五十年…」と吟じたことで知られている。だが、人間五十年というのは別に当時の平均寿命のことではないし、そもそも本能寺で吟じたというのも後の時代の脚色に過ぎないという。とはいえ、短いながらも天下統一を成し遂げた彼の野心と好奇心に満ちた生涯は華々しく語り継がれ、歴史に大きく名を刻んだ。 五十まで生きたら死のうと思っている、と友人がこぼしたことがある。彼は冴えない青年のフリをしているが、大胆不敵で、好奇心に従

          誤作動

          夢の終わりに突然、落ちるような、転ぶような感覚に襲われて目を覚ましてしまう、という経験はないだろうか。睡眠時におこる脳の誤作動が原因らしいが、どうやらこの落下感に伴うイメージは人によって異なるという。 幼い頃、群馬の田舎に住む祖父母の家へよく泊まりに行っていた。かつては物分かりのいい少年だったので、祖父母からいたく気に入られていたと思う。いちど建前で好きといった山菜が行くたび食卓に並んだ。私がクレヨンで描いた拙い絵が冷蔵庫いっぱいに貼られた。浴槽は私の家より広いのに、歯磨き

          誤作動

          病床

          PCR検査の結果は陰性だった。 陰性だとして、じゃあこれは何なんだろう。 初期症状に多くみられるように、なかなかの高熱があり、胃腸が断続的に痛む。痛んでいない時間も下腹部がむずむずする。これってもしかして 「腸炎でしょうね」 私と医師の見解は一致した。というのも、半年前に牡蠣を食べてまったく同じ症状を経験しているのだ。ここまで被害者づらをしてきたが、実は数日前に生焼けの肉を食べている。絶対に原因はそいつだ。発熱外来の医師にこのことを伝えると防護服越しに失笑されてしまっ

          ゾンビランドサガって本当にいいアニメですね。 正直これを伝えたかっただけなので、これ以降はただの日記になります。 冷蔵庫にエリンギが残ってるから小松菜を買い足してニンニクで炒めよう。でも小松菜って束で売ってるからハンバーグの種にも使おう。そしたら挽肉も買っておこう。献立のテトリスを終えてまいばすけっとへ向かう。小松菜って小松菜奈って打ってから奈を消してますね。薄暗い歓楽街に入るとキャッチの男が結構早い段階で私を視認し、咳払いをする。不要不急の外出を控えなさい、と言いつけら

          貧しさ

          鍋の中で肉が煮詰まるのを見ている。 最近の私はよくやっている。 器用貧乏という言葉は、半分腑に落ちる。どんなことでも人並み以上にこなせてしまう一方で、この人といえばこれ、といえるような特化した才能がない状態。いろんな番組に出てるけど親近感は湧かないタレント、みたいな。一方で、器用貧乏と呼ばれる人たちの「何者でもなさ」は何もしてこなかった人間の「何者でもなさ」とはやっぱり違うな、とも思う。器用さはその人の好奇心に裏付けされていて、ふとした瞬間にその好奇心が特別な魅力をもって浮

          貧しさ

          祈り

          ぼーっとしてる時は大体「お姉ちゃん」と考えている。私に姉はいない。 でもこれは架空の姉の存在やエピソードを具体的に想定しているわけではなくて、脳の神経回路に「お姉ちゃん」という言葉の響きを巡らせているだけなのだ。姉への憧れは特にない。いたら楽しそうだけど。 高校に入るまでは経験と予測を有意に結びつけるような思考が自然とできていたと思う。それでも昔から計算や処理を担う脳の部分が頼りなくて、文章を読むときはいまだに脳内で音読しているし(ツイートだってそうだ)、漫画も一コマ一コ

          羽目

          「熱海に行ってきた」とは言いたくない。 私の中で熱海は観光地に分類されるからだ。熱海に行ってきた報告をする自分は確実にニヤけている。犬のように瞳を輝かせてはしゃいでいる。それは何よりも避けたい。いつだって他の若い子とは一癖ちがう自分を演出したいもの。だけど熱海って素晴らしいところだ。なぜなら階段が多いから。階段の多い街に退屈はない。だから私は熱海に行く。音を立てずにこっそり熱海へ行く。そして何食わぬ顔をして帰る。反対に湯河原に行ったら帰りの新幹線からあらゆる人へ報告するだろ

          沈む船

          タイタニック号に乗っていた弦楽合奏団は船が沈むまで乗客に音楽を届けるという使命を全うした という話になったときに 「あなたはとりあえず船のてっぺんまでよじ登り、そこで沈むまで本を読んで死ぬと思う」 と言われた あまりにも情けなさすぎるじゃんか

          沈む船

          サバイバルナイフ

          私は幸せ者です。家庭環境にも困っていないし、友だちや恋人にも恵まれました。チーズスナックばかり食べているけど、心身ともに健康な方だと思います。 私は怠け者です。iPhoneのヘルスケアを開くと「2歩」という数字が飛び込んできました。将棋なら失格です。歳を重ねれば知識と経験は勝手に身について、勝手に人間性が耕されてゆくものだと思っていました。ところがいかがでしょう。半端に身についた知識と経験はかえって理解を妨げ、昔のように笑えなくなりました。年々心も狭くなってきています。話が

          サバイバルナイフ

          依存症

          スマホに顔が吸い込まれる人々を写真に捉えた風刺作品をご存知だろうか。今朝の私はまさにその状態だった。いっそ吸い込んでくれれば幸せなのだが、向こうも遠慮しているのかなかなか本領を発揮してこない。膠着状態に陥ったところでウンザリしてしまって、最寄りの駅のコインロッカーへスマホをぶち込み、意気地なし…と呟いて改札をくぐった。遠くへ行きたい気分だった。 荻窪から東京駅で横須賀線に乗り換え、終点の久里浜を目指す。時間は充分にあったから、唯一の娯楽として持参した歌集を開いた。私は時折こ

          依存症

          下心

          あえて思い切った書き方をすれば、私には下心のない友人がたった一人だけいる。つまり他の友人には多かれ少なかれ下心がある、ということになるが、得てして人間とはそういうものであるから友人諸君は肩を落とさないで聞いて欲しい。 私は高校で山岳部に所属していた。といっても普段は部室でポーカーに興じるような緩さで、私も同期も体力測定はCかDを記録する有様だった。中でもとりわけ頼りない佇まいをしていたのが彼である。集合の駅に到着すれば必ず先にいて、猫背で地図を広げている彼。登山口までのバス