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映画『大いなる不在』感想 絆と共に深まる家族関係の溝 

 見応えありますが、重厚さによってテーマが潰されている感もあります。映画『大いなる不在』感想です。

 俳優として活動する卓(森山未來)の元に、父親の陽二(藤竜也)が警察に保護されたと報せが入る。卓は妻の夕希(真木よう子)と共に、父の元へ訪れるが、数年振りに会った陽二は認知症で別人のように変わり果てていた。施設に入った陽二の介護方針に、卓は積極的になれずにいた。卓にとって陽二は、幼い頃に母と卓を捨てて出て行った人間であり、数十年振りに再会してからもわだかまりを感じる存在だった。
 宅と夕希は陽二の自宅を訪ねるが、そこには誰もおらず、陽二が家庭を捨ててまで一緒になった再婚相手の直美(原日出子)は姿を消していた。卓は、自宅に残されたメモや手紙、父を知る人から話を聞くことで、失われた父の人生を辿り始める…という物語。

 『コンプリシティ 優しい共犯』の近浦啓監督による長編第2作となる映画。監督は存じ上げない方でしたが、森山未來さんと藤竜也さんという濃い面子に惹かれて観てまいりました。
 物語はフローリアン・ゼレール監督の傑作『ファーザー』の日本版のようなものになっており、認知症を患った老人を軸に見せるドラマになっています。陽二の認知症による把握することのままならなさを、物語全体像を把握しにくい謎めいた演出にすることで、並列なものとして描いているように思えました。

 『ファーザー』は認知症となった主人公の視点で描くことで、状況や人間関係を謎のものとしてミステリーのように引き付ける手法でしたが、今作はその視点を息子の卓にして同様のミステリー仕立てにした作品のように感じられます。序盤の唐突な機動隊の突入シーンや、不可解に事実関係が二転三転していく見せ方は、非常に引き付けられる巧みな演出になっています。

 ただ、その引き付け方は巧みなものの、真相は結局、老人の認知症によるものの範疇を出ないので、若干肩透かしのような感じはありました。『ファーザー』とは視点が逆になっているので、事実関係が明らかになっても、カタルシスのようなものがあまり生まれないんですよね。

 メインとなるのは、卓と陽二の父子関係、そして陽二と直美の夫婦関係による人間ドラマになるんですけど、この辺りは実力派の役者陣が揃っているので、非常に見応えあるものでした。藤竜也さんによる陽二という老人の、理屈っぽく説教的な物言い、それに対する卓の鬱屈とした感情も、森山未來さんは流石の演技で表現していました。そして、陽二の熱烈な愛情による直美への古い手紙を読んだ時の卓が、感じ入るものはあるけれど、どこか他人事のようになっている姿なんかも見事ですね。卓にとっては元々の家庭を壊した感情に因る手紙だなんですけれども、年月が経ち過ぎているからか、遠くの美しい景色を眺めるようなものになってしまう感じ、この距離感が絶妙な演技になっていると思います。

 この卓と陽二の距離感が埋まっていく物語ではあるんですけれども、父子関係が修復するという単純なものでは無いと思います。距離感が埋まってから、むしろまた離れていく物語でもあるように思えました。
 卓が陽二の人生、進行中の晩年を知ることは、妻である直美との生活を知ることでもあり、それが実は、陽二と直美に生まれた距離感を知ることでもあるように思えます。ずっと離れなかった夫婦に、いかにして距離が生まれていったのか、それを生み出した認知症という老いの恐ろしさを卓が知るという展開になっていると思います。
 ただ、その距離感は何も認知症だけが原因ではなく、萌芽のようなものは前々の夫婦生活から生まれていたようにも思えます。妻に対する生活の頼り方が前時代的なのは、世代のせいでもありますが、それが認知症の進行を早めてしまっているようにも思えました。

 そう思うと、陽二の熱烈な愛による手紙が、非常に暴力性あるものにも感じられてしまいました。愛情だけでは夫婦生活が続けられないとはよく言われる軽口ですが、かなり重たいものとして、この物語は描いているようにも思えます。
 卓が終盤、陽二の介護方針を伝えたのは、一見愛情によるものにも思えますが、個人的にはあまりそういう美談には感じられませんでした。幼い自分の家庭を壊し、晩年の平穏も失った父に対する愛憎入り混じった復讐のようなものに感じられてしまいます。

 ドラマ部分は非常に見応えがあり、テーマも身近なものでありつつ、重たくのしかかるシリアスなものですが、やはりミステリー的な演出がマイナス効果になっているように思えます。直美の息子が本当のことを言わずにミスリード的な役割を果たしているのも、よく目的がわからず、脚本的には穴になっているように思えます。
 加えて、卓の役者仕事による演劇部分も、ちょっと高尚さを出す演出に思えてしまい、くどい感じがしてしまうんですよね。物語のテーマと絡めているのは何となくわかるのですが、あまりスッキリと納得出来るものではありませんでした。

 高齢化した親の問題というのは、あらゆる人にのしかかるものだと思うので、アート的な表現よりも、もっと身近に感じられるものとして描いた方がよいのではないかと思います。『ファーザー』は、表現方法は斬新でありつつも、誰もが直面するものとして描いていたように思えるので、ちょっと比べてしまう部分が大きかったかもしれません。ただ、役者陣の演技は絶賛されてしかるものだったと思います。


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