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たしかにサナギは地味だし、中身ドロドロだけど、ぶっちゃけかなり忙しいんよ

青虫→チョウ

この期間を「サナギ」と呼ぶ。


ちっちゃな卵からかえったはらぺこ青虫は、幾度もの変身をへて、チョウへと最後の大変身をとげるんだ。


この時期、サナギの中身はドロドロに見える。でもそれは、青虫のころには必要だった「足の筋肉」をこわして、チョウになるために必要な「つばさ」をつくっているからだ。

筋肉をこわして、あたらしい部位の栄養に回してるんだって。

だから一見、ドロドロに見えるんだけど、それは色んな変化が同時並行でおこなわれているからなんだ。

中には「あたらしい内臓」とかがひしめき合っているんだってさ。

すごいよね。


実は、青虫のカラダの中にも「ちっちゃいツバサ」がある。

でもそれは、外皮の内側にあるから、外からじゃ見えないようになっている。

隠されたツバサなんだ。


しかも、別にその「ちっちゃいツバサ」で空を飛べるわけじゃないから、当の青虫くんだって、その「ちっちゃいツバサ」についてはなんとも思ってはいないだろう。

たいていの青虫くんは、目の前の葉っぱを食べるのに夢中だし、アリやトリなどの外敵に襲われないように冷や冷やしているはずだ。

なんせ腹ペコなんだし、空になんて興味もない。

目に入るのは、葉っぱだけ。

そういう気持ち、よく分かるよ。


たま〜に、勘のいい哲学的な青虫だったら、その「ちっちゃいツバサ」の存在に気がつくかもしれないけど、やっぱりそれが「いつかおっきなツバサになる」なんてことまでは気がつかないだろう。

考えすぎても腹がへる。腹がへっては哲学なんてもうおわり。

すぐに目の前の葉っぱに興味は移っちゃうだろう。

ムシャムシャ、ムシャムシャ。そのくり返しが青虫くんだ。


でも、不思議だよね。そんな葉っぱをムシャムシャするだけだった青虫くんなのに、ある地点まで成長すると、いきなり葉っぱを食べるのをピタリとやめてしまうんだ。

まるで何かを思い出したかのように。人間には聞こえないアラームみたいなものが、彼には聞こえているのだろうか?

そうそう。それは彼の遺伝子にセットされたアラームだね。青虫くんのカラダを形作っているDNAには、あらかじめ特定の時刻で作動するアラームが設定されていたんだ。

ピピピピ、ピピピピ、

時間デス。



その音を聞くと、もう彼は葉っぱを食べてなんていられない。

もう、いまとはぜんぜん違ったカタチの生き物にならなくてはいけないことが分かるんだ。

その知らせは、郵便局からでも、ネットニュースからでも、友だちからでもない。彼自身の内側から、やってくるんだ。

ピピピピ、ピピピピ、

もう、そんな時間か!


そうなったら、もう葉っぱには用はない。外敵の少ない安全な場所を探しにいくんだ。

そんな姿を見て、周りにいた友だちの青虫くんたちはビックリするかもしれない。頭がおかしくなったのか??と、心配するかもしれない。

当の青虫くんにだって、その理由はうまく説明できない。「ちっちゃいツバサ」はあるけれど、まだ空を飛んで見せることもできないしね。

なんの説得力もないんだから、説明したってきっとムダだろう。


でも、ここにいちゃいけないことだけは、ハッキリ強く分かるんだ。その遺伝子のアラームは青虫くん本人にしか聞こえないけれど、その音を無視することが、何よりも彼自身にとって「あかんことや!!」ってことは、彼が一番よく分かってる。


そうして彼は、ある場所でピタリと動きを止め、細い糸をはき出して全身をおおう薄い膜をはる。

その時、ようやく聞こえていたアラームの音は止み、静かなる大変身の時だ。

あったものはこわされ、あるべきもののために作り変えられてゆく。

沈黙のドキュメンタリーが、誰の目にふれることもなく静かに、でも休むことなくズンズン忙しく行われてゆく。


そうして孤独をくぐり抜けた青虫くんからは、もはやかつての面影は見つからない。

あんなにパンパンに太っていたカラダはずっと小さくなって、代わりに「おっきなツバサ」が彼を大空へと運んでいくのだ。





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