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包帯だらけのエンゼルケア


エンゼルケアとは、患者さんへ最後にできる看護師の仕事。人生を終えたその瞬間にお疲れさまでしたと心の中でねぎらう。今まで痛みに耐えていたことや細い体を使って精一杯呼吸していたこと、そのすべてから解放され身体だけが残った。せめて自宅に帰る前にきれいにしたいと全身を磨き上げる。多くの家族に囲まれながらやってきた葬儀車にその身体を載せて、私たちはお見送りをさせていただく。死後の処置と簡単に片づけたくない、だから神秘的な”エンゼル”という名前になったのかもしれない。死後の世界が美しいものであって欲しいという願いが込められている。


今までわたしは2度転職している。最初は地元の総合病院、次に市内の民間病院、そして今の職場。どれも基本的には同じではあるが意義に重きを置いているか置いていないかの差で微妙に違っていた。

エンゼルケアというと私には忘れられない人がいる。

その人は私の働く病院がかかりつけ。10代のころに病気が発覚しそれからずっと治療を続けながら生活していた。自宅療養が中心だったけど、具合が悪くなった時に入院し、こっち側からすると「常連さん」。担当になった時には世間話をしながらケアをしていた。当時新人だった私には、健康という当たり前のことが本当は大事なんだと教えてもらった人だ。もしその人が健康であったら人並みに働いて、結婚して、子供を育てているくらいの年齢。病気によって平凡な生活が実現しなかった現実。話をすればするほどいろんな悲しみを背負ってここまで生きてこられたのだと感じられた。

何年かは自宅と入院を繰り返していたのだけれど、新たに脳の病気にかかり会話もままならない状態に。赤ちゃん言葉のような単語しか発語できなくなってしまった。以前は治療の手順を(患者はAPDという治療をしていた)私たちに指導するくらいしっかりしていたのに・・・。こんなにも1人の人生に病気を詰め込んでしまうのかとこれまでも負けずに頑張っていたのにあんまりだとすでに家族の目線になっていた私。さらに皮膚の疾患も患い全身から滲出液(分泌液)が出てきて、やけどの跡のようにただれてくるように。皮膚が完全に剥がれてしまうと細菌が入り放題で二次感染を起こす恐れがあったので毎日患部を覆う処置をし、懸命に治療をした。しかし、治療の甲斐もなく数日後に帰らぬ人になってしまう。付き添っていたお姉さんが、

「○○ちゃんは、家族みんなの病気をからってくれたね(背負ったという意味)。ありがとうね」

直後に頭を撫でながら言った。その情景が今でも忘れられない。

家族にその後の流れを説明し、エンゼルケアを開始した。本来なら、できるだけきれいな状態にして家族にお返ししたい。けれど、手足の皮膚はほとんどボロボロだった。考えた挙句、患部をガーゼで覆い包帯をするしかなかった、処置が終了した時には包帯だらけの身体に。

「しょうがないですよね」それがエンゼルケア後の姿を見て家族が最初に放った言葉。悲しみの中にいる家族に気を使わせてしまった、そう後悔する経験だった。


終わり良ければ総て良しのことわざの通り、最後が良いことであればいい思い出として残る。私には1つの行為でしかない、でも家族にとっては大事なたった1つのことだ。流れるようにこなしてしまい最後の仕事を軽んじていた。エンゼルケアをしているとあの日の後悔がどうしても目に浮かんでくる。家族の悲しそうな顔、処置をしていた時のあのにおいまでが忘れられない。

そんなことを思い出してのはエンゼルケアについての勉強会に参加したから。

亡くなった人はもう帰ってこない、これは紛れもない事実だ。でも、残された家族に少しでも前向きに現実を受け止められるようサポートすることはできる。私たち看護師は身体をきれいにして送り出すところまで。火葬して骨になってしまうその時までに崩れない最高のケアをするそれだけのことだ。それでも処置後に「眠っているみたいにきれい」と言われると救われた気持ちになる。家族の反応がこれまでの関わりを認めてくれているような気がして。

医療は日進月歩と恐るべき速さで進んでいる。追いつくために日々勉強して知識を蓄える。新たな知識も微力で大して変わらない事なのかもしれない。施している側も後悔しないように全力で取り組むために。

NOTEでの文章でもそうだけど文字から出る思いを読み手は受け取って心を動かされる。どんな行為も極論は心対心なんだと思う。少しでもうずまっている人に手を差し出せるように、温かいものを届けられるように心を込めて目の前のことを行っていきたい。


あの包帯だらけのエンゼルケアをいつまでも忘れてはいけない。忙しさにかまけてしまったあの頃の私にならないように。


あの傷のにおいを忘れてはいけない。もう1人も後悔するケアをしないように。


明日も自分なりに精一杯生きていく。こんな私にも待っている人がいるんだから。



最後まで記事を読んでくれてありがとうございました!