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【連載小説】「青く、きらめく」Vol.9 第二章 海の章

「何か、用?」
 この人だ。ひと目見て、すぐ分かった。きびすを返そうと思っていたマリは、じっとカケルの顔を見たまま、黙って劇団のビラを差し出した。
「これをもらって。見に来ました」
「ああ」
 カケルは、一瞬ビラに目を落とすと、再びマリの顔を見た。怪げんそうな顔が、少しだけやわらいだ。
「入りなよ。もうすぐ新歓公演だけど。練習見ていく?」
 マリは、こっくりうなずいた。

 入学前から、自分はカケルと出会っていたのだ。すっとした顔立ち。全体の立ち姿。そのたたずまい。それは、マリの記憶のノートに刻まれ、いったん忘れ去られたように思えたが、消えていなかったのだ。自分がずっと心に留めていた人が、すぐ側にいる。その事実だけでも、マリの鼓動は心なしか早くなった。

 しばらくして、学校の廊下でも、キャンパスの池のふちでも、ふとしたところで、カケルの姿を探している自分に気が付いた。広いキャンパスではない。気を付ければ、時々その姿を見つけることができた。
 一人、さっそうと自転車で過ぎていくカケル。友達と連れ立って廊下を歩いていくカケル。大学の図書館から、うつむいて何か探しながら出てくるカケル。

 一人でいるときも、人と一緒のときも、なぜか彼の姿だけ目立って見えた。背が飛びぬけて高いわけでも、振り返るほどハンサムなわけでもない。

 ただ、何か人目をひく雰囲気があった。自転車に乗っている姿勢も、歩く姿も、くっきりと際立って見えた。周りに、いつも風が吹いているようないさぎよさがあった。

 よどんだものや、ベタベタした人間関係を背負ってないような。それは、言い換えると孤独だ、ということかもしれない。

 カケルの孤独な雰囲気が、またマリは気に入った。

 仲間といるときは、それなりにはしゃいでいても、一人で部室を出た瞬間、すっと〝独り〟のモードに切り替わる。そんな表情を持っていた。それは、去年、学園祭の舞台で見た印象と重なり、彼が演じた役柄の持つ孤独と重なった。
 〝独り〟の彼の表情を目撃すると、自分だけが彼の真の顔を知っているかのような気持ちになり、胸がきゅう、と締めつけられるような心持ちになった。反対に、女友達と楽しそうに話している彼を見ると、心がざわざわ揺れた。女友達に向けられているその笑顔を、自分にも向けてほしい、と切実に思った。

 だって、彼は部室で自分にはあまり親しげに笑いかけなかったから。他の後輩の部員たちに対するのと、全く平等な距離感で接してきた。そしてその距離感は、決して近いものに感じなかった。
 役で共演しても、役を離れると、自分の世界に戻ってしまう。そんな感じがした。

 単に、バイトが多忙だ、というのもあっただろう。でもそれは言い換えると自分の生活を自分でやりくりしていることからくる多忙さで、自宅から通って生活のほとんどすべてを親にやってもらっている自分からしたら、かなり自立した大人っぽさに見えた。その大人っぽさが、マリには手の届かない人のもつ色っぽさに見えたのだ。

 どうにも縮まらない距離感に歯がゆさを抑えきれず、悩んだ末に、クリスマス近くに何かささやかなプレゼントをする、という最もベタな方策に打って出たのだった。

 出会ったときから、今日までの流れを反芻して、マリはもう一度、ほうっとため息をついた。やっぱり、学園祭で彼の姿を認めた時からの、これは運命だったのかもしれない。でも、明日からどんな顔をして部活に出ればいいんだろう? 今まで通り、平然といられるだろうか。彼は、どうだろう。彼の方でも、マリに対する距離感や接し方が変わってくるのだろうか。

 もんもんとしてその夜はなかなか眠りにつけなかった。しかし、次の日の月曜日、カケルは部活に来なかった。学校自体、サボったようだ。その次の日は、バイトでもともと部活には来ない日だった。

 カケルが部活にやって来たのは、日曜日のデートから三日目のことだった。
「どうしてたんすか? カケルさん」
 細い目を少しだけ丸くして庄司がたずねる。カケルの髪が寝ぐせで乱れている。眠さのせいか、具合が悪いのか、ふらつきながら庄司に倒れかかったカケルの手には、しっかりと紙束が握られていた。
「……ホン、上がった……」
 それだけ言うと、カケルは、ふらふらと部室の隅にあるソファになだれこみ、そのまま眠りに落ちていってしまった。
「えっ? やったー」
 真っ先にページをめくる庄司に、わっと群がる部員たち。
「ちょっと、私に最初に見せなさいよ」
「分かりましたよ、じゃ、回し読み、回し読み」
 庄司が紙束のひもをほどくと、脚本は手からすべり落ち、部室の床中に原稿が散らばった。
「わーっ、何すんだ、ばかっ」
 今度は全員で床に突っ伏して拾い集めた。マリも拾い集める。ふと、手にした原稿に、
 ――少女、男の頭を少しだけ抱き寄せる――
 そんな言葉がちらっと見え、拾う手が一瞬、止まる。
 今まで、恋愛ものなんてやったことがないのに……。どうして――。
 マリの耳が心なしか熱くなった。

 回し読みに集中している部室は、静けさに包まれていた。みな、一読してすぐに言葉を発しなかった。
「うーん、これは」
 やっと、言葉を発した蔵之助も、その次の言葉を継ぎあぐねている。みんな、手元にある原稿にそれぞれ目を落としている。
「恋愛もののような……」
 まさるちゃんが、ぽとっとつぶやく。
「ファンタジーのような……」
「いや、案外深いぞ、たぶん」
 蔵之助さんがうなる。
「でも、救いがないっすよね」
 高い声で庄司が周りをがくっとさせる。
「庄司さん、今の台なしですよ」
 まさるちゃんが、ひそひそ声でささやく。カケルは、ソファに突っ伏したまま寝息を立てている。
「珍しい設定だよな。カケルにしては。っていうか、学生の演劇にしては、かな」
 ぼんさんが、のんびりと言う。一同、黙ったまま、手元の脚本と、カケルを見比べる。

 風の向きが変わった空に、湿った空気が流れ込み、やがて外ではポツポツとしずくが落ちる音が聞こえてきた。
「みんなの分、コピーしてくるわ」
 由莉奈がぽつりとつぶやいて、差し出された脚本のひとひらひとひらを集めると、抱えるようにして部室から出て行った。

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愛知県生まれ。海辺の街にて、小説を書いております。絵もときどき描きます。児童文学や絵本もかきました。教育学部卒業後、教育系出版社を経て、メリーゴーランド「童話塾」などに通う。料理、音楽を聴く、散歩、読書、ピアノが好き。「ペニー・レイン」で、ちゅうでん児童文学賞奨励賞。レモン好き。
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