【怪談】 沖縄旅行
大学生の頃、サークルで沖縄に旅行に行ったときの話です
2泊3日の予定で、那覇市内と万座毛を巡るツアーでした
と言っても、行き帰りはフェリー泊という、実質4泊5日の旅で、
いかにも学生らしい貧乏旅行です
それでも計7人の若者たちでしたので、行きのフェリーでは2等クラスの大部屋で、みんなでワイワイ雑魚寝を楽しみました
沖縄に着くと、最初の日は那覇市内のホテルに泊まる予定だったので、国際通りなどをぶらついて色んなショップを物色したり、沖縄料理を
食べながらオリオンビールを飲んだりして楽しみました
ホテルは小さなビジネスホテルだったので、建物内で楽しめるアクティビティなどは特に無く、市内をさんざん歩いて疲れていた私たちは
早々に就寝しました
そして次の日、ツアーが用意してくれたバスで万座毛へ移動し、美しい海に続く景勝地を楽しみました
万座毛は、その昔琉球の王様が「万人が座するに足る野原」と賞讃したことからその名前がついたそうで、緑の草で覆われた台地から美しいエメラルドグリーンの海を見渡せます
ちなみに「毛」とは「野原」を意味するのだそうです
ここ万座毛は、太平洋戦争末期には激戦地となりました
上陸してくるアメリカ軍に一般の市民は逃げ惑い、「生きて虜囚の辱めを受けず」という軍人のための戦陣訓に従わされ、あるいは捕まったらむごい殺され方をするという噂に自ら死を選ぶ「集団自決」が多発した場所でもありました
多くの人が切り立った崖から海に身を投げたそうです
そんな凄惨な出来事が起こった場所であることが信じられないほど、台地には美しい自然が広がり、太陽は燦々と降り注いでいました
私たちは万座毛を散策した後、ビーチに下りてシュノーケリングやバナナボートなど様々なアクティビティを楽しみました
そうして日も暮れかけ、私たちは予約していた宿に入りました
そこは沖縄の伝統家屋を改築したような、小さな古い民宿でした
先ほども言ったように、大学生の貧乏旅行です
旅行会社と折衝して、安いツアーを組み立ててくれたのは一年上の先輩で、6人の後輩を1人で引率してくれているような形になっていました
みんなには内緒にしていたのですが、実はその先輩と私はつきあっていました
同級生たちはうっすらそのことを知ってはいるようでしたが、つきあい始めてからまだ日が浅かったせいか、まだカップルとして固まっていない私たちは、何となくお互いにただの先輩後輩として接していました
さて、民宿に着いて荷物を置き、後は楽しい夕食タイムです
ラフティや海ぶどうなど、珍しい沖縄の郷土料理に感動し、再びオリオンビールを飲んで盛り上がりました
旅行のメンバーもみんな楽しそうで、笑いは絶えず、和気あいあいとした雰囲気が続いていました
初めての沖縄旅行で、色々な面白いものを見聞し、沖縄の人たちの言うところの〝本土〟とはちょっと違った文化を味わえて、「本当に来てよかった」と思っていました
だからそのままいけば、楽しい思い出だけが残るはずでした
先輩があんなことを言い出しさえしなければ……
「肝試しに行こうや」
食事が終わってしばらくすると、先輩が突然そう言い出しました
それに賛同する者、断る者それぞれいましたが、私は怪談を聞くのは大好きなくせに、実際にそういう場所に行ったりするのは滅法苦手で、行くのを断りました
「何や、ヘタレやな」
先輩は小馬鹿にしたようにそう言いましたが、ヘタレと言われようが何だろうが、私は絶対について行く気はありませんでした
結局、私の同級生の女の子3人、男の子1人が先輩に同行して肝試しに行くことになり、私はもう1人の男の子と宿に残りました
時刻は夜10時を過ぎていたくらいだったでしょうか……深夜にはまだ遠く、旅行の高揚した気分の中、軽い感覚だったのでしょう
彼らは楽しそうに盛り上がりながら宿を出ていきました
残った同級生の男の子と私は、手持ち無沙汰
ではありましたが、お互い言葉にはせずとも何となく強い意志で「行かないよね絶対」という感じに結託していました
でも、みんなが出かけた後、彼はふとこう言いました
「一緒に行かなくてよかったの?」
……意味するところは何となくわかっていました
というのも、一緒に行った同級生の女の子たちのひとりが先輩のことを気に入っていて、何かと接近しようとしていたのです
そのことには周りもみんな気づいていたので、その男の子は私に気を遣ってくれたようでした
「別にいいよ とにかく私は行かない!」
きっぱりとそう言って、私は布団を頭から被って寝てしまいました
彼がひとりぼっちになってしまうので話し相手になってあげるべきだったのかもしれませんが、昼間の疲れもあり、すぐに眠りに落ちてしまいました
……それから、どれくらい経ったのでしょうか 夜遅い時刻になってから、肝試しに行った人たちが帰ってきました
何だかみんな興奮していて、部屋に入ってからずっとザワザワ話し声が聞こえるので、私も目が覚めてしまいました
話の中心にいるのは先輩で、彼は誰よりも興奮して、目には恐怖の色を浮かべ、冷や汗をかきながら、無理に笑顔を浮かべているように見えました
「……あれはヤバイわ……本物見てもうた」
関西出身で、いつもボケたり面白い話ばかりしている先輩が、見たこともないような神妙な顔をしているので、これは何かあったなと思いました
みんなの輪の中に入っていって話を聞くと、こういうことでした
宿を出て海の方に行き、波打ち際をしばらく歩いていると、砂浜に面した洞窟がありました
中に入れそうだったので、先輩を先頭にみんなで入ってみたそうです
「洞窟の中に入ると真っ暗やったんやけど、段々目が慣れてきてな」
先輩は言いました
洞窟はゴツゴツした粗い岩が上下に連なっていて、ところどころに深い窪みがありました
窪みの中は濃い闇になっていて、懐中電灯で照らしても奥の方は真っ黒で何も見えなかったそうです
「あちこち照らしながら見て回って、ふっと右の上の方の窪みを見上げたんや」
先輩は言いました
すると……
そこには、想像もしなかった〝モノ〟がいました
「……真っ暗い窪みの中になあ、すっぽり収まって、座ってはったわ」
先輩は続けます
たった今見てきたもののことをありありと思い出したのか、気軽そうに発する言葉とは裏腹に、顔面蒼白になっていました
そこには、ヒトのような、ヒトではないような〝何か〟がいて、じーっと先輩を見下ろしていたのだそうです
「そいつ、目ん玉が無いねん」
恐怖の表情を色濃くし、
声を震わせながら先輩は言いました
真っ黒な落ちくぼんだ眼窩に、真の闇を宿した〝それ〟は、
動かずただじーっと先輩を見つめ続けました
目玉が無いというのに、「見られている」というのはやけにはっきりとわかったそうです
「やばい!コイツ絶対あかんヤツや」
そう思った先輩は、みんなに声をかけて、急いでその洞窟から出たのだそうです
肝試しに行ったメンバーに話を聞くと、先輩と同じものを見た人もいれば、何も気づかなかったという人もいました
でもみんな口を揃えて言ったのは、そこには確かにただならぬ雰囲気があり、
「とにかく恐かった」「気持ち悪かった」
ということでした
昼間に見聞したように、太平洋戦争末期、アメリカ軍が沖縄に上陸したとき、
この土地では多くの人が亡くなっています
その当時の死者なのか、それとも現代になってからの水難事故などで亡くなった人の亡霊なのかはわかりませんが、やはり万座毛には何かがあるようでした
「……だから行かなきゃよかったのに」
私と2人で残っていた男の子がぽつりと言いました
私は力強く縦に首を振りました
その後、先輩は気分が悪いからもう一回風呂に入ってくると言って部屋を出ていきました
すると、肝試しに行っていた男の子が私の近くに来て、
「面白いものを見せてあげる」
と言いました
彼はビデオカメラを取り出すと、モニターを点けて、再生ボタンを押しました
そこには暗い砂浜を歩いていく肝試しのメンバーたちの動画が映っていました
洞窟から出て、逃げるように宿に帰ろうとしているときの様子だそうです
彼はカメラマンとしてしんがりを勤めていたようで、歩いているみんなを後ろから撮影していました
「これ見て」
彼はビデオカメラを私の方に近づけて、よく見えるようにしました
そこには先輩と私の同級生の女の子が手を繋いで歩いているところが写っていました
カメラはその2人の繋いだ手をズームアップしていきます
彼女が怖がっていたので先輩が手を繋いであげたということでした
「でもしかし、ラブラブだねー」
ニヤリと笑いながらそう言った彼は、黙って見ている私の反応を確かめるように、こちらをじっと見てきました
ゲスだなあとは思いましたが彼に対して別に何を出来るわけでもなく、私は何も言わずじろりと彼を睨みつけるだけでした
ただそのとき私は、心の中でこう念じていました
「取り憑かれちゃえばいいのに!」
なぜそんなことを考えてしまったのか、今でもわかりません
その禍々しい念は、先輩に向けてだったのか、女の子に向けてだったのか、それともゲスな行為をしてきた男の子に向けてのものだったのか、それすらも定かではありません
でも突然そんな映像を見せられて、逆上してしまっていたのは事実でした
冷静を装おうとするあまり、逆に心の中で過激な悪態をついてしまったのだろうと思います
それから何ごともなく夜が明け、みんなで朝ご飯を食べて宿を出発しました
夏休み中でしたので、フェリーを降りたら現地解散です
私にとってこの沖縄旅行は、最初楽しかったものの、最後の晩に嫌な思い出が出来てしまった、残念なものになりました
そして旅行後に、更に残念なことがありました
帰ってから、両腕が何かやたらと痒いのです
ボリボリと搔いていたら、腕じゅう真っ赤になってしまいました
おそらく宿の布団に南京虫か何かいて、それに噛まれたのではないかと思われました
特にひどいのが前腕の内側の柔らかいところで、そこには一円玉大の丸い発疹がいくつも出来ていて、それが気が狂いそうになるほど痒いのでした
「ああ~、ひどい~……」
病院に行かなくちゃ…と思いながらふと見ると、
前腕の内側の発疹のひとつが何か変なのに気づきました
……それは、人の顔のように見えました
落ちくぼんだ眼窩の奥からじっとこちらを見つめているような、
目玉の無い人の顔のようだったのです
それは先輩の話を聞いて私が頭の中で勝手に作り上げたイメージのせいなのかもしれませんでしたが、見れば見るほど気になりました
あのときあんなことを考えたから、洞窟の霊の呪いが私に飛んできたのだろうか……と考えて、恐くなりました
でも、それだけでは終わらなかったのです
その後、更に不可解なことが起こりました
夏休みが終わり、後期の講義が始まってサークルの友達が沖縄旅行で撮った写真を見せてくれたのですが
どこにも2日目の民宿が写っていないのでした
「あれ? ……ねえ、2日目に泊まった民宿の写真って無いの?」
私が聞くと、友達は怪訝そうな顔をして言いました
「民宿? 何言ってんの? 2日目は豪華にしようってことで、先輩がリゾートホテルにしてくれてたじゃん」
私は言葉を失いました
でも何度見返しても、どの写真にも1泊目の那覇市内のビジネスホテル、
そして友達の言う2泊目のリゾートホテルで笑ってピースをする私たちの姿しか映っていません
……これはどういうことなのでしょう……
確かにあの晩、古い小さな民宿にみんなで泊まり、先輩達が肝試しに出ていった後、私は布団を被って寝たはずです
友達に聞くと、確かに夜みんなで肝試しには行った、とのことでした
同級生と先輩が手を繋いで砂浜を行く映像も、
ビデオカメラに残されていました
でも誰もそんな民宿のことなんて知らないし、あまりしつこく言っていると
「もうやめて、恐い恐い」
と引かれました
腕に酷い発疹が出たのも私ひとりでした
先輩は、私の前腕の発疹を見ると、
怯えた表情をして固まりました
そして
「洞窟で自分を見下ろしていた〝ヤツ〟と全く同じ顔が浮き出ている」
と言いました
先輩はこの発疹を見るとあの洞窟でのことを
思い出すみたいでしたし、私も沖縄旅行の
ことを思い出すと、先輩が他の女の子と手を
繋いで歩いていた映像が浮かんでしまうのでした
それから私達の間はギクシャクし始め、
秋が始まる頃には、どちらからともなく別れてしまいました
……でも、何より不思議でならないのは、あのことです……
私の記憶の中だけに残るあの古い民宿は、
いったい何だったのでしょう
そして私はあの晩、どこにいたのでしょう
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