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『怪盗からの回文書』/掌編小説

ある日警察に、日本中を飛びまわる大怪盗ジョルジュから、盗みの予告状が届いた。

        口
冬の日の湯布
        一
 よる盗るよ


差出人の名もなく、白い紙に書かれただけのものだったが、この予告状は間違いなくジョルジュからのものだった。
やつは毎回おかしな予告状をおくってよこすのだ。
警察をなめているに違いない。

予告状の文章は回文で書かれており、狙う場所も回文にできるところから選んでいるようだった。ふざけているのだろうか。強い憤りを覚える。
今回は大分県の湯布院が狙われた。
急いで本部に連絡し、警備の人員を確保する。
湯布院といえば、温泉の名所だ。
多くの歴史上の傑物たちも、この温泉を訪れたという記録が残っている。

警察は事態を重くみて、予告状の解読、警備の強化、ドローンの導入などを行い、ジョルジュ逮捕に総力をあげた。
しかし予告状が届くのは、毎回盗みが行われる日の前夜。
予告状の解読に、十分な時間があるとはいえなかった。
今回も分かったのは、場所が大分の湯布院であること、夜に盗みに入るということ、だけで、謎の記号のようなものについては不明であった。

警察は盗みの行われる日、夕方ギリギリまで予告状の解読に取り組んだが、夜が訪れる前に警備とドローンの配備を完了させた。ネズミ一匹通さない、完璧な包囲網だった。

警備隊とドローンは夜通し粘り強く警戒を続けたが、そのうち朝になってしまった。
ジョルジュがやってきたという報せはなかった。あまりの警備の厳しさに諦めたのか?警察は念のため、盗まれたものがないか湯布院中を確認した。

すると、なんといつの間にか名物のぷりんどら焼きがひとつ盗まれていた。
ジョルジュはその場で食べたらしく、無惨に丸められた包装には黒のマジックで「ごちそうさま」と書かれていた。
警察は残されたそれを握り、悔しさに拳を震わせた。またもジョルジュを捕えることはできなかったのだ。
警備隊が呆然とするなか、予告状の解読班から一報が入る。

「昼です!
昼でした!
『冬の日の湯布    夜盗るよ』ではなく、
『冬昼湯布    寄る盗るよ』です!」


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