見出し画像

いつか見た風景 55

「革命前夜の夜が明けて」


 老化は進化の一過程なんだよ。私がTEDにでも呼ばれたらさ、この説を皆さんにちょっとご披露しようかと思っているんだ。だってそうだろう、死は復活の前触れだからさ。繋がっているんだよ色々とね。

                 スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス



 インターネットってのは既に死んでるらしいよ。過激に増殖したチャットボットのせいでさ。ほらアレだよ、人工知能を活用した自動会話プログラム、そいつが原因らしいんだよ。専門家じゃないから私には上手く説明出来ないけどさ、要は書き込みもご案内も今じゃほとんどAIだからね。人間不在で物事が何でも一方向に傾き始めているんだって。それに何より見分けがつかないじゃないか、自分が今チャットで話している相手がロボットかどうかなんて。そういう人間たちを上手く誘導したり扇動したりするロボットが必要以上に増殖しているって事なんだよね、ネットの世界では。

 対抗策は何かないのかって? そりゃ敵が増殖してるならこっちも増殖するしかないんじゃないかな。同じ私のコピペじゃなくて違う私を増やすんだ。つまりさ、思考や価値観、趣味も好みも色々とね。そういう多様な大勢の私を作るしかないんじゃないかな。何しろ敵は日々ディープラーニングしてるって言うんだからさ、七変化でも繰り返して応戦するしかなさそうだけど、正直冷静に考えるとシンドイね。

 一つ閃いたんだよ。理屈や理詰めで応戦しても勝ち目がないなら、ここは太古から我々人間の最大の武器でもある「気まぐれ」って奴を動員するしかないだろうって。何しろ私の気まぐれ具合は達人の域に達しているからさ。

 そうそう知ってるかな? 人類の進化ってのに不可欠な火おこし、アレだって誰かが最初に火を起こそうって偉大な目的で木の枝を懸命に擦ったんじゃないからね。遊び半分でそれこそ気まぐれで枝を擦ってたら何やら煙が立ち込めて来たんだよ。それを見ていたお仲間たちが面白がって真似し始めてさ。枝擦りが集落でちょっとしたブームになる頃にはどれだけ長く煙を出し続けられるかってゲームに発展していたに違いないんだよ。それに私の洞察によるとさ、摩擦熱による煙の匂いも空前のブームに拍車をかけたかも知れないね。こっちの奴の方が気持ちが落ち着くぜ、いやいやこっちのぶっ飛ぶ感じがたまらねぇよとかさ。ともかく気まぐれが伝染して増殖していったって感じかな。

 それで、ついにその時が来たんだね。人類が火を手に入れた瞬間ってのがさ。その日は朝からいつもより乾燥していたから火おこしの条件にはピッタリだったんだよ。だけどそんな事だって知る由もない彼らはヒマを持て余していたから例のあの匂いを嗅ぎたくなってさ、何だかアマゾンの先住民のシャーマンたちが使っていたアヤワスカみたいな幻覚作用でもあったのかも知れないね。それでとにかくその日、火がついたんだよ。突然にさ。煙の中から小ちゃな龍みたいな火が立ち昇って来たんだよ。

 


 ショートステイで毎月お世話になってる施設の若いスタッフに勧められて最近老人たちの間で流行ってるアプリを入れてもらったんだ。NOT ALONE とか言う最新の介護用アプリでさ、ヒマな時や退屈な時にそのアプリを開くと私専用の話し相手が何人か現れて会話が始まるんだ。ちょっと前まではテキスト形式だったから面倒だったらしいけど、今じゃ音声入力だからただただ話せばいいのよ。

 テーマ毎にチャットルームがあってさ、盆栽やダンス、釣りに俳句、ビールと映画、民芸や落語なんて趣味の部屋とか、神話、歴史、考古学、人類学、西洋美術、人文学とかってちょっと専門的な奴もあるんだ。面白いのはさ、愚痴やゴシップ、噂話に都市伝説、視聴制限や近日閉鎖なんてカテゴリーもあるから驚きだよね。ともかく試しにどっか入ろうかって思ってさ、取り敢えず「進化」って部屋に突入したんだ。

「老後の進化をお探しですか?」って早速誰かが話しかけて来たよ。だからまあそんな感じでって答えるとさ、「肉体的に、それとも精神的に?」だって。両方に決まってるじゃないかって言うと「随分欲張りな奴だな」ってまた別の誰かが割り込んで来たよ。ははは、お決まりのセリフだからさ、直ぐにコイツはボットだなって気づいたんだけど面倒だからスルーしてさ。それで肉体や精神を司るのは主には気持ちの問題だから「じゃあ気持ちを進化させるのはどうするのが一番手っ取り早いのかな」ってダメ元で聞いてみたんだ。どうせヒマ潰しだからね。そしたらさ、また別の誰かが「知らない事を一つ知るんですよ」だってさ。随分と深くて哲学的な答えに一瞬感心したけど「知ったところで次の日にはすっかり忘れてるんですけど私の場合は…」って反射的に返しちゃったんだ。そんな私でも進化を続ける何か良い方向を模索してたんだけどね。

 ヨガや瞑想、散歩に体操、町内会への積極参加やらカラオケ大会へのエントリーまで色々とご意見を頂戴したよ。中にはさ、ネットショッピングやら老後の自己啓発的なオンラインサロンをやたらと勧めて来る輩もいて、まあ大体はボットだなって感じだね。アプリ画面の右下の数字を見たら28って現在の参加人数が表示されていたけど、実際にその中の何人が私と同じ本物の老人なのかね。そう言えばさっき「知らない事を一つ知るんですよ」って言って来た御仁はさ、もしかしたら本物だったかも知れないな。



 老化は進化の一過程なんだよ。何しろ色々と悩むからさ。黄昏たりもするし、退屈だったり、憂鬱だったり。それからさ、気まぐれが過ぎたりね。きっとそういうのが人間の進化って奴には真に必要なんだって思うんだよ。期待と不安が混ざったコーン味のスープを朝一番で啜る時にさ。夢の続きを現実の中に追いかけることこそが進化の真髄なんじゃないかなって思ったりするんだ。つまり日常の中の小ちゃな冒険って奴だよ。


https://instagram.com/drk.publishers/

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?