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【連載小説】「青く、きらめく」Vol.8 第二章 海の章

   二、海の章

 自分の部屋のドアをくぐると、マリはパタン、と後ろ手で扉を閉めた。いつもの見慣れた部屋が、まるで違う場所にみたいに目に映る。
 ほっとひとつ、肩で息をする。体がほどける。次の瞬間、マリは小さな子どものようにベッドに飛び込み、クッションを抱きしめた。
――キスをした。カケルと、キスをした。
 望んでいたような、望んでいなかったような。抑えきれない感情は、不思議な泡となってマリの胸に押し寄せた。もっと早く、こうなりたかった気がする。いや、こうなるまでもっと長く、時間を費やしたかった気もする。
 会いたい、という気持ちがピークに達していた今日。カケルにもその気持ちが伝わったのだろうか。顔をうずめていたクッションから頭を起こし、マリは、そっと指先で自分の唇にふれてみる。自然と笑みが広がり、おなかの底が熱くなる。上気した息は、ため息となってマリの身体からこぼれ落ちる。この熱いため息を、カケルの手にも、足にも、胸にもふりかけたい。

「マリちゃん、カケルのこと好きでしょ」
 由莉奈にそう言われたのは、金曜日、二次会のカラオケが終わったあとの帰り道だった。前を騒ぎながら歩く男性陣に遅れつつ、知らず知らずのうちに、由莉奈と二人最後尾を歩いていた。
「全く、バカねー」
 前を行く男たちを、余裕のほほえみで見つめる由莉奈。彼女には、いつも余裕と貫禄がある。こうなりたいけど、なかなかなれないだろう、というあこがれと、近づき過ぎたくないような、ちょっぴりの恐れと。二人で並んで歩いている時も、マリはそんな居心地の良いような悪いような複雑な感覚を味わっていた。そんなところへもって何の前触れもなく、鋭い質問が来たのだ。ポーカーフェイスを決めているマリも、さすがに言葉につまり、ただ黙ってうつむいてしまった。頭に血がのぼって耳の先が熱を帯びてくるのが分かる。
 由莉奈は、そんなマリの横顔をいたずらっぽくのぞきこんで、少し笑った。
「いいよ、誰にも言わないから。たぶん、あのバカどもは気づいてないし」
「いや、あの……」
 否定しようとも思ったが、時すでに遅し。真実を言い当てた側と言い当てられた側の、圧倒的な勝敗の空気は、もはや取り消せない。必死に隠してきたつもりなのに、どうして分かってしまったのだろう。
「……どうしてそう思ったんですか?」
 歩みはのろくなり、気づくとマリは道の真ん中で立ち止まっていた。
「だって」
 由莉奈は、小さく息を吸いこんだ。
「見てれば分かるよ」
 沈黙が二人の間に流れる。
「さっき、カケルが美晴ちゃん背負って出ていくとき、マリちゃん泣きそうな顔してた」
 ひた、と向き合った由莉奈の瞳。マリは、その瞳の色に、自分と同じような切なさの揺らぎを見た。けれど、次の瞬間にはその瞳はふせられ、揺らぎは消えて由莉奈の明るい声が響いた。
「がんばりなよー。あいつ、けっこうモテるから」
 雑に言い捨てながら、少し前を歩く由莉奈の背中を見る。
もしかしたら、かつて、この人も、自分と同じ思いを胸に抱いたのではないだろうか。
 マリは、そんな考えを打ち消すかのように、由莉奈に走りより、後ろから軽く腕を組んだ。
「それより、由莉奈さんの彼氏の話、聞かせてください」
「えーっ、私の話~? いいよ」
 さばさばと切り返してくる由莉奈の表情には、先ほどの切なさの影はすっかり消えていた。

 高校三年生のとき、この大学の学園祭に来た。ほとんどの屋台を回ってしまい、暇つぶしのつもりで一緒に来た友達と、劇団サークルの舞台を見た。見えない敵と戦う戦争、みたいな話で、その敵は内面のもう一人の自分だとか何とか、そんな内容だった。
「なんか、難しくてよく分かんなかったねー」
 舞台を見終わったとたん、友達は席を立ったが、マリはなぜか、すぐその場を立つ気になれなかった。
 物語のラスト、主人公の男の子が舞台にすくっと一人立っていた。バックライトが強すぎて、顔は濃い影になりよく見えない。けれど、孤独に立ち尽くす彼の姿が、心に焼きついた。舞台に立っていたあの人は、普段はどんな表情をしているんだろう――。全く違う顔をしているんだろうか。そもそも、舞台に立つとは、どういうものなんだろう。
 自分の中に生まれた様々な疑問。その謎は、しばらく心の奥に封印されたまま、放置された。
 やがて、晴れて大学に合格、キャンパス内を歩いていると、新入生歓迎のビラが、次々と手渡された。その中に、劇団のビラもあった。マリは思い出した。
 ――あの人が、この劇団にいる。
 とくん、と胸が音を立てた。自分の中に、密やかに眠っていた気持ち。それを確かめたくて、マリは劇団の扉をノックしたのかもしれない。


 緊張しながら、部室の扉を開けると、最初に喜んで迎えてくれたのは、ソバージュ頭の軽いノリの男の子だった。(庄司さんだ)マリは、忙しく視線を動かして、劇団のビラをくれた美人の女の子(由莉奈)の姿を探したが、部室内には、あとヤンキーっぽい男の子と(蔵之助さん。あとでヤンキーでも何でもないと分かった)、やたら体の大きい男の子(もちろん、ぼんさんだ)がいたきりだった。男くさい部屋で、一人はマンガを読み、もう一人は携帯をいじっていた。
 これはまずいところに足を踏み入れてしまった……。怪しい予感に、マリは、
「間違えました」
 と言って、きびすを返したい気持ちになった。一歩、二歩と後ずさりして振り向いた時、後ろから来たもう一人の男の子とぶつかりそうになった。
「おっと」
 男の子は、軽く身をかわすと、頭のてっぺんから足の先までマリをさらっと見た。そして、最後に、顔を見た。それが、カケルだった。

えっ!?Vol.7に戻って読む)←        →(Vol.9へつづく…!

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愛知県生まれ。海辺の街にて、小説を書いております。絵もときどき描きます。児童文学や絵本もかきました。教育学部卒業後、教育系出版社を経て、メリーゴーランド「童話塾」などに通う。料理、音楽を聴く、散歩、読書、ピアノが好き。「ペニー・レイン」で、ちゅうでん児童文学賞奨励賞。レモン好き。
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