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Lo-TEK Design:土着の知恵とデザインが交差する共生の技法に向けて

Ryuichi Nambu

ACTANT FORESTの活動に多くのインスピレーションを与えてくれている「Lo-TEK(ローテク) Design」という考え方がある。「Lo-TEK」とは、粗野な技術を意味するローテクではなく、土着の人々が昔から継承してきた文化的知恵や実践を意味する。気候変動のリスクに対して、新しいイノベーションが必要だということは誰もが認めるところだが、環境維持に対して優れたアイデアは近代以前からたくさん存在し、今も私たちの手元にあることはあまり認識されていない。『Lo-TEK Design by Radical Indigenism』の著者である建築家のジュリア・ワトソンは、例えば、豪雨に耐えるレジリエンスの高い橋、農作物も豊かにする下水処理システムなど、前近代的な土着の技術に改めて着目し、「Lo-TEK」という言葉でデザインの文脈に接続してみせた。人新生の時代における新たなデザインアプローチとして注目が集まっている。そのコンセプトをACTANT FORESTなりに解釈してみたので、ここで紹介したい。

書いていたら長くなってしまったため、前編では「Lo-TEK. Design」の概要と事例を紹介し、後編ではそこにACTANT FORESTなりの解釈を加える。

また、この本では「Indigenous」という単語が多く使われるが、その訳である「先住民」という意味合いがあまりしっくりこない。近代を外から持ち込んだ日本という立場からみると「その土地や環境にネイティブの」というふうに解釈したほうがしっくりくる。ここでは「前近代的な、土着のまま継承されてきた」という意味合いで、そのまま「インディジナス」というカタカナを使用する。

自然と共生するデザインムーブメント「Lo-TEK Design」とは?

「Lo-TEK」とは、「Local」と「Traditiobnal Ecological Knowledge」が組み合わされた概念だ。「Lo」は「その土地や環境に根ざしたローカルの」という意味を持ち、「TEK」は、動物や植物、土壌といった複雑な自然環境と共生するために伝統的に培われてきた知恵や実践、コミュニティ、あるいは世界観のことを指す。エコロジストであるFikret Berkesがモデル化した概念が参照されている。造語としての「Lo-TEK」は、以下のように定義されている。

「気候変動に対する持続可能でレジリエンスの高いインフラストラクチャーを生み出すために、インディジナスな思想や土着の建築技法を再評価/再構築するデザインムーブメント」

Lo-TEK. Design by Radical Indigenism, p. 21

本には、ワトソンが18か国を巡って収集した「Lo-TEK」な実例が記録されている。例えば、タンザニア奥地の森林農業システムや、アマゾン流域の伝統的な焼畑農業など、古来から残る実践が、建築的な視点で再評価され、美しいダイアグラムとともに掲載されている。どの事例にも共通していえるのは、「Lo-TEK」は、人間が日常を暮らすための何気ない行為であると同時に、飢饉、洪水、霜、干ばつ、病気などの極限状態に対応するための並外れたデザインシステムである、という点だ。

近代以降、私たちは「自然を支配し、コントロールする」というナラティブのもとで、利便性の高い工業技術、いわゆるハイテクを発達させてきた。しかし、それだけでは立ち行かなくなりつつある今日、自然環境と人とを切り離すのではなく、人を環境の一部と捉え、自然と深く共生するベクトルが大事だとワトソンは主張する。そこにこそ、気候変動という危機に立ち向かうためのイノベーションの種が見つかるのだという。インディジナスな人々が古来から実践してきたテクノロジーを、あえてハイテクと対比させたローテクという呼称を用い、未来のデザイン技法として光を当てる試み。それが「Lo-TEK」の狙いだ。

Lo-TEK Design:3つの事例

同書には、「Mountains(山)」「Forests(森)」「Desserts(砂漠)」「Wetland(湿地)」の4章構成で、ペルー、ブラジル、タンザニア、ケニア、イラク、インドなど約20か国の数千年にわたる知恵と創意工夫がまとめられている。「Lo-TEK」への理解を促すためにも、まずは、その事例をいくつか紹介しておきたい。

CASE01 北インドのメガラヤ州:ゴムの木の根とともにつくる生きている橋

p48,49 : Photo by Pete Oxford

インドのメガラヤ州では、従来からモンスーンによる大雨が川の氾濫を引き起こし、村の人々を周囲から孤立させてきた。そのエリアに暮らすカーシ族は、成長を続けるゴムの木の根の絡み合わせ、数十年かけて巨大な自然の橋をつくりだすことで、モンスーンの被害から生き延びてきた。

p57 : Image by Julia Watson

大木の長い根の間に樹皮と石を敷き詰め、その隙間にさらに根が張り巡らされることで、うまい具合に自然の力を活用した頑丈で柔軟な橋ができあがる。ここではソシオ-エコロジカル システムという言葉で説明されているが、この橋は宗教的にも重要なものとされていて、村の人々の文化的、精神的支柱でもある。つまり、村の人々にとってゴムの木は、経済的にも、文化的にも、そして環境的にも重要な役割を持ったインフラとしてのスピーシーズだといえる。何世代にもわたるコミュニティによって維持管理されてきた生きた橋たちは、村に洪水に対するレジリエンスをもたらしながら、生物多様性をも実現する共生型のテクノロジーだ。

CASE02 インドの西ベンガル州:魚の養殖による下水ろ過インフラ

https://www.theguardian.com/sustainable-business/2017/jan/25/kolkata-west-bengal-india-cites-fish-farming-sewage-food-demand-real-estate

こちらもインドの事例。西ベンガル州コルカタ市郊外には、都市からの廃水処理システムとして機能する人工の湿地帯がある。といっても、企業に運営された廃水処理場のようなものではなく、350もある養魚池がパッチワーク状につながった自然のろ過システムだ。協同組合の農民によって運営されている。

p332 : Image by Julia Watson

ここには、急速に人口が増加するコルカタ市から毎日1500万人分の下水が流れ込んでくる。汚水はいくつもの池を通過する際に藻類やバクテリアによって浄化され、きれいな水として川に還元される。その過程では、プランクトンを増やし、餌として魚たちに供給される。また、微生物分解によってできた堆肥は植物を育て、浄化された水は米や野菜を灌漑する。この湿地は、魚や家畜、野菜や米といった市民の食料を生産する優れたシステムとしても機能してるわけだ。いわば巨大なバイオジオフィルターであり、アクアポニクスであり、かつ10万人以上の雇用を生み出すコミュニティハブといってもよいマルチなインフラは、信じられないほど巨大、かつレジリエンスの高い都市循環テクノロジーとしてデザインされている。

CASE03 ブラジルアマゾン川流域:域火をでつくる森の中のスモールガーデン

p194 : Photo by Martin Schoeller

ブラジルのアマゾン川流域に暮らすカヤポ族は、火の力を使って、森の中にアピートと呼ばれる小さな円形のフォレストガーデンをつくりだす。野焼きは木々に蓄えられた栄養素を放出し、病原菌を殺菌し、灰と木炭で土壌を肥やす。アピートの中心には農村エリアが形成され、その周りをリングで囲むように、さまざまな果樹や木の実が植えられる。いわゆる焼畑農業と居住エリアが組み合わされたような場づくりだ。

p193 : Image by Julia Watson
p193 : Image by Julia Watson

やがてアピートを取り巻く植生には、最終的には250の食用植物と650の薬用植物が遍在するようになり、何年にもわたって村人の食料供給源として機能する。動物や鳥たちが集まる森でもあるため、隣接する成熟した森から、種の移動と導入が促される。村の移動やアピートの移設や増設が繰り返され、小さなアピートが森全体に点在するようになると、その間をつなぐトレイルが形成され、さらなる生物多様性の増加と森林再生が促される。

現在、カヤポの土地は、道路、牧場、金鉱、入植エリアによって四方を侵食 された保護区で構成されている。過去30年間、彼らの森林は鉱業会社によって次々と破壊されてきた。森林減少の速度が加速する中、アピートのような森の力を利用した緩やかな共生技術は、シンプルかつ効果的な再森林化のスキームとして、重要な意味を持ちはじめている。

「新しい神話」をデザインする

以上、3つほどだが簡単に説明した。「Lo-TEK」というフレームワークを通してみると、未開の粗野な技術として見過ごされていたような行為が、複雑なエコシステムの中で相互に有益性を交換するための優れたサービスデザインのようにも思えてくる。人々の何気ない日常の実践が、自然環境との共生にフォーカスした画期的なデザインシステムとして機能している。

「Lo-TEK」で重視されているのは、技術体系そのものだけではない。背景にある神話や信仰の果たす役割も重視されている。インディジナスな人々の語る世界観は、ともすればスピリチュアルなものとして隅に追いやられがちだ。しかし、ゴムの木を例にとってもわかるように、コミュニティにとって重要な役割を果たす生物を、聖なるものとして見なすことは、そのデザインシステムを次世代に引き継いでいくための極めて理にかなった戦略だともいえる。神話や信仰には、単に文化的な価値だけでなく、デザイン的な機能があることがわかる。

ワトソンは、ハイテクという技術も、現代人が崇める神話のようなものだという。人新生におけるデザインにおいては、そのハイテク神話にインディジナスな世界観を取り入れ、共生に向けた「新しい神話」をつくりだす必要があると結論づけている。

私たちはどのように人新生を解釈するかを見直す必要があるだろう。人間の行為の影響は地球上どこにでも存在しているが、すべてのインタラクションが自然の破壊につながっているわけではない。このような考え方は、私たちと自然を遠ざけ、同時に自然を私たちから遠ざけることになる。対して、先住民の考え方は、人間を自然の一部と捉え、生物多様性を構成要素とするテクノロジーを進化させてきた。人新世の時代におけるテクノロジーの「新しい神話」は、気候変動によって荒れ狂った自然が私たちを破壊し尽くしてしまうという恐怖感を、自然とのコラボレーションが私たちを救ってくれるという楽観主義的な考え方に置き換えることができるだろう。

p399 : Julia Watson

彼女がソシオ-エコロジカル システムという言葉を使っていたように、自然の混乱に寄り添い続けなければならない未来のデザイナーにとって必要なのは、生態系に対する科学的知識はもちろんのこと、社会制度や慣習、ともすると信仰のような世界観も対象にするようなマインドセットなのかもれない。「Lo-TEK Design」というムーブメントは、近代テクノロジーのリフレーミングを促すことで、環境課題とポジティブに関わっていくための新しいデザイン基盤を準備している。

後編では、ここで紹介した「Lo-TEK Design」にACTANT FORESTなりの解釈を加えてみる。ラトゥールの「非近代」という概念や人類学のフレームを参照しながら、現代デザインの潮流の中に位置づけたうえで、森での実践に接続したい。


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