「筆を折った作家が私と出逢ったことによって再び筆をとってくれるやつ」って夢が叶った話
アイドリングトーク(序章・読まなくても分かる)
日々の痛みに腰をさすりながらデスクに向かっているのだが、ここ数日体力の低下と共に背骨がパキパキと小さい音を立て始めている。その音があまりに小さいので、主張はほぼせず空気読めよ的な顔してくる彼女ばりに理不尽だなと感じたりもしてて、「何か言いたい事があるなら言って来いよな、30年連れ添ってる俺たちの仲じゃねぇか」とか虚空に向かって話しかける恐ろしいモンスターと化している、ゆきなのであった。(可哀想な目で見るのだけはやめて欲しい。それなりに楽しくやってるのでご安心を)
さて、こんな私の人生そうそう大したものではないのだが、それでもやっぱり人生一度切り。やってみたいこととか、叶えてみたいことが山ほど存在する。でもものぐさ太郎な性質である私は、10代から「行ってみたい」と言っているスペインにも行けてなければそもそも海外旅行にすら行ったことがない。憧れだけが膨らんで妙に海外文化に詳しい顔をしながらパスポートだけは更新し続けているが、せいぜい高級な身分証明書代わりにしているくらいで、一回も本来の用途で使ったことはない。だのに「スペイン語で家はカサ、アホはにんにくのことで、バカは牛って意味だね。”メジャモ・ユキ・ムチョグスト”で、”私の名前はゆきです”って自己紹介になるんだよ」なんて偉そうに講釈を垂れることだけはいっちょ前で、ここまでくると私も、ものぐさ太郎を通り越し次郎三郎揃った『ものぐさ三兄弟全部脳内に飼っている』みたいな人間だと自己嫌悪を通り越して尊敬の念すら覚えることも、しばしばだ。(ものぐさ三兄弟って誰だよ)
叶えたいことって言っても大小さまざまで、ちっちゃいやつで言うと例えば「でっかい荷物背負ったばあちゃんの荷物持ってあげて『東京の若い人は優しいねぇ、ありがとねぇ』って言われたら『いや私横浜の人です』と一度言った後『待てよ、出身は八丈島だから東京の人でもあるな』と二段オチつけてみたい」とか、「遅刻の言い訳に妊婦さんを助けていたからだって言ったらウソだろと友達に馬鹿にされるんだけど実はそれが本当だったやつ」とか、「札幌でサッポロビールを札幌出身在住の人と飲んでみたい」とか(これは今すぐにでもできそうなのにやってないものぐさ太郎)、「貰ってくださいって書いてある段ボール箱にいる子猫を助けて家族になるやつ」とか。まぁこういうくだらないと笑われるようなことも含めて叶えたいことは沢山ある。リストアップしていったら1000は超えるんじゃないかな? と割と本気(と書いてマジと読む)で思っている。
ちなみに未だに私の人生で語り草にしているのだが、電車内で若い女性が突然倒れるのを抱き留めて「非常ボタンを押して車掌さんに停車要請してください!!この中で看護師かお医者さんはいらっしゃいませんか?!」と叫ぶやつ、あれはやったことある。人の生き死にがかかってると緊張してたこともあってその瞬間は夢が一つ叶ったことに気付かなかった。後日友人に「若い女性が倒れそうになったのを抱き留めるだけに留まらず、安全のためかっこよく停車を指示し、さらに治療を試みようとまでするなんて……漫画の登場人物でやってたら確実に惚れてまう行為全部セットじゃん」って言われてはじめて「そういえば人を助けるために看護師か医者を呼ぶ刑事ドラマ的シチュエーションは死ぬまでに経験してみたいリストに入っていたから、一つ夢が叶ったんだな」と時間差で自覚したものだった。
そんな私がまた一つ、夢を叶えた話をしたいと思う。
(毎回居酒屋でいう突き出しみたいな気の利いたアイドリングトークを上手いこと挟もうとするのだが、結果的に前置きがめっちゃ長いだけで別に効果的でもなんでもない文章をダラダラ掲載している気もするが……)
私が編集者になったあたりに新たに死ぬまでに経験してみたいリストに加わったのが「筆を折った作家が私と出逢ったことによって再び筆をとってくれるやつ」というものだ。こういうのは、私の人生においては割と大きめな夢にあたるので、夢が叶う前に言うとめっちゃ恥ずかしいから絶対誰にも言わないぞと決めていた。そんな中、硫化鉄さんから「筆を折ったのだが、自身の作品のどこがダメだったのか分析するのを手伝ってもらい、それを供養としたい」(意訳)と連絡があった。驚いた。「筆を折りそう」「今にも(創作者としての)生命の灯が消えそう」みたいな人はよく駆け込み寺としてくれているが(ありがとう!)、「筆を折りました」と報告されたのは編集人生で初めてだった。
私と彼が出逢い、何度も真剣に話し合っているうちに、kindle出版する流れになり、去る5月25日に無事初書籍『とはずがたり』を出版なさいました。(その流れはご本人のnoteで詳しく書かれていらっしゃいます)
さらに、昨日のツイキャス配信のラストで発表してくれたのだが、正式に「折った筆にガムテを巻いて再出発する」ことが決定! 見事「筆を折った作家が私と出逢ったことによって再び筆をとってくれるやつ」というのが叶ったのであった。本当に嬉しい。例えるなら、「全部探しきれないよ~なんだよ~と何周もしてたところ絶対なさそうな所で突然ご褒美みたいに最後の一つの実績が解除されたゲーム」並みに嬉しい。(いやゲームやらんから知らんけど)
筆を折ってから私の所にたどり着き結果的にkindle出版するまでの流れを含め、作家の硫化鉄さんに自身の口から語っていただきました。その様子は、ツイキャスにアーカイブとして下記3本残してあります。まったりした1時間半。音声のみなので作業のお耳のお供にでも、ぜひに。
<ゲスト:作家・硫化鉄 アーカイブ>
①アイドリング雑談&作家の硫化鉄さんって誰そ?
②「初書籍出してみてどうよ?編集受けてみた感想は?」など作家への質問コーナー
③今後の、作家・硫化鉄の展開と野望発表
この③を聴いていただければ分かるのですが、「折った筆にガムテ巻いて再度創作活動に向き合うことに決めた」そうで! いやぁ、めでたい。本当に本当に本当に嬉しい。(「本当に」を何度も使うと嘘くさく見える法則ってアレなんて名前だろうね)彼がバキバキに折った筆を、不格好ながらガムテでくっつけて再度手に持つ、そのきっかけになった『とはずがたり』、100円だしアンリミで読むと0円! 買ってね!(ダイマ)
「作家に寄り添える同人誌編集者でありたい話」でまとめます。
あんまり「それっぽくてカッコイイ話」をすると気恥ずかしいものだけど、今回はめちゃくちゃ嬉しい出来事だったので思わず記事にしてしまった。昨日のツイキャス配信中に、硫化鉄さんが折った筆をガムテで補修して再度握る話を自身の口から語ってくれたとき、創作活動ってそうだよなぁ、簡単にやめられるし、簡単に戻ってこれるのが良さだよなぁとしみじみ思ったりもした。
だって、創作活動って、一度辞めたら二度と戻ってこれない世界じゃない。もし誰かが独り「創作疲れちゃったな」と思って筆を置いたり折ったりしたとしても、変わらず日々名作が生まれ続ける今世では、文字通り死ぬまでに読み切れない程膨大な作品が生まれ続けるのである。それに触れるのをお休みしても、いつでも周囲に創作物はあふれているし、いつでも物語は我々をあたたかく迎え入れてくれる。
「物語の魅力の一つに没入感がある――」とは私の言葉である(名言風に言うな)。子供のころ夢中になって読んだあの冒険譚。恐ろしい魔物に少年たちが襲われ大ピンチ! 息をのんで次のページをめくる。冷や汗が背を伝い、喉が渇いてくる。次々めくる……。いよいよモンスターと真正面から勝負だ! という、物語の良い所に限って、母さんが「ゆき、ご飯よ! いつまで遊んでるの! 冷めないうちに早く食べちゃいなさい!(怒声)」と怒鳴ってくるもので、仕方なくパタンと本を閉じて食卓に向かう。母のご飯はあたたかくて美味しくて、どこかホッとする。しばし、少年たちの生命の危機に触れた緊張感から解放される。食事を済ませたら、すぐに本を手に取り、本を開く。途端に、生死分けめの合戦の現場に私は戻ることができる――。
危険と隣り合わせの現場に入り込み夢中になりながらも、どこかで「安全な場所(=現実世界)と行ったり来たりできる」ことで安心している自分に気付くとき、私はこの物語の没入感のなんと心地よいことかとため息をつくのである。
物語の面白さ、魅力の一つがこの没入感であると私は信じているし、読む側がそれだけ気軽に物語と現実を行ったり来たりするのだから、作家側だってもっと気軽に創作活動の世界と現実世界を行ったり来たりしても良いんじゃないかと私は想っている。創作を、したいときにする。誰かに強制されるわけでもなく、自分自身の意志で創作活動業界(?)とそうじゃない世界を渡り歩けることの自由さが、創作活動をする上での面白さでもあるのではないか、と。(例えば、スランプに陥ったら少しそこを離れ、風呂に浸かったり散歩したりすると良いアイデアが浮かぶように。創作活動好きにとって創作物は、いつもただ傍に「在る」)
クリエイティブに明確な正解が無いことによって、日々「迷う」創作者は多いし、そんな人たちが自身の作品に向き合うことにちょっと疲れたな、というとき、寄り添える編集者でもしあれたなら――。こんなに嬉しいことはない。「書けない」と言う作家と、書けるようになるまで共に時間を過ごす。書くことに戻ることを強制するでもなく、つかず離れず、作家の作品の第一の読者であり第一のファンであり続ける。そうして見守るだけの温かさが、作家の心を打つこともあるだろう。と、信じたい。今回の硫化鉄さんの件のように……。
お心当たりがあれば、ぜひあだん堂にご用命を!
せっかくここまで語ってきたことに水を差すようで申し訳ないんだが、実は私の編集の技術なんてものは大したことない。プロの作家さんの同人誌を担当して欲しいと言われた際、「私で大丈夫ですか? もっと凄い編集さんじゃなくて」と確認したとき、
「ゆきさんを選ぶ理由は編集技術じゃないから安心してw」
と言われて、それなら! と仕事を受けたことがあるので、自分の実力について正しく認識できていて偉いなと自分で自分を褒めた(笑)。
これは謙遜ではなく事実であって、当たり前のことである。元々商業出版社に居た頃から、文芸の担当をしたことなんてなかったし、文芸に関わったのなんてせいぜい賞選考の下読みの手伝いくらいだったし。(漫画の担当は1回だけしたけど、その1回で何を得られたというのだろう? 今考えれば何も得てないと思う)
文芸の編集力で言えば、いくらでもネット上に凄腕の人たちが沢山いる。それでも私を選んでくれる作家さんたちがいる。私にはこの事実だけで十分だ。そうやって、私、「あだん堂のゆき」に仕事を回したいと想ってくれている人たちが生まれ続けてくれているおかげで、私は仕事ができている。
というわけで、こういう暑苦しい(笑)編集者を雇いたいという奇特な方はぜひあだん堂までご用命を! 楽しく編集会議をすることをお約束しますよ!!(結局はダイマ)
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「同人誌作成がしたいけど何からしたら良いか分からない」なんて方も、まずはお気軽にお問い合わせください。
*ゆきの仕事スタンスが分かるYouTube動画*
『おすすめ作家紹介 ゲスト ゆきさん vol.58』(エブリスタおすすめ作家紹介YouTubeチャンネル)
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