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夫婦喧嘩はほどほどに。
仕事を終え帰路に就き、家の最寄り駅で地下鉄を降りる。改札を抜け、階段を昇り切った先、ちょうど3番出口のところで、旦那が待っているのが見えた。待っている相手はもちろん私。
どこぞの若い女が現れる展開を期待した方がいたとしたら申し訳ない。この話に登場するのは私と旦那と若いお兄さんの3人である。
いつもなら「おつかれ」と声を掛けるところなのだが、今日の私は怒っている。と言っても、怒り狂っているというわけでもないし、機嫌がすこぶる悪いというわけでもない。言葉にするなら、そうだな、「おこだよ」くらいの気持ちである。
そういえば2013年頃に「激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム」という「ギャルによる怒りの6段活用」の最終段階「神レベルの激怒」を意味する言語(?)が若い世代で流行した。2021年現在、なんと活用は15段階まで増えているらしい。もうそこまで行くと「もはやそれは怒っていない」とツッコミを入れたくなる。
話を戻そう。私の怒りレベルについてだ。「おこだよ」と言える時点で「私は怒っているんだよって事を愛嬌交えて伝えたいよ」くらいの冷静な気持ちなのである。
そもそもなぜおこなのかというと、その前日のこと——
「ねえ……昨日洗濯してくれたんだね」
「あ、うん! aeuが仕事で遅いって言ってたから」
「ありがとう……で、これなに?」
私のお気に入りのピンク色のTシャツに大きな黒いシミが数ヵ所付いているのを指差す。
「あ……ごめん、一緒に洗った俺の服のポケットにボールペンが入ってて……」
「なんで、昨日の時点で自分から謝らないの!? なんで今日私に聞かれるまで黙ってたの!?」
「いや、ごめん、忘れてた……」
( は?——忘れるなよ。) という言葉を呑み込む。
「これ、aikoのライブツアーTシャツだから、今となってはもう非売品なんだからね! お気に入りだったんだからね!」
(※厳密にはL,LLサイズはまだ在庫がありオフィシャルWebサイトで買える)
「ごめん……」
旦那の良いところは、私が例え強く怒ろうとも嫌味な言い方をしようとも、言い訳一つせずに真摯に謝る誠実さである。
言いたいだけ言って少しスッキリした私は、それを全部受け止めてくれた姿勢に免じて赦すことにした。このまま怒り続けても綺麗なTシャツは戻ってこないのだから、これ以上怒る事に意味はない。「今度から気を付けよう」という教訓になれば、それで十分なのである。
と、偉そうな事を言ってはいるが、単にスッキリしただけなのはここだけの話。
もちろんタダでは赦すまいと、コンビニに売っている自分では買わないような、地味〜にお高めのスイーツで手を打った。——
そんなわけで、昨日の事を思い出した私は、少しだけ旦那に意地悪をしてやりたくなった。
階段を昇り切り、わざと気付かぬフリをして旦那の前を通り過ぎる。
「おつかれ、aeu!」
旦那の呼び掛ける声を無視してスタスタと歩き続ける。その後を追い掛ける旦那。逃げる私。もはや競歩状態である。
「いや! 気付いてんじゃん!」
さすがの旦那もわざと無視をしている事に気が付いており、同じく競歩で追い掛けてくる。
すると、その旦那の更に後ろから、もう1人誰かが追い掛けてくる事に気が付いた。夜道が暗く、誰だか見えない。
その若いお兄さんが更にこちらまで距離を縮め、私たちはそのお兄さんが誰だか気が付いたと同時に「しまった」と思った、が時すでに遅しだった。
「おーい! 何してんのー?」
警察官だ。
「あ、いや……」
警察官に追い掛けられるというイレギュラーすぎる事態に、私の心臓はバクバク。旦那も同様だったのか、警察官の問いに口籠る。
互いに顔を見合わせる私たちの様子で察したのか、警察官のお兄さんが尋ねた。
「カップル?」
「はい、そうです、すみません、お騒がせして……」
私はすかさず答えた。たぶんそうしなければ、変なところで天然を炸裂させる旦那が「いいえ、夫婦です」と答えているに違いなかった。
交番が並ぶような駅前通りを、既婚の大の大人が追い掛けっこしていたなんて冷静になればなるほど恥ずかしい話で、「高校生カップルって事にしよう、そうしよう」と心の中で1人頷いた——いや、今時、高校生カップルでも追い掛けっこなんてしないだろうし、当時30歳手前の夫婦、見えたとしてもせいぜい大学生か……っていうか、アラサーにもなって何やってんだよ!
警察官のお兄さんには2人で丁重にお詫びし、私たちは仲良く並んで家に帰った。
「aeuが逃げるからだぞ」
旦那に叱られたけれど、まだ高鳴ったままの心の中で考えていたのは「交番のお巡りさんって、意外と街のこと見てくれてるんだなあ……」という事だった。夜、交番の前を2人の男女が競歩で通り過ぎるのを見て、まさか交番の中から出て来て追い掛けて来られるとは。
本当に変質者に追い掛けられるような事があった時に、お巡りさんがしゃんと追い掛けて来てくれるように、交番の前では大人が無闇に追い掛けっこしちゃいけません。——これには本当に反省している。
あのTシャツは30歳を超えた今でも黒いインクが付いたまま部屋着として着ているけれど、つい先日旦那が、
「なんかそのシミもだんだん馴染んで良い感じに模様みたいになってきたね!」
なんて言いやがったので、これにはさすがにイラっときて、交番近くのコンビニまでちょっとお高いスイーツを買いに行かせた。——時効はまだ先なんだから。
皆さまも、夫婦喧嘩はほどほどに。
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