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SDGsと昆虫食:持続可能な未来への一歩

 私は国内外の大学や研究所に所属する環境・エネルギー分野の招聘研究員であり、同時にモザンビークにおけるアグロフォレストリー事業の最高経営責任者を務めています。このプロジェクトでは、森林伐採や過放牧により持続可能な農業が困難になった土地の修復を行っています。サプライチェーンの最上流に位置するこの事業では、持続可能な取り組みを推進するために、SDGsの主要項目すべてに対応することが求められます。

 この事業で複数の第三者認証を取得するためには、SDGsのほぼ全項目に対応することが不可欠です。これらの対応は、持続可能な事業として成立させるための必須条件であり、全項目に取り組むことが『特別なことではなく、身近なできること』として私に求められています。

 一方、この投稿コンテストでは、資源の大半を輸入に頼っている日本において、一般の人々が身近にできることが求められています。そのため、本稿では、その具体例として、SDGs関連の知識を習得する重要性を理解する契機となることを目的に、日本で起こった昆虫食に対する反対運動について、何が誤っているのかを中心に説明します。

 昆虫食に対する反対運動が活発化した最大の原因は、環境や食糧、資源、人権問題などに関する知識が乏しい人々が誤った情報を拡散していることです。

 昆虫食は食糧不足問題を解決する手段の一つでありながら、議論が昆虫食の本質から逸れ、コオロギの種の違いすら理解せずに、『体に悪い』とか『気持ち悪い』といった理由で反対する人が多いです。しかし、昆虫食を研究している専門家にとって、コオロギは多くの可食昆虫の一例に過ぎません。

 また、昆虫食に反対する人々は、鶏が何を食べて育っているのかを把握していない場合が多いです。身動きもできないケージ内で飼われている鶏と、ケージフリーで自然の餌を食べて育った鶏のどちらが健康的で持続可能性が高いかを理解する必要があります。

 こうした基礎的な事柄を理解した上で、日本で昆虫を養殖するのと、熱帯で養殖した昆虫を輸入するのとでは、どちらがより環境負荷が少なく、かつ経済的にも持続可能かを考えるべきです。

 このような環境負荷の基礎知識を身につけることが、『未来のためにできること』の最低限の行動であり『一人一人の気づきこそが明るい未来をつくる第一歩』です。

武智倫太郎

【以上、原稿のタイトル、著者名込みで、1000文字以内です】

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補足資料(GX入門:昆虫食編)

昆虫食の国際的な広がり

 昆虫食には、アジア、アフリカ、ラテンアメリカをはじめ、多くの地域で長い歴史があります。昆虫は、蛋白質、ビタミン、ミネラルが豊富であり、環境への影響も少ないため、持続可能な食料源として注目されています。国連食糧農業機関(FAO)も、食用昆虫を食料安全保障および持続可能な生産消費パターンを促進する手段として推奨しています。

日本における昆虫食

 日本では、伝統的にイナゴの佃煮や蜂の子などが食されています。近年では、持続可能な食料源としての潜在力とともに、環境負荷が低い食品として若い世代の間で人気が高まっています。しかしながら、ホリエモンやひろゆき、木村隆志、坂口孝則のような環境・資源・エネルギー問題、医学、栄養学に詳しくないYouTuberやコラムニストが、不適切な情報を流し、それが広く拡散していることが問題です。さらに、彼らの誤った情報を自ら検証できない視聴者のメディアリテラシーや基礎教養にも大きな問題があります。

国内外で養殖されている主要な昆虫

クリケット(コオロギ)
 地域によって養殖に適した種類が異なりますが、一般的に蛋白質が豊富で、飼育が容易であり、成長も早いため、多くの国で食用や家畜飼料として普及しています。

ミールワーム(幼虫)
 欧州や北米では人気の高い昆虫で、肉の代替品としてだけでなく、有機廃棄物の処理能力も評価されています。

ブラックソルジャーフライ(アメリカミズアブの幼虫)
 この幼虫は有機廃棄物を迅速に分解し、高品質の動物飼料に変換する能力があります。また、温室効果ガスの排出を抑制することができるため、環境保全に貢献しています。

シルクワーム(カイコ)
 長い間、絹の生産に用いられてきたカイコは、その副産物として高蛋白質の食材や飼料としても利用されています。

 これらの昆虫は、持続可能な食料生産システムの構築において重要な役割を担っています。その環境への影響は従来の畜産に比べて格段に低いとされています。エコロジカルフットプリントの削減、資源循環の促進、食糧危機への対応など、多方面で注目されていますが、寒冷地での養殖には効率が低下し、非常に非効率です。

日本で昆虫養殖が非効率な理由

 昆虫は変温動物であり、寒冷地では適切な温度を維持するためにエネルギーが必要です。特にコオロギの場合、最適な養殖温度は約28度であり、寒冷地ではこの温度を維持するために追加のエネルギーが必要となります。また、餌のコストも高く、これらの要因が日本や他の寒冷地での昆虫養殖を非効率にしています。

 これらの問題は、広大な農地で安価にコオロギの餌となるトウモロコシや大豆が生産でき、年間の平均気温が28度前後と昆虫養殖に最適な条件が整っているモザンビークのような地域で解決可能です。

 日本では、蚊や蝉、蜻蛉などの昆虫が夏季にのみ地表で繁殖することは常識ですが、これは温度と深く関係しています。人間を含めた哺乳類や鳥類は自ら体温を調整できる恒温動物ですが、爬虫類や魚類、昆虫類などは変温動物であり、これらの生物の繁殖条件は外気温に大きく依存します。また、これらの生物が鳥類や哺乳類に比べてエネルギー効率が非常に高い理由は、摂取したエネルギーの大半を体の成長や運動に使用できるからです。

『コオロギ給食』に対する批判とその理由

 2023年初旬に『コオロギ給食』というテーマがメディアで頻繁に取り上げられ、議論を呼びました。日本国内においては反対意見が多く、専門科目の集団給食として希望する一部の生徒だけが試食する形となり、それに対して苦情やクレームが寄せられました。しかし、これらの苦情やクレームの大半は、理解不足や誤解に基づくものです。

昆虫食に対する一般的な誤解

 多くの人は、昆虫の栄養価の高さについて誤解しており、例えば、牛肉や鶏肉よりも三倍以上の蛋白質が含まれているという誤ったデータを信じています。

コオロギに熱視線!進化する昆虫食

 一般的に、昆虫は生の状態で水分が多く、生体重に占める蛋白質の割合は約15~20%程度です。しかし、乾燥させることにより水分が除去され、蛋白質の割合が50~70%程度に増加します。ただし、他の肉類も同様に乾燥させた場合、蛋白質の割合は昆虫と大差ないため、比較には注意が必要です。

 コオロギ養殖事業に参入したベンチャー企業やマスメディアが根本的に誤った情報を拡散しており、日本全体の情報の検証能力の低さが問題です。

家畜飼料に関する理解不足

 家畜の飼料は、種類や飼育目的によって大きく異なりますが、多くの場合、さまざまな素材が混ざっています。それにもかかわらず、昆虫食が不安視されるのは、多くの人は自らが何を食べているのかを正確に理解していないためです。昆虫食が良いか悪いかを議論する前に、養殖環境や条件を整えるためのエネルギー収支や餌の内容を検証することが重要です。

昆虫を食べて育った食材の旨さ

 私はモザンビークで鶏も育てていますが、無農薬で育てられた鶏の味は日本では味わえないほど美味です。味の評価は個人の主観や、鶏の品種、餌、飼育環境や条件によって大きく異なります。ブロイラーの冷凍チキンしか食べたことがない人には、自然な環境で飼育された鶏の味が理解できない可能性もありますが、このような方々は、工業的に生産されたチキンによって味覚が麻痺している可能性があります。

日本の養鶏事情

 日本の養鶏の大半は、鶏が身動きもできないような狭いケージ(バタリーケージ)で飼育されています。平飼いや放し飼いで育てられた地鶏の鶏肉や鶏卵は非常に高価です。

 養鶏に詳しくない方々のために、大量に消費されている鶏肉や鶏卵が、どれほど多くの抗生物質や成長ホルモンなどの薬剤を使用して生産されているかを理解すれば、私が日本の鶏を食べない理由が分かると思います。鳥インフルエンザの拡大防止のために、ワクチン接種が義務化されている場合もありますが、バタリーケージによる飼育とフリーレンジによる飼育の間で、鳥インフルエンザの感染リスクに大差はありません。

バタリーケージ飼育が禁止される理由

 鶏のバタリーケージ飼育は、欧州諸国を中心に世界中で禁止される方向にあります。バタリーケージ飼育が禁止される主な理由は以下の通りです。

動物福祉:鶏が極めて狭い空間に閉じ込められることで、動くことや羽を広げることができず、自然な行動が取れなくなります。このような環境は、鶏にストレスや行動障害を引き起こし、健康を害することが多いです。

倫理的な懸念:動物が苦しむことを最小限にするべきだという倫理的な観点から、バタリーケージは多くの国で問題視されています。動物福祉に対する社会的な意識の高まりが、禁止につながっています。

消費者の要求:消費者の間で動物福祉に対する関心が高まり、より倫理的な製品を求める声が強くなっています。これが政策の変更を後押しする要因の一つとなっています。

科学的証拠:鶏が自然な行動を制限されると、健康に悪影響が及ぶことを示す科学的な証拠が多数あります。これに基づいて、バタリーケージの使用が見直されるようになりました。

 以下の国々や地域でバタリーケージ飼育が禁止済み、もしくは段階的に廃止される予定です。

スイス:1992年から禁止されています。
ヨーロッパ全域(EU加盟国):2012年から禁止されています。
ニュージーランド:2022年から段階的に禁止されています。
カナダ:2036年までに段階的に廃止予定です。
オーストラリア:2036年までに段階的に廃止予定です。

北米の動向
 アメリカ合衆国では、バタリーケージ飼育は連邦レベルでは、まだ合法ですが、カリフォルニア州、マサチューセッツ州、オレゴン州などで禁止や制限が進んでいます。これらの州では、ケージフリー環境が義務付けられており、2030年までに多くの州が全面的にケージフリーへ移行する予定です。また、大手食品企業もケージフリーエッグへの移行を進めており、消費者の意識の変化が政策に影響を与えています。

南米の動向
 ブラジルでは、バタリーケージ飼育がまだ一般的ですが、動物福祉団体や消費者からの圧力が高まり、ケージフリーシステムへの移行が進みつつあります。一部のブラジル企業は国際的な基準に従い、ケージフリーエッグの生産を増やす取り組みを始めていますが、全体としてはまだ初期段階です。

アジア諸国の動向
 アジアでは、バタリーケージからケージフリーへの移行が徐々に進んでいます。インドを筆頭に、東南アジア諸国では、企業の自主的な取り組みが進んでおり、中国では新しいケージフリーエッグの規格が導入されています。ただし、政府の規制はまだ限定的であり、多くの国でさらに進展が必要です。

世界的な流れ
 これらの動きは、バタリーケージの廃止が世界的な流れであることを示しています。消費者、企業、そして政府が動物福祉の向上に向けて協力し、持続可能で倫理的な飼育方法へと移行する動きが広がっています。今後、さらに多くの国々がこの流れに加わり、バタリーケージの使用が国際的に廃止されていくことが期待されます。

 これらの国々では、バタリーケージの代わりに、鶏が自由に動き回れるフリーレンジ(放牧)や、エンリッチドケージ(改良型ケージ)などの飼育方法が推奨されています。平飼いと放し飼いでは条件が異なりますが、最も自然な環境での飼育は草原での放し飼いです。この環境では、鶏が何を食べるかを飼育者が制御しにくく、鶏が食べる雑草やミミズ、バッタなどの昆虫類の比率によって、品質にばらつきが生じる可能性があります。

 美味しい鶏肉や鶏卵を生産するためには、生産者の味覚や感性に依存する部分が大きいですが、雑草の中でもハーブが優勢な環境を整え、適切な比率で昆虫が食べられる条件を作ることで、非常に高品質な鶏肉や鶏卵が得られます。

 一方で、私が食さない日本の鶏肉や鶏卵は、海外から輸入された防腐剤や防カビ剤、農薬まみれのトウモロコシや大豆かす、環境破壊で国際的な批判を浴びているパーム油、石油由来のリジンやメチオニンなどの必須アミノ酸を含む家畜飼料で育てられています。

 日本では、家畜の飼料すら自給自足できず、さらに抗生物質やホルモン剤を大量に使用して生産される鶏肉や鶏卵と、工業化が進んでいないモザンビークの豊かな自然環境で昆虫を食べて育った鶏の味は全く比較になりません。

 世の中には薬漬けのジャンキーも多いため、薬漬けの食品を美味しいと感じるか、自然食を美味しいと感じるかは、育った環境が大きく影響するかも知れません。これは、冷凍された養殖魚と自分で釣って活け〆にした鮮魚とどちらが美味しいかという問題に似ています。

 魚の主食は魚種によって大きく異なりますが、魚の味を知る人にとって、イソメやゴカイといった多毛類を食べている天然のヒラメやカサゴなどは非常に美味しいものです。

漁獲高に対する養殖魚の比率

 2014年前後には養殖魚が全世界の水産物供給において50%を超えています。これは水産物の総生産量(漁獲高)に基づいた比率です。つまり、既に世界全体の魚介類の生産量の半分以上が養殖によるものであり、残り半分が自然な海からの漁獲によるものです。

 この変化は以下のような背景によって促進されました。

天然魚資源の減少:天然の魚介類資源の過剰な漁獲により、多くの地域で漁獲可能な魚の数が減少し、養殖がそのギャップを埋める形で増加しました。

技術の進歩:養殖技術の進歩により、より効率的で持続可能な方法での養殖が可能になりました。これには飼料の改善、疾病管理の向上、遺伝子選択による生産性の向上が含まれます。

市場の需要の増加:特にアジア諸国での人口増加と経済成長が、魚介類に対する需要を押し上げています。これにより、養殖産業への投資が増加しました。

環境への配慮:環境への負荷が少ない持続可能な養殖方法が求められるようになり、環境に優しい養殖プラクティスが普及しました。

政策の支援:各国政府や国際機関が養殖業の持続可能性を高めるための政策を導入し、研究開発への資金提供を行っています。

 近年では養殖技術や冷凍技術の向上により、養殖魚と天然魚の味にほとんど差はなく、飼育環境によっては養殖魚の方が美味しいと評価される場合があります。これはティラピアやナイルパーチのような臭みが残りやすい淡水魚では当てはまりますが、適切に処理された海水の天然魚の旨さは、養殖ものとは全く別次元の美味しさです。

 自分で釣りをするか、高級な鮨屋などで天然物の鮮魚を食べたことがない人にはわからない話です。しかし、近年では養殖魚や安価な回転寿司の普及により、本物の天然魚を食べたことがない人が増えているのが実情です。

武智倫太郎

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