【連載小説】「緑にゆれる」Vol.18 第三章
第三章
まさに、青天の霹靂だった。会社をたたむ。倒産を、みんなの前で通告してから、社長はろくに姿を見せない。おそらく、借金していた他社への交渉事などで奔走しているのだろう。空は、まるでこの状況に合わせたかのように、毎日どんよりとたれこめて、しとしとと雨を降らせている。
この事務所も、三日後にはすべて撤去しなければならない。カケルは、休憩スペースの、革張りの椅子に腰かけて、コーヒーをひと口、ごくりと飲んだ。何だか、のど元が苦しい。
複数の会社が入っているビルのフロアはひっそりしていて、いつもと変わらない。自分たちがここから姿を消しても、日常は続いていくのだろう。
「どうすっかな。これから」
事務所の片付けの手を休めに、カメラマンの谷崎もやってきた。休憩スペースでカップコーヒーを買って、立ったまま飲んでいる。日に焼けた茶髪も、くすんで見える。
「お前はフリーでもやっていけるだろ」
谷崎は、所属していた制作会社以外の現場にも、時々参加していた。スタイリストさんやメイクさんなど、もともとフリーのスタッフは、多少打撃を受けても問題ないだろう。ADの奈美やディレクター補佐の田原たちは、このあと転職活動に入るんだろうな、と想像する。
自分は……どうするだろう。他にまた、雇われるか、それとも。
三年前、無心で書いた企画も脚本も、結局は受け入れられなかった厳しさがふとよみがえる。
ほこりまみれの事務所のすみで、みんな各自買って来た弁当を無言でほおばっている。
「隣、いいですか?」
遅れてやってきた奈美がカケルの少しはなれた隣で体操座りをした。無邪気に弁当を広げて、おなかすいちゃった、と言って食べ始める。
「明るいね、こんな状況の時に」
田原が憮然とした顔で言う。一瞬、はしを止めて、奈美が田原を見た。
「こんな状況の時だから、ですよ。暗い顔してたって何も変わらないし、それとは関係なくおなかはすきます」
この子の天真爛漫さは、どこからくるのだろう。思わず、つられて笑ってしまう。
「奈美ちゃん、これからどうすんの」
谷崎が、ご飯をもぐもぐさせながら聞く。まるで、これからどこへ遊びに行くの、というような軽さだ。サーファーで見た目もイケメンな谷崎が言うと、何でも軽く聞こえてしまう。
「とりあえず実家に帰って、しばらく考えます。家賃だけでも高いし」
実家ねぇ。彼女は確か、千葉だっけ。おれには実家も、ないな。しばらく連絡をとっていない母は、どこにいるかも分からない。
「さすが女の子は現実的だなぁ」
何の気なしにカケルが言うと、谷崎が突っ込んできた。
「お前はどーすんだよ。今、社宅契約だろ」
「そうだけど」
補助は微々たるものだったが、あるとないとではやっぱり違う。というか、これから当面無収入なのだ。
「よかったら、ルームシェアしますか?」
ヘアメイクのRYOさんが、物腰柔らかく会話に入ってくる。フリーの立場で、二、三時間だけ、という約束で事務所の片付けの手伝いに来てくれた。
彼はどうやらぼんぼんらしく、親も美容室を経営しており、何やら優雅な雰囲気がする。すごく広いマンションに一人で住んでいる、といううわさだ。
「いや、それは……」
思わぬ提案に、すぐに言葉が出てこない。
「遠慮しとくよ」
愛想笑いで返すと、隣で奈美がくすっと笑った。
「RYOさん、フラれましたね」
RYOは、何とも言えない複雑な笑みをこぼして、ゴミを捨てに行った。何も言わず、まじまじと奈美の顔を見る。
「気づきませんでした?」
奈美が弁当を一口ほおりこんで続ける。
「ホントは、谷崎さんのことも狙ってたみたいだけど。奥さんも子どももいる身だし」
「そうだよな、お前にはそっちの道もある。女は、もういいだろ?」
谷崎がふざけて言うので、思わず軽くにらんでみせる。奈美がなおも笑う。
「でも、そういう意味じゃなくって、やっぱり、カケルさんとつながっていたいんじゃないかな。わたしも、その一人です」
さらっと言ってのけてから、彼女は立ち上がった。
「さ、片づけ、片づけ」
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