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「でんでらりゅうば」 第6話

 翌日から、安莉は〝郷の駅〟で働き始めた。仕事は午前中だけとリーフレットにあったとおりの条件で、八時から十二時まで働けば、きっちり仕事を終えてアパートに帰ることができた。村には食料品を扱う小さな店が一件あるだけだったが、意外に品揃えが豊富で、平地の街で売っているような流行ものや気の利いた商品といったものはないものの、肉や魚、野菜などの生鮮食品は勿論のこと、冷凍食品や菓子類なども充実していた。冷蔵庫のなかの食材が減ってくると、安莉は仕事終わりにその店に寄って買い物をして帰った。
 家々のあいだを走る狭い道はいつも閑散としていて、村に初めて入った日に目にした目抜き通りにも人の姿を見ることはまれだった。
「昼間は皆畑のほうに行っとうけんね。年寄りばっかり残って、家に籠っとるとよ」
 村の西側の、少し山に分け入ったところに古い時代に開墾された畑があり、そこで村の特産野菜を少しずつ作っているのだという。普段は村人のほとんどはその農作業に出ているのだと、食料品店の主人が話してくれた。
 〝郷の駅〟には決まった納期なども特にないようで、皆のんびりしたペースで仕事をしているので、正午になって安莉が抜けるのもさして気にならない様子なのが心地よかった。任される作業自体も極めて単純なもので、でき上がったジャムの瓶を箱に詰めたり、花の苗や球根を袋に小分けしたりするのがおもな仕事だった。

「何もむつかしいことはなかろうな~?」
 あるとき、人のよさそうな顔をしたおばさんが声をかけてくれた。それは初日に所長から紹介された、御影みかげみつだった。そのときと違って所長不在の今は、かしこまるのを辞めている。まるで小さいころから知っている近所のおばさんのように、満は親しげに話しかけてきた。七十二歳の満と同級生の勝の二人だけは、交代せず毎日作業場に出て働いているのだという。
「うったちゃ年寄り、、、で暇しとっけんね。ちった村んために働かんば」
 そう言って隣にいる勝に肘打ちをした満は、がはがははと豪快に笑った。山の滋養そのもののような、地の力に溢れた笑い声であった。
「そうたい。若いは色々忙しかけん、うったちがこげんしてきばらんとね。村の収益にちった加勢せなんとね」
 そう言ったのは、大きな丸い目をした人懐っこい風貌の砥石といしかつだった。聞けば、二人は幼いころから一緒に育って、いつ何どきでもぴたりとくっついて離れないので御神酒おみき徳利どっくりというあだ名をつけられていたという。仲がよすぎて、それぞれ同じ家から兄と弟を夫にもらった、、、、という話だった。
「それじゃあ、お二人は義理の姉妹ってことですね」
 安莉が言うと、満は大きくうなづいた。
「そうなのよ~。ゴハンも一緒に食べるとよ~」
 そう言いながら、なぜか意味のない手踊りを交えてふざけ始める。それを見て、勝がきゃらきゃらと笑う。ほんなこつ、いっつもこげんあっとよ。ほれ、義姉さん、もっと踊ってみせ。面白かろ、こん人……。
 満と勝のお陰で、作業場での時間は楽しかった。けれど、この二人以外の作業員たちに対しては、安莉はなぜか馴染みにくい空気を感じていた。相手のほうから話しかけてくれれば、何か感じのいい返しをするぐらいの術は知っている。だが安莉は自分から言葉をかけるのは苦手だった。〝拒絶される〟ということに関して病的なまでの恐怖心を抱いているがために、相手の反応を極端なほど推し測ってしまい、しかもそれが芳しくないと予想される場合には、初対面の相手に対して初めにかける言葉の第一声がどうしても出てこないのだ。

 〝郷の駅〟の仕事は村人の持ち回りで行われていて、複数の若者たちが週に一度のルーティンで作業に出てきていた。村には四十~五十代の人々も多くいるが、そのほとんどは畑仕事の方に従事していて、郷の駅の仕事に出てくるのはごく僅かな人数だった。それも、寡婦であったり仕事に出る畑のない家の者だったりで、農作業が忙しいときは臨時でしょっちゅうそっちに駆り出されてしまう。なので平生へいぜいは、満や勝のような七十代を迎え農作業には適さなくなった年代の、生産作業をする意欲のある老人たちや、今親たちの世代から農業を仕込まれているが、商品開発のアイデアを出したり製造機械を導入して実際にそれを動かしたりすることのできる若者たちが中心となって〝郷の駅〟を運営していた。それだけに郷の駅に勤める若者たちは結束力が固いのか、それともただ単に皆一様にシャイなのか、よそから新しく入ってきた安莉のような存在に積極的に心を開こうとはしてくれないような雰囲気があるのだった。「今日はこのラナンキュラスの球根を、五種類ずつ袋詰めして下さい」例えばこんな用事を伝え終わると、その一文字名前の村の娘は、一瞬ちらりと安莉の顔を見て、次の瞬間にはもう目を伏せてうつむいて、色ごとに仕分けされた球根を入れた育苗箱を台の上に投げるように置くと、そそくさと去ってしまう。
 安莉はそれを自分の責任だと感じていた。何かとっつきにくい、感じの悪さが自分から発散されていて、それが彼らを遠ざける原因になっているのだろうと思っていた。そして、元々友だちを作ったり誰かに親切にされるためにここに来たわけではない、とここへやってきた目的を再確認し、自分を納得させるのだった。

 ――でもあの青年、澄竜とは……。安莉は心の隅で思った。
 澄竜とは、言葉だけでも交わしてみたい――。

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