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脳卒中の家系に生まれて〜50歳脳卒中で絶賛入院中〜

2022年7月6日脳卒中で倒れ、1週間後めでたく50歳に。
倒れた日の顛末はこちら↓
闘病記プロローグ〜50歳脳卒中で絶賛入院中〜

40年前祖父を奪った病

私は母方の祖父をくも膜下出血で亡くしている。私が小学5年生の時だった。享年62歳。祖父は乾物の卸問屋を(当時の)神田市場、大田市場、松戸市場に経営していた。
その日もいつも通り早朝の神田市場に出勤していたが、頭が割れるように痛いと訴え倒れた。すぐに救急車で病院に運ばれたが、3日後帰らぬ人となった。

もともと祖父には糖尿病と高血圧という基礎疾患があり、血圧を下げる薬を飲み、毎日の食事も(祖母が)気を遣っていた。脳血管疾患のリスクも理解していたと思う。
明るく大らかで、気風のいい江戸っ子気質。そんな大好きなおじいちゃんが62歳という若さで、あっという間に亡くなってしまった。当時5年生の私にとって、くも膜下出血という病気は恐ろしい病気だという記憶が刻まれた。

3年前母の入院

3年前のある日、珍しく実家の父から電話がきた。母とはよく話しているが父が電話をしてくるのは珍しい。
「ママが脳梗塞の疑いで入院することになった。」
えっ、昨日も電話で話したけど、元気だったじゃない!何があったの?!
母も血圧が高めで数年前から降圧剤を飲んでいるのは知っていた。祖父をくも膜下出血で亡くし、母は自分も血圧が高いので普段から気をつけていた。

そんなある日、手に痺れを感じたのですぐに痺れ専門のクリニックを受診した。すると今すぐに大きな病院での検査が必要だから「救急車を呼びます」となった。
母は痺れ以外は特に症状もなく恐縮して、自分でタクシーで行きますと言ったけれど、救急搬送を強く勧められた。後から考えたら、先生のこの判断が母の命を救うことになった。

運ばれた救急病院で検査した結果、軽い脳梗塞を起こしていた。血圧がすごく高いままなかなか下がらなかったが、結果的に投薬のみ5日間の入院だけで退院できたのは、すぐに救急車を呼んでくれたクリニックの先生のナイス判断のおかげだ。痺れは後遺症で残ってしまったものの最悪の事態は免れた。

高血圧家系と遺伝

祖父が62歳でくも膜下出血で亡くなり、母は70歳で脳梗塞を起こした。
父方は癌家系なのだが、体格と体質、嗜好品などから自分は母方の高血圧家系なんだろうと何となく感じていた。

健康だけが取り柄で風邪もほとんど引かず。入院は出産の時だけしかしたことがない。自分の血圧も知らなかったし、50過ぎたら気をつけよーくらいに思っていたので、健康診断もまともに受けず。
まさか40代で脳卒中で倒れるとは。40代最後の1週間、49歳で倒れ病院のベッドの上で50歳を迎えた。

なぜ脳卒中になったのか

私が49歳という若さ(この病気になるには若い)で脳卒中になった原因をいくつか挙げるとすれば、

遺伝的な要因
祖父と母が患っていて、母の姉妹(叔母たち)も高血圧で降圧剤を飲んでいる。

お酒
お酒は好きで、毎晩缶ビール2本程度飲んでいた。ただし最近はコロナの影響で外で飲む機会は減っていた。

睡眠不足とストレス
更年期に入ってからよく眠れない日も増えていたが、今年に入ってからかなり改善していた。

水分摂取量が足りない
昔から水分を摂るのが苦手だった。朝買ったペットボトルの水(500ml)が夕方になっても飲みきれないなんてことも。必然的にトイレに行く回数も少ない。

とまあいくつか考えうる原因を挙げてはみたけど、結局のところ何が原因なのかわからない。あれがいけなかったんじゃないかとか、あの時もっとこうすればとか後悔して落ち込んでも、時が戻るわけじゃないし。
なってしまったものは仕方がないので、この先どうするか(どう生きるか)だ。

まずは与えられたリハビリ期間(180日間)、期限いっぱいまでとにかく1ミリでも良くするために使いたい。期限は2月10日。今日は12月28日。残り約40日。

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