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掌編小説集

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雨宿り的な
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記事一覧

【掌編小説】 昼下がりのチャーリー

【掌編小説】 昼下がりのチャーリー

少年とブル・テリアのチャーリーはリビングにいる。対峙している。

少年が右手を拳銃の形にして、チャーリーに向ける。
チャーリーはおすわりして、銃口(指先)を見つめている。

少年がチャーリーを撃つ。

チャーリーが倒れる。
死んだふりをする。

少年が人差し指に息を吹きかける。
チャーリーは仰向けになって、白いおなかを見せている。

少年がポケットからドッグスナックを出す。チャーリーに差し出す。

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【掌編小説】 エッセイ

 グーとパーの問題からチョキを導き出せません。バイノーラルビート的な課題に折り合いをつける機能も不順なのです。それだけでなく、哨戒しているはずの両耳から入ってきた周波数の違うその問題を、明日考えることにする癖がついてしまいました。
 しかし、それでもアイツだけは居座ります。
 アイツは残像のようなものです。生き続けて動けば動くほどアイツは——残像は産まれます。アイツは僕の後を必ず追って来て、そうし

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【掌編小説】 猫車の一日

【掌編小説】 猫車の一日

午前八時、猫車《ねこぐるま》はお母さんと一緒にいる。
お母さんは猫車に粗大ゴミをのせて、ゴミ置き場まで引いていく。

午前十一時、猫車は畑にいる。
おじいさんとおばあさんが育てたニンジンを、猫車はのせてあげる。

午後二時、猫車は軒下の犬走りにいる。
昼寝するウサギを猫車はのせてあげる。カメが犬走りを歩いている。

午後五時、猫車はテッポウユリが一面に咲き誇る岬にいる。
わんぱく坊主とおてんば娘を

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【掌編小説】 斜面

ランドセルを背負ったテキストが坂をのぼっている。

坂は石畳になっている。
まばらな大きさの石鹸を敷き詰めてある。
坂の両脇には民家がある。
石垣の上で、ピクトグラムたちが香箱座りをして眠っている。

坂の中腹まで来たテキストが、後ろを向く。
テキストの瞳に、寄棟造《よせむねづくり》の赤い集落と、シイの木が群生する山が映る。

テキストの家は坂の頂上にある。
ママがテキストの帰りを待っている。

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【掌編小説】 シュガートレイン

【掌編小説】 シュガートレイン

シュガートレインが渚を走る。
ジョイント音を立てて、黒煙を上げて、刈り込んだばかりのサトウキビをのせて走る。

シュガートレインは村々にあるサトウキビの集積場をまわっている。サトウキビを積んだ貨車を拾って、製糖工場まで引いていく。

三人の少年たちが、龍のように長くなって走るシュガートレインを追いかけている。
機関士のおじぃが、汽笛を鳴らして彼らを威嚇する。

少年たちがシュガートレインの貨車に飛

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【掌編小説】 傘かしげ

【掌編小説】 傘かしげ

「手入れしなくても咲くんだ……」

 窓から庭のクチナシを眺めながら、私は思わずそう独り言を呟いた。

 雨が降っている。いつの間にか沢山の花をつけた庭のクチナシに雨が当たって、花びらがまるで、タンバリンのシンバルのように揺れている。窓を開けたら、やかましい音が聴こえてきそうだなと思った。

「翠雨《すいう》だ。翠雨」と私はまた独り言を呟いた。

 夏の初め、青葉に降る雨のことを翠雨という。庭の光

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【掌編小説】 掃除しない清掃員

【掌編小説】 掃除しない清掃員

 その細い遊歩道には、せせらぎと、清掃員の口笛が流れている。

 歩道と小川は曲がりくねっていて、それらが交差する場所には、飛び石、または可愛らしい太鼓橋が架かっている。小川にはメダカやドジョウが泳いでいて、そしてその小川の下流には、大きなサガリバナの木が一本立っている。サガリバナの木のその佇まいは、休息を取っているようにも、あるいは恋人が来なくて待ちぼうけているようにも見える。

 サガリバナの

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散歩

 その日は青い空が広がっていた。イッペーの花(和名はコガネノウゼン)は満開で、道端には、ハルノノゲシ、ハナイバナ、ヒルザキツキミソウの花も咲きはじめていた。モンシロチョウやツマベニチョウが、それらの花にとまっていた。

 彼はいつも北明治橋《きためいじばし》を渡って奥武山《おうのやま》公園を散歩する。彼はその日も、奥武山公園へ架かっているその橋を渡った。

 橋を渡っているとき、彼は国場川《こくば

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新しいフォルダー

O先生のパソコンのモニタに目をやると、デスクトップに「新しいフォルダー」という名称未設定と思しきアイコンがあった。デフォルトアイコンだ。

彼は躊躇しなかった。彼はO先生のパソコンのマウスを操作して、その新しいフォルダーを開いた。すると、新しいフォルダー(1)という名称のフォルダーだけがそこに入っていた。

当然彼は、その新しいフォルダー(1)を開いた。すると今度は、新しいフォルダー(2)という名

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