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オンライン哲学カフェを始めてみた

今日はオンラインで哲学カフェをやってみました😊

皆さんは哲学カフェはご存知でしょうか??

哲学カフェは、1992年に哲学者マルク・ソーテがパリのカフェで一般の人々向けに始めました。

その後、日本にも広がり、現在は全国各地で哲学カフェが行われています。

哲学カフェの開催情報は「カフェフィロ」のサイトに載っています(私は会員ではありませんが、参加する時はこのサイトを見ています)。

私は大学で哲学カフェの企画運営に関わっており、ファシリテーターをしたり、お母さん向けの哲学カフェをしてきました。

今月も本当は哲学カフェをする予定だったのですが、コロナの影響でなくなってしまいました。

そこで、オンライン哲学カフェをやってみようと思いました。

オンライン哲学カフェは、その場に行かなくても参加することができるので、子育て中のお母さんや障害のある方、高齢の方々が参加しやすくなります。それに遠方の人も参加することができます。これまでは地域の人同士が集まっていたのが、地域を超えて繋がることができるというのが魅力だと思いました。

実際にZoomを使ってやって見たところ、何と7人の方が集まってくれて、『結婚に愛は必要か』というテーマで対話をすることができました😊奈良や福岡、愛知など様々なところから参加をしてくれました🥺

結婚と愛はセットで考えるべきものでは無いというところから始まり、

愛には、性愛と愛情がある。好きと愛は異なる。 愛は非日常であり、私たちは日常生活の中で様々なものに縛られている。愛はそのような枠組みから私たちを自由にするものであり、とても大切なものである。愛は、相手に期待をしてしまう。いや、愛は相互的なものである。愛とは不確かなもの、常に再生産されるもの。いや、不変的なものである。等々…様々な意見が出ました。

結婚は、制度的なものであり、世の中の愛に満ち溢れた結婚のイメージは作られたものである。戸籍は本当は管理をするためのものである。不確かなものである愛を制度的なものにすることで、私たちを縛り付けている。等々…

結婚に対しては、今回参加していた方が全て男性であり、ある程度歳を重ねている方であったこともあり、あまりロマンティックラブのイメージを持っている人はいなかったように思います。

結婚に対しては、若い女性がロマンティックラブのイメージを強く持っているように思います。それは若い女性をターゲットに理想的な結婚のイメージが植え付けられているからだと思います。

最近私は結婚式を見ると、とても羨ましいなぁと思う一方で気味悪さというか、何か違和感を持ちます。それはかなり現実とは異なる結婚、とても美化された結婚に対する違和感なのかもしれません。

結婚式には、男尊女卑、家父長制が根強く残っており、その問題点についてはこれまで主張されてきました。

それとは別にロマンティックラブを前面に押し出した結婚に対して、疑問に感じました。私たちは結婚に夢を持ちすぎてはいないでしょうか。、

健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しいときも、愛し、敬い、いつくしむことを誓いますか?

そんなの誓えるわけないやろ!

と私は思います笑

一緒に歳を重ねて、気づいたらああ、もう何年も一緒にいるね。

となるもので、誓うものではないと思います。

私たちは結婚に夢を持ちすぎているからこそ、離婚に際して、とても落ち込み、傷つくのではないでしょうか。

まぁいつ離婚してもおかしくないよね。でも、今はずっと一緒にいたいと思っているから一緒にいようよ。

くらいの勢いで良いのではないでしょうか笑

なーんてことを哲学カフェで様々なお話を聞きながら考えていました🤣笑

Zoomでの哲学カフェは思っていたよりも有効でした。脳性麻痺の方が来られていたのですが、なかなか言葉が聞き取れず、困っていたらチャット機能でお話していただくこともできました。オンラインだと様々な方法でコミュニケーションが取れます。

私も哲学カフェに参加した際に授乳中で途中で抜けてしまうと、次に戻ってきた時に話がよくわからないということもあったのですが、Zoomだと画面をオフにして、ミュートにしておけば、皆さんのお話を聞き続けることができます!

顔を見られたくない人もこの方法でいけますね!

これまでの哲学カフェは参加の時点で多様な人を排除してきたように思います。

オンラインでは、これまで参加できなかった人が参加できるようになり、また新たな展開が可能になると思います😊そんな手応えを感じました😊

また、しばらく続けてみようと思います😊

次回は4月22日19時半からの予定です😊

参加したい方、興味のある方は是非コメントをよろしくお願いします😊



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