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美や芸術について理論的に考えたい人のための読書案内

こんにちは不二です。

先日Xの相互フォローさんに本を紹介したのですが、あらためて本棚を眺めてみて、もう二冊ほど広めたい本が見つかったので合わせてnoteにしてみました。実は大学で美学というものを齧った人間なので、美学あるいは芸術学についての入門書が中心になります。

紹介と言っても、本棚を見せるのが恥ずかしいという人がいるように、読んだ本の話は多分に自分語り含んでいると思います。

実際、この頃は自分の写真を抽象的な視点から整理してステートメント的なものを描こうとしている時期なので、正直そういったことも影響していますね。

まあ、あまり難しいことは考えず、美学や芸術の哲学について興味のある方は読んでみてください。


①佐々木健一『美学への招待 増補版』

権威ある著者による入門書です。そもそも「美学」は、18世紀ドイツにおける「近代美学」からはじまりました。本書はその枠組みを押さえつつ、私たちの時代に即した「新しい美学」を紹介してくれます。

18世紀といえば、神様から人間の時代へと移行していった時代。芸術が新たな社会にとって重要なものとされ、それを体系化する学として美学は生まれました。

しかし私たちの生きる現代は、その頃とは大きく様相を違えています。すでに20世紀の時点で美術館にトイレが展示され、今では「アート」といえば「美しい」ではなく、「わからない」と言われるのが一般的となりました。

そんな状況を踏まえ、”芸術にはセンスが必要って言うけど、センスってなんなの?”といった私たちの素朴な疑問に寄り添いつつ、美学の新しい可能性を示してくれるのが本書の特長です。日頃から美的なアンテナを張って生活している人にとっては、何気ない感覚を歴史的文脈のなかで見つめ直したり、より豊かな思考に発展させるきっかけになるかもしれません。

②小田部胤久『西洋美学史』

西洋哲学研究界の重鎮による、美学の教科書です。章ごとに「芸術と真理」などの重要論点が取り上げられ、プラトンからハイデガーまで、西洋哲学におけるビッグネームの著作が豊富に引用されます。

といっても本書は、ただ哲学者の言葉を紹介するだけの本ではありません。プラトンは芸術家を批判したことで知られていますが、感性より知性を重んずる傾向は長く西洋の思想史に残り、ヘーゲルの時代には芸術の終焉が唱えられました。本書は著者独自の卓越した思考によって過去のテクストに向き合い、芸術をプラトンによる批判から、そして美学の歴史そのものをプラトンの呪縛から救い出そうとする本なのです。

ヘーゲルの時代をはるかに経て、私たちは今も芸術を、あるいは芸術的なものを享受し生産しています。そうした営みは無意味ではないし、その営みに応えてくれる声を私たちは過去の思想に見出すことができる……そのことを教えてくれるのが本書です。正直、文学部や芸術系の学部生にとっては必読書と言っていいくらいの本ですが、歴史や過去に学ぶことについての深い洞察を示してくれる点で、一般の人にも読んでもらいたい一冊です。

③石田英敬『記号論講義ーー日常生活批判のためのレッスン』

東大での講義をもとに書かれた、記号論についての本です。「記号」はもともと言語学から出てきた概念ですが、のちに幅広い意義を持つようになり、20世紀の思想界を席巻するようになりました。本書はそんな「記号」についての基本的な理論を紹介しつつ、それを現代生活の様々な領域について応用的に展開することで、社会への批判的な認識を開かせてくれる本です。

「記号論」とは簡単にいえば、事物それ自体の意味や価値を重視するのではなく、むしろそれらを相互に関係し合う要素として捉え、要素間の差異によって初めて生まれる意味に着目する考え方と言えます。写真を撮る人にとって最も面白いのは、アラーキーのエッセイをもとに議論が進む第6章かもしれません。そこでは都市風景における建物や通りが、いかに統語論的な要素として関係し合い、一つの「意味」として写真家の前に立ち現れるかが記述されます。

風景や街並みについて「いいな」と感じる経験は、スナップを撮る人なら誰でもしているはず。そんな瞬間を「意味の読解」として捉え、言語とのアナロジーによって構造的に分析してくれる本書の議論は、日々スナップに取り組む人に貴重な刺激を与えてくれるのではないでしょうか。

④江川隆男『超人の倫理---〈哲学すること〉入門』

スピノザ、ニーチェ、ドゥルーズを軸とした哲学、あるいは倫理学の本です。かなり僕の趣味が反映されているため、誰も読まなくていいですが、ある意味で一番読んで欲しい本かもしれません。

倫理学の本と言いましたが、芸術には深く関係しています。例えば序論では小津安二郎の有名な言葉、「どうでもよいことは流行に従い、重大なことは道徳に従い、芸術のことは自分に従う」が引用されますが、この「道徳に従い」と「自分に従う」の違いから、本書は「道徳と倫理の違い」という重要な論点を導き出します。

道徳とは、「困った人がいたら助けるべし」というように、経験するまでもなく一つの命題として私たちに与えられるもの。それとは違い、倫理とは私たちが”自分にとって”、つまり自らに固有の経験に根ざして「よい」と言えるなにかを追求する営み。後者は私たちが現に経験する「このもの」を捉えることを可能にし、前者が社会的に構築された幸福観や理想的人間像といった形で私たちに押し付ける、「一般性」の枠組みから逃れる力へと向かわせてくれます。

感性や美的センスを大切にして生活している人は、型通りの人生に自分を当てはめるのではなく、自らの経験した、あるいは自分にしか経験できなかった出来事を重んじる人が多いでしょう。本書はそんな出来事を日常の一コマに収めるのではなく、人生全体を貫く一つの「概念」へと高める道を示してくれる本です。おそらく哲学を知らない、一般向けに書かれた本ではありますが、決して読みやすい本ではありません。しかし芸術をただ大家による所産の集積ではなく、自らの生活様式の問題として考えている人にとっては、きっと刺さる本だと思います。

最後に

気づいた方もいるかもしれませんが、僕の紹介は西洋哲学、それも大陸系と言われるジャンルに偏ったものです。これはただ僕の読書経験の偏りであり、美や芸術に関して他に様々なアプローチがあることは言うまでもありません。

今回紹介したのは入門書の類であり、読んだ本のごく一部ではありますが、それでも自分の写真へと繋がるものを見つけることができた気がします。過去や時間に対する考え方、芸術を一つの生の様式(スタイル)として捉えようとする姿勢……。いずれ本の紹介という形を離れしっかりした状態で世に出せるとよいのですが、それまでは写真と人生を適当に頑張るとしましょう。




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