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世が思う幸せオーラはないけれど、私もなるか「夫婦」ってやつ

今付き合っている人には、付き合う前から含めて100回くらい言われた「結婚しよう」のセリフに、100回くらい「やだ」と言ってきた。

「一緒に住もう」のセリフにも、やっぱり80回くらい「引っ越したくないからやだ」と言ってきた。


改姓手続きが嫌だし、だからって相手に手続きをさせたいわけでもない。結婚式は絶対に挙げたくないし、子どももほしくない。

何ひとつ、私の考えは変わっていないし、何も「やらなくていいよ」と言われたものはない。

この期に及んでも相変わらず、ときめきとか独占欲とかいった恋愛感情にはピンと来ていないままで。

でも結局これまでに、「一緒にいるのは苦じゃないし、この場所だったら生活も変わらないからいけるかも」と引っ越した。

そしてとうとう、結婚する、かもしれない。



恋愛感情も結婚願望もなかった私が結婚を決断できた理由、ひとつ目


きっかけは、ふたつあった。
ひとつ目は、シンプルにプロポーズというものを受けたこと。それから、その時に聞いた相手の家族の意見。

プロポーズは、とにかく私の地雷を取り除いてくれたシチュエーションだった。
私が友人の話を聞いたりフィクションを見たりして「私だったらこういうのはキツいな、共感性羞恥で逃げたくなっちゃう」なんて好き勝手にこぼしていた感想を、相手はしっかりきっちり拾ってくれていた。


だから、これまでだって「結婚しよう」の言葉はたくさんもらってきたけど。
シチュエーション的に、今回こそは聞き流しちゃいけない申し出だってことは分かったのでちゃんと考えた。

そもそも前から「私の気持ちはどうあれ、あなたが結婚したいと思う気持ちや憧れまでは否定しないよ」ってことは伝えていた。
その上で何年も泳がせてもらっていたので、さすがにこれが年貢の納め時ってやつなんだろうとも思った。


年貢の納め時だと思って冷静に考えたら、何だかもう「これもそういう書類仕事だ」と割り切ればいけるような気がした。

とはいえ、改姓手続きはやらなくてもいいならやりたい作業ではなかったので、頭を抱えながら「前向きに…検討…します…」と答えた。
そしたら「プロポーズでそんな返答ありなの?!」と言われたけど。記号問題じゃなくて自由記述回答だから、いいよね別に。


「私が前向きになっただけでも大きな一歩だと思って?!」「知ってるけども!!」というやり取りをした。
そしてこう聞かされた。

「別にうちの親は、一緒に住む相手がいるってだけでものすごく『良かったね…!』と言ってるくらいだから、『結婚しろ』とまでは期待してないんだけど」

「何だったら、一緒に住み始めてしばらくして実家に帰った時に親に聞かれたんだよ」

「『彼女さんとは仲良くやってるの?』
『それで、あなた達は結婚しないというか、事実婚的な形を選んだってことでいいんだよね?』
『結婚に乗り気じゃない彼女さんが一緒に住んでくれたっていうのは、そういう譲歩をしてくれたんだよね?』
って」

「だから、家族には現状でもまったく不満がないどころか『良かったね』って言われてるんだけど、自分的にはけじめをつけたかったんだよね」

そのご家族の意見を聞いて、はっきり「あ、この人(とそのご家族)とだったら何とかなりそう」というビジョンが拓けた。


だって「事実婚」って、ようやく知られてきた概念だけど、やっぱりまだどこかドラマの中の話で、現実的にはなかなか選ばれにくい。

会社の規定にも「この手当は法律婚の場合のみ適用し、事実婚は除く」なんて書かれているし、
リアルでもSNSでも「ドラマみたいに何か事情があってするんでしょ?」「別に問題がないなら『普通』に結婚した方が『ちゃんと』してるよね」なんて意見は親世代どころか同世代からも多く聞く。

なのに親世代の方が、受け入れてくれるどころか「それを選んだんじゃないの?」と、事実婚を選択肢として当たり前に検討に上げてくれていた。

そのことが嬉しくて、ありがたくて、私の気持ちや考えをちゃんと受け止めてくれていたんだなって、もうそれだけでお腹いっぱいになってしまった。


私はたぶん、ずっとこんな言い訳がほしかったんだと思った。
本当は乗り気じゃなかったんだよ。でもどうしてもって言われ続けたから折れたの。って。

できれば私も、本当は「普通」「多数派」になれるものならなりたかった。
「みんなとは違う人生でも胸を張って歩いていく、みんなと違うイコール間違いじゃない」って思ってきたけど、「みんなと違う道を選べるなら楽なのに」という思いもどこかでずっとあった。
折れて多数派の結論に流されてしまえる理由がほしくて、その言い訳を、断り続けたプロポーズと決断を泳がせてもらった時間にもらった。


それから、私はきっと、ずっと自分の意見を受け止めてほしかったんだと思った。
結果的には一緒に事実婚を実現してくれなくてもいい。ただ、そういう選択肢もあるよねって受け止めてほしかった。


理解するってことには2段階あると思っていて、まず1段階目は「あなたはそういう意見なんだね」と、意見を否定せずに聞いてくれる段階。
2段階目は、意見を聞いて相手の行動にも反映してくれる段階。

私はたぶん、その1段階目だけで満足できる人だった。否定しないだけでいいから、自分の思う大人に意見を受け止めてほしかった。

それが自分の身近な大人で、自分の親だったらってずっと思って戦ってきた。
でも、まさかの義理の親になろうとしている方に自分の世間一般とは違う考えを受け止めてもらえた。
それがびっくりして嬉しくて、私の中の「聞いて聞いて」と叫んでいた声も、もうぴたりと止まった気がした。


恋愛感情も結婚願望もなかった私が結婚を決断できた理由、ふたつ目


そしてふたつ目の理由は、私とまったく同じようなことを言っていた職場の元先輩が、実際に結婚されたこと。

先輩と仲良しだった上司からの又聞きだったけど、先輩の言葉はそれはそれは私に刺さった。


飲み会の席で上司が話したのは、こうだ。
「そういえば、◯◯さんいたでしょ?気が強くて愉快なお姉さん!あのお姉さんね、ずっと『結婚なんてしない、絶対しない』って言ってたのに結婚したらしいんだよ、『なんで?どうしたの?』って思うから聞いたの」

「だって彼女が言ってた結婚したくない1番の理由は『改姓手続きをしたくないしさせたくもない』で、『夫婦別姓が可能になったら結婚するわ』だったの。だけど、別に可能になってないじゃん?」


「そしたら『もうこの国は変わらないなって諦めた。変わるのを待ってる人生の時間がもったいない。かと言って事実婚を選んで、周りの無理解と戦うのも私たちの気力がもったいないし、法律婚と同等に扱われないことで不利益を被るのも腹立たしい。

夫婦別姓が認められてる国に行くとかも、私たちがそこまでしなきゃいけない理由が分からない。本当に納得はいってないし同姓にしたいわけでもないけど、変わらない国が悪くて相手は悪くないから、相手のために諦めて書類上だけは名前を変えることに決めた』だって!やっぱ◯◯さんっぽいよねー!」

そう先輩の武勇伝を楽しそうに話す上司(の向こうに感じる先輩)に、
私はその日一番大きな声で「一言一句徹頭徹尾同意です!!まったく同じことを私も主張してましたお姉様!!」と叫んだ。内心で。


そうです。そうなんですよ。
決して、気が変わったというか改姓に納得できたとかではなくて。なんかもう、ただただ疲れた。
結婚する=同じ姓を名乗るためにどちらかが名前を変えなきゃいけないという法律が変わらないことに。民法750条のばかやろう。


周りにそう言われるみたいに、「皆そうしてるんだから私もそうするべきだよな」と受け入れられた、というわけではない。全然ない。

ただ、「結婚もして、でもどちらも今と同じ名前のまま生きて行こうとする」には、そのために支払わなきゃいけない時間だの気力だのといったコストが異様にかかりすぎる。それが「皆受け入れてきたことなのに」「わがまま」の一言で済ませられる国だから。

そう同じように考えていた人も、結婚というやつを実行できたのなら、私も何とかなるかもと背中を押された。



もちろん同じように選択制夫婦別姓を望んで、「どうしても自分たちは今の名前で生きていきたい」と、事実婚を選んだりペーパー結婚&離婚を続けることを選んだりして実質夫婦別姓を実現している人たちも知っている。めちゃくちゃすごいと思う。尊敬している。

でも、私はそこまで戦う気になれなかった。
だって、戦わなくたって当たり前に選べてほしい選択肢が、HPもMPも消費して戦っても絶対に得られないことが分かりきってるなんて、何なんだそのクソゲーは(実際に戦った方には本当に失礼な言い草で申し訳ない)。
プレイ動画を見て尊敬や感動はしても、自分もプレイしようとまでは思えなかったんだよ。だからそういう選択肢もあるんだって、選んでいる人もいるんだって事実だけで満足できた。

そんな私だから、心から嬉しく幸せに思えなくても、結婚と改姓手続きというものを、事務的に割り切ってやってもいいんだって誰かに示してほしかったみたいだ。



だけど、本当は選びたかったもしもと願いだけは書き残しておく


本当は、もしも間に合ったなら私がずっと見たかったのは、「女の子はいつか名前が変わる」ことが前提にならない世界だ。

好きな人ができたらその人と自分の姓を並べてみるとか、結婚したら「名字は何になるの?」と聞かれることがない世界。
もちろん、それに憧れる人もたくさんいるのは知ってる。その憧れは否定しないし、それが夢だと言われたらかわいい夢だなって思うし、というか実際自分の名前と好きな人の姓を並べたりしてる子はめちゃくちゃかわいいし、ぜひその憧れを持ち続けてほしい。

でも別に、好きな人と同じ名前になることを望まない女の子がかわいくないわけじゃないじゃん。
「家族がくれたかわいい名前を大事にしたままで、大好きな人と生きていきたい」って夢だってかわいいじゃん。



私はただ、9割の男の子たちが、自分の名前が変わるなんて考えることもなく生きてこられて、たぶんこれからも生きていけるのと同じように。

女の子たちにも、そもそも誰にも。
生まれてからずっと相棒だった名前と、ただずっと一緒に生きていける権利がほしかった。何かと争わなくても手放さなくていい世界であってほしかった。

これまでの人生を共にしてきた相棒をなかったことにする作業なんて、わざわざすることなくこれからも一緒に暮らしていきたかった。

「なのに結婚したら、生まれてからずっと一緒の相棒を取り上げられるか取り上げなきゃいけないなんて、罰ゲームみたいだ」って思っていた。


でもたぶんもう、この国は変わらない。少なくとも私たちの世代がいわゆる「結婚適齢期」である間は。

だからもう、強いて言えば今ある選択肢の中ではコストがかからない「改姓手続き」を、業務だと割り切って淡々とこなす。同じ壁にぶつかって、何とか乗り越えた先輩の背中を追いかけて。

そして「戸籍上、書類上だけは名前が変わりましたが何か?書類上だけですよ?」というスタンスで生きようと思う。



「何だかんだと四半世紀以上悩んだ女の子は無事に結婚という道を選べました、めでたしめでたし」と言えるのは私の話だけだ。

いつか同じことに悩む後輩たちは、今もこれからも絶対いる。
彼女たち(もしかしたら彼ら)には、同じ思いをしてほしくないなって気持ちはめちゃくちゃある。

自分は諦めたけど、このままでいいとは思ってない。自分は関係なくなったから終わりだなんて思ってない。


私は「自分の姓のままいたかった」「自分の姓が好きだった」というよりも「そもそも名前を変える手続きというものをやりたくなかった」比重が大きかったんだと改めて思う。
なので、いつか夫婦別姓を選べるようになってもきっと、私自身はもう旧姓に戻しはしないけれど。

後輩たちに渡すことになってしまうバトンを、無責任に渡して終わりじゃなくて、応援や手伝いはしていきたいと思っている。


絶対の絶対に、「私もやったから大丈夫だよ」とか「そういうものだって割り切るしかないよ」とかは言わない。私が諦めちゃっただけで、諦めたくない子たちの足まで引っ張ったりなんか絶対しない。

私はリタイアしちゃうけどさ、リタイアしたからって終わりじゃない。前線に立ってなくたって補給部隊とかで役に立てたりするじゃん(何の話だろう)。そういうものに、私はなりたい。んだと思う。



いい話としてまとめたいのか、問題提起をしたいのか、自分でも分からないんだけど。
私という一個人は、結婚というものをする。たぶんそれは、めでたい話で間違いない。

でもだからって、自分にはもう結婚の自由は関係ないなんて言わない。
今この法律で結婚を選べないすべての人も、望む相手とパートナーだと宣言することを認められるようになれって、願うことは絶対にやめない。
(改姓したくない人だけじゃなく、同性パートナーと結婚したい人たちも含めてだよ。だってパートナーと結婚したいという願いと感情は、そんな感情がなくとも法律上は結婚できてしまえる私より、ずっとよっぽど「普通」じゃないの?と思うんだよ)


とりあえず、私はゼクシィの表紙みたいなハッピーなピンクオーラなんか微塵も出せないけれど。
それでもこれから、世の人々もすなる「夫婦(法律婚)」といふものを、自分もやってみむとてするのだ。

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