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アーバンフォレストってなんだろう 01:国際カンファレンス参加レポート

Takeshi Okahashi

2022年6月末にベルギーで行われたアーバンフォレストの国際カンファレンス「Urban Forest, Forest Urbanism, Global Warming」に参加した。ルーベンカソリック大学建築学部のInternational Center of Urbanismというリサーチグループが中心となって企画した初開催となる国際会議だ。その3日間のカンファレンスの様子を3回に分けてお伝えする。

サイエンス・政策・デザインというバランス

今回参加したカンファレンスのコンセプトには、「アーバンフォレストは都市にどう役立っているのか」「気候変動に対応できる緑豊かな都市をどうつくっていくのか」といった問いが掲げられている。既存の森林植生学や都市論ではない新しい枠組みを模索するために、研究者も実践家も一緒になって実践をもとにしたフレームワークづくりや、今後とるべきアプローチを議論しようという趣旨が読み取れる。

とくに興味深いのが、3日間にわたるカンファレンスのテーマだ。初日が「サイエンス」、2日目が「政策」、そして最終日となる3日目が「デザイン」という設定。自然や都市のことを考えるときに、このようなバランスでフラットに議論するような場が日本にあるだろうか。デザイン系の人はデザイン系で、自然科学系の人たちは自然科学系で、ある程度の壁があるのではないか。しかし、アーバンフォレストを本気でインストールしようとするならば、生物学的なアプローチだけでなく、地域の規制緩和から生活環境のデザインまで、壁を超えてコラボレーションする必要があることは間違いない。これは現地に赴いて調査&交流してくる価値がありそうな集まりだ、ということでオランダ在住メンバーである岡橋と堀澤が参加することになった。各日程のテーマ概要は、以下の通り。

DAY1: Science

地球環境関連科学、特に生態学、林学、土壌学、地質学、環境心理学からの洞察に焦点を当てる。また、政策やプログラム、プロジェクトを支える実証的アプローチについても取り上げる。特に気候変動の緩和や地球温暖化への適応に関して、アーバンフォレストの学際的な分野における最先端の研究が世界各地から紹介される。

DAY2: Policy

国や地域、都市、近隣地域など、さまざまなスケールで展開される多様な政策についての発表。一方では、地理的、社会生態学的な特異性に焦点を当てる。また、気候変動がもたらす危機への対応として、具体的な事例から得られた重要な政策オプションについても議論する。

DAY3: Design

第一線で活躍するデザイナーの建築プロジェクトや、アカデミックな研究者によるデザイン研究など、いくつかの代表的なケーススタディの発表。それぞれの文脈に基づく多様なプロジェクトは、確固たるアーバンフォレストやフォレストアーバニズムの新しいモデルの構築には、繊細な造園や都市設計が必要であり、都市のヒートアイランド、炭素隔離、都市汚染、雨水管理、公共空間の拡大といった問題に対応するものであることが示される。

アーバンフォレストは、まだヨーロッパでも注目され始めたばかりのテーマで、今回初めての実施となるカンファレンス。参加し終わっての結論から言えば、何よりもお互いに学びあいながらアーバンフォレストの未来をつくっていこうという手づくり感あふれる前向きな雰囲気が心地良かった。3日間を通して多くの出会いや学びがあった。

では、早速、初日をレポートしていこう。1日目のスタートは、一線で活躍する専門家たちのパネルセッションから始まった。

01 : アーバンフォレスト実現のための「3-30-300」ルール

まずは、今回のカンファレンスの共同チェアでもあるブリティッシュコロンビア大学のNature Based Solutions研究所のディレクターのCecil Konijnendijkによる話題提供。「Biocultural Diversity」などの考え方を紹介したあと、「London National Park City(ロンドン市内の公園をナショナルパークに見立てて盛り上げていこうというプロジェクト)」や「Sustainable Forestry Initiative(世界中の森のサステナビリティを高める活動に取り組んでいるNGO)」などの事例を紹介しながら、都市に緑を増やしていくための仕組みやガバナンスの重要性について語っていた。特に「3-30-300ルール」は、都市緑化のシンプルな目標設定としてわかりやすい。

・3 trees from every home(すべての家で、3つの樹木を植えよう)
・30 percent tree canopy cover in every neighbourhood(全ての地域の樹冠率を30%以上にしよう)
・300 metres from the nearest public park or green space(300メートル以内に公園や緑の空間をつくろう)

Nature Based Solutions Institute

彼は『Urban Forestry & Urban Greening』という学術誌の中心メンバーでもあり、話のところどころで論文が紹介される。エビデンスを交えた話は説得力が高まる。この学術誌に、アーバンフォレストの知見が集まってきているようだ。

02 : レジリエンスの高い森に必要となる「機能的多様性」

次に登壇したのは、ケベック大学の教授Christian Messier。彼の専門は森の成り立ちや多様性、マネジメントにいたるまで幅広い。今回の話題の中心はアーバンフォレストの管理ツールについてだった。森の包括的な管理システムとしては、「i-Tree」がよく知られていて、その他にもローカルなものからグローバルなものまで色々とある。例えば、Googleが支援している「Restor」はグローバルスケールなものの代表だろう。

Messier教授も開発に関わっている「SylvCiT」というツールはカナダローカルなものだが、他のツールにはない特徴があるそうだ。それは、森の多様性を測れるところだ。彼の言葉にすると「機能的多様性(Functional Diversity)」とされ、木の種類や大きさ、根の深さ、渇水への耐性、フェノロジー(生物の季節による活動周期)などを含めた総合的な多様性を指すようだ。Messier教授によれば、機能的多様性を高めることで、より変化に強い、レジリエンスの高い植生をつくっていけるという。

アーバンフォレストにおいては、都市開発や気候変動に対応できる耐性を折り込んでプランニングすることは、もはや必須となっている。Messier教授の今回の話の内容に近いスライドがネット上にあったので参考にしていただきたい。ツールの比較表がわかりやすかったのでそこだけキャプチャーしてこちらに持ってきた。アーバンフォレストの管理計画と一口にいっても、さまざまな側面があるのだということがわかる。

Messier教授のいう「機能的多様性」は、何もアーバンフォレストに限らないようだ。カナダの森でも、気候変動や外来の害虫など将来の変化に備えた森づくりが必要で、そこでも多様性がキーポイントになるとカナダのテレビ番組で語っている(映像と字幕機能で内容は理解できる)。機能的多様性については、こちらの論文が詳しい。

03 : 社会的投資としての樹木

次に登場したのは、米国の名門イエール大学のヒクソンアーバンエコロジーセンターのディレクターのColleen Murphy-Dunning氏。柔らかな雰囲気を持つおばさまだ。彼女は、大学の地元であるニューヘブン市において、学生や市民とともにアーバンフォレストを増やす活動に取り組んでいる。そうとだけ聞くと、学生の奉仕活動なのかなと思ってしまうかもしれないが、彼女たちの活動の背景にはもっと大きな課題が横たわっている。

端的に言うと「差別」だ。都市の緑や森へのアクセスと差別に関連があることが近年の研究でわかってきている(例えば、Exter LockeによるGISを使った米国37都市のデータを使った研究。彼のWebサイトからは、研究にも社会発信にも意欲的な様子が伝わってくる)。

Murphy-Dunning氏は、「街の緑を増やす活動に取り組むことで犯罪や差別が減ると明確に言い切ることはできないけれど……」と留保しつつも、植樹プログラムに参加した元受刑者の再犯率が低いことを紹介してくれた。

植樹に参加した元受刑者のうち再犯となったのは15%(国平均56%よりかなり低い)

また、彼女が紹介してくれた事例のひとつで、銃によって息子を殺されてしまったお母さんが始めた、銃暴力の被害者とその家族を癒すための植物ガーデンも印象深かった。人間が緑によって癒されるというのは僕も確かだなと思うが、緑のアクセスにも格差があり、それが直接・間接的に人の行動や人生に影響を与えている、ということをあまり意識したことがなかった。

どちらの事例も、差別や格差が大きな問題となっている米国ならではという言い方もできるかもしれない。しかし、日本をはじめ、世界の各都市でも同種の問題が少なからずあるはずだ(Lockeの研究を日本にも敷衍してみたくなる)。Murphy-Dunning氏は、アーバンフォレストに社会の問題、人間の問題を緩和していく役割を見出し、植樹やアーバンフォレストのようなエコロジカルな活動と社会的な課題は切り離して考えてはいけないと主張する。まさに、「Trees as Social Investment(社会的投資としての樹木)」だ。

植樹や管理を中心に、市や大学、地域がつながり、グリーンジョブも生まれる

04 : 中国と欧州共同のアーバンフォレスト調査

パネルトークの最後の登壇者は、European Forest InstituteのRik de Vreese氏。欧州20の機関、中国6つの機関の合同研究プロジェクト「CLEARING HOUSE」の紹介をしてくれた。また、多くの人々が、アーバンフォレストに日常的に接する機会が少ないことなどが示された。

森や公園に行かない理由の第一位は「時間がない」。「興味がない」というのも上位

欧州と中国をまたぐ意欲的な大規模調査プロジェクトだが、コロナの影響もあって、なかなか思っていたようには調査が進んでいない様子もうかがえた。それでも、ネットワークをつくって知識や知恵を共有、発展しようとしている意気込みが感じられ、今後の成果が楽しみだ。すでに提供されている、子ども向けの教育パッケージ「City of Trees」は、多言語で提供されている。英語版を見てみたところ、157ページもあり、参考情報も満載の大著だった。日本語版もできると良いなと思う。

05 : 「Green Lung(緑の肺)」のリサーチ & リビングラボ

午後は、2つのセッションに別れて研究・実践発表が行われた。

僕が参加したのは「Session 1: Evidence-based Urban Forest Management & Planning」のセッション。発表内容はざっとこんな感じだ。

  • GreenLung(緑の肺)」:ドイツの都市の緑についての包括的リサーチプロジェクト

  • TreesAI:都市の樹木の管理プラットフォームの特色(僕たちのNoteでも紹介したDark Matter Labのプロジェクト)

  • Google Carが搭載しているLidarを活用した歩行者レベルからの情報を取り入れたグリーンインフラの情報把握システム

  • 2050年のバンクーバー市の樹冠率の未来シナリオのモデリング

  • 都市の緑と高齢者の熱波を原因とする死亡の因果関係

特に印象に残ったのは「Green Lung(緑の肺)」プロジェクトだ。発表では、ドイツのカールスルーエ市とラインシュテッテン市を対象として、都市および都市郊外の緑のレジリエンスについて包括的に調べた結果が手短に報告された。201か所の円形プロット(各404m²)をランダムに選び出し、それぞれのプロットがどのように活用されているのか、樹木の健康状態はどうか、などを調査したものだ。

調査したプロットの内訳

樹木の調査は、植えられている樹木をサンプリングし、樹木生態学や樹木化学、気象学など多面的な観点から分析するのみならず、市の持つデータと照合することで干ばつや大気汚染に対する耐性などについても調べていた。また、23種類のエコシステムサービスについて定量化したそうだ。樹木やエコシステムだけでなく、市民の意識調査や熱波の影響など、市民生活との関わりも調べている。つまり、市内の樹木(アーバンフォレスト)の状況を包括的に調べ上げて、現状と課題をあぶり出しているのだ。

今は、これまでのリサーチの成果をベースにして、樹木のマネジメントシステムや市民との共同活動を発展させるなどの、実践フェーズのプロジェクトがいくつか始まっているそうだ。具体的には、市の暑さ対策を行う「Heat Action Plan」の策定や、市民と共同しながら緑を管理する「Street Tree Forum」(リビングラボに近い仕組みだそう)の運営だ。

Green Lungプロジェクトには、緑を含めた街の状況を把握し、人にとっても、樹木にとっても(そして、他の動植物、昆虫たちにとっても)良好なアーバンフォレストをつくっていくための知見やヒントが集められているようなので、ACTANT FORESTととしても今後も注目していきたいし、学びあえる関係になれたら最高だ。

さまざまな出会いも

このGreen Lungの研究を発表し、実質的に主導しているカールスルーエ大学のSomidh Saha博士はインド出身。元々は、インドの森林管理官(Forester)をしていて、博士論文のためにドイツにやってきて森林のレジリエンスについての研究をしていたそう。そこからアーバンフォレストに関心を持つようになり、ここ数年はいわゆる森林と都市の森の両方の研究を行っている。

今回のカンファレンスで最も関心をひかれた研究者だったので、合間の時間に声をかけて雑談をした。とてもフレンドリーで熱心な研究者・実践家だった。その場で、後日インタビューさせてほしいというお願いもしたので、近いうちに、特別インタビュー記事としてお伝えできたらと思っている。

こういう出会いがあるのも、リアルの国際会議の良さだ。冒頭でも述べたことの繰り返しになるが、他の発表者・参加者の皆さんも、専門性を高めるためというよりは、分野や地域を超えて学びあうことを目的に集まっている感じで、終始明るく前向きな雰囲気のある場であった。コーヒーブレイクやランチタイム(サンドイッチが提供される)も気持ちよく過ごせるように工夫がされていた。オーガナイザーの先生たちとスタッフの皆さん(主に学生さんたち)の準備と運営が素晴らしかった。

朝早くから夕方遅くまで、多くの発表と雑談で、刺激いっぱいの初日を過ごすことができた。次回、2日目のレポートに続く。


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