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不完全な愛の物語 後編

前回の記事。いやぁ〜それにしても、若いね。

「ねぇ、少し彼の話をしてもいい?」

僕はやはり黙ってうなずいた。

その瞬間、世界がぐにゃりと動き始めた。
僕は突然ローラーコースターに乗ったかのように
足の踏み場を失い、
景色と同時に身体が回転するような感覚に襲われた。
思わず目をつぶる。

次に目を開いたときには、
ピンク色の世界に包まれていた。
ここはどこだろう?見覚えがある。
まるで、黄昏時の空の球の中心にいるようだ。

目の前に彼女がいる。下を向いている。
長い髪のせいで顔が良く見えない。
僕は正直どうしたらいいか分からなかった。
彼女と一緒にここから脱出するべきなのか、
それとも何もせずただ傍にいてあげるべきなのか。

「血って素敵よね。死ぬって素敵。
誰でも一度は、その魅力に気づくのよ。
死んだ身体を真っ二つに切り裂いて、
心臓をえぐりぬいて、
お腹の中にある黒い塊を取り除きたい。
きっとキラキラしていて、輝いている。
暗くて黒い空気に包まれて、誰かが奥で私を覗いているの。
笑って私の事見ているの。片手に包丁を持っているの。
私はそれを恐いと思うのに、身体が固まって何も出来ない。」

ぞっとした。
僕は何かを考える前に、何か言葉を発する前に、
彼女の肩を掴んでいた。

「しっかりしろ!どうして君はそうやって昔から、
自分を蔑ろにするんだ!どうして君はいつも自分を押し殺すんだ!
どうして君は少しもわがままになれないんだ!
どうしていい子のふりなんてするんだ!
どうして自分が完璧じゃないことを認められないんだ!」

言葉が溢れ出した。気持ちが初めて声となって、彼女に伝わっていく感覚がした。
僕は、生まれて初めて言葉を発した気がした。
彼女の大きな目が更に大きく変わる。

「僕は、君が好きだ。
完璧じゃない君が好きだ。
弱い君が好きだ。
愛されたい君が好きだ。
寂しがり屋の君が好きだ。
弱い自分を認められなくて強がる君が好きだ。
頑張って無理をする君が好きだ。
でも無理しすぎて閉じこもってしまう君が好きだ。」

「私は…私は父親にも愛されなくて、
ずっとずっとそれが嫌で。
よく分からなくて。
小さい頃誰かに父親を取られた気がして。
よく分からなくて。
皆が幸せになればいいと思っていっぱい色んなこと我慢して
なんかもうよく分からなくて。
なんで自分がいつも我慢しなくちゃいけないのか分からなくて。
全然分からなくて。
本当は嫌だった。全然良くなかった。
気がついたら周りが発する言葉が分からなくて、
恐くて、嫌で、なんかもう全然分からなくて。
でも皆からは私は強いね、えらいね、優しいねとか、
色々言われて。
私全然そんなことない!強くもえらくもないし、周りに優しくなんて全然できない!
私だって人間だもの!
だけど父親にも、あの人にも選ばれなくて
頑張ってがんばってこれで良かったと思い込んで、
なんとか明るくして、笑って、だけど…だけど全然そんなの良くなんてない!!」

彼女の瞳からぽろぽろ涙が零れ落ちる。

「―――。思い出した。」

「え?」

「僕は、君がまだ8歳の頃、机の下でうずくまって泣いている君を見つけたんだ。
そして、君に恋をした。君は何か嫌なことがあると、決まって自分の机の下に1時間くらい閉じこもって泣いていたよね。君は泣き虫だった。僕はそんな君を見つけて、君に出逢えた。」

今、やっと君に出逢えた。
泣き虫だった君に。

―――。幸せなんてくそくらえだ。幸せになろうとなんてしなくていい。
だってそんなことしていたら疲れちゃうだろう?
君は今回の恋でいっぱい色んなことを学んだはずだ。
だって君は以前子供だった。そして子供の時に傷ついた。
もうそれで十分だろう。もうこれ以上傷つかなくてもいいし、
これ以上無理しなくていい。
将来どうなる、なんてどうでもいいんだ。
過去がどうだった、なんてのもどうでもいい。
幸せなんて、形のないもの。
愛情だって同じさ。
今日得られた愛情が、明日なくなることもある。
そして、明後日また新しい愛情が生まれるかもしれない。
今、何が大切か考えてごらん。
そしたらもう答えは決まっているだろう。
だからそれでいいんだ。そのままでいいんだ。
それ以上考えなくていい。それ以上傷つかなくていい。
これ以上求めなくていい。これ以上がんばらなくていい。

泣きたいなら泣いたっていい。
誰かの傍にいたいなら、甘えたっていい。
綺麗じゃなくてもいい。
正直でいい。

父親に好かれようとしなくていい。
あの人に好かれようとしなくていい。
君が本当に愛さなくてはいけないのは
君自身だよ。
自分を愛して、自分から愛される事、
それが君の本当の試練だよ。

幸せなんて、くそくらえだ。
そんなものを求めるから、辛いんだ。
だってもう求めなくても
君にとっての大切なものはそこにある。
見えているでしょ。

君にとっての大切なもの。
あるでしょ。

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