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◇不確かな約束◇第6章 中


そんな竜也との出会いがあってから数ヶ月が経ち、大学の忙しさも本格的になってきた。

どうして大学はこうもやることが多いのだろうか。毎回提出するレポートの山。しかもそのつど図書館で資料を調べてレポートに落とし込んでいく。それに加えて単位ごとの試験対策、ゼミ、セミナー、グループディスカッション、外部研修ともうほんとに頭から煙が出そう。いやほんとに少し出ていたかもしれない。睡眠時間は日に日に短くなっていき、今は深夜3時に布団に入ることが定番となるほど学ぶことに邁進していた。しかし、そうしている自分がうれしかったし、もっともっと、という気持ちは未だ燃えたぎったままだった。

「じゃ、ユキ。あんまり無理しないでねー。そうだ、明日やっぱり解剖あるみたいよー!」

「うん、由梨加もちゃんと寝なよ」

由梨加は同じ獣医学部の子。受ける授業がよくかぶるためいっしょに帰ることが多い。彼女は地元が札幌なので地理や店に詳しいからなにかと頼もしい存在なのだ。困った時にはいつも助けてくれる。

由梨加に手を振っていた時、うしろから男性の声がした。

「おーい、ユキーッ!」

私のことをそんなふうに呼ぶ人が身近にいただろうか。驚いて振り向くと革ジャン姿の竜也がいた。大きなバイクにまたがり右手なんか上げちゃって。

「ちょっと、竜也!なんで?店は?」

「今日は休みー!ここで待っててよかったぁ。北大って出口がたくさんあるから迷ったけど、ユキはきっとこの正門から出てくるって賭けてたんだ。そしたらビンゴーッ俺ってすげー!」

なんかひとりで興奮して話してる。

「で、、なに?」

「なにって、ほらユキはさ、肉好きでしょ。ホイコウロウばっか食べてるから」

「いや、それは宝来亭で定番の定食を選んでるだけだよ。まあ肉は好きな方だけど」

「だからさ、肉といえば、やっぱジンギスカンしょっ!北海道のジンギスカンのうまさは半端ねーよ!!」

「そ、そうなの、、でも、だからなんなのよー!」

「だから、ここに乗って!いいから早く!」

竜也はバイクの後ろの席を指差していった。そしてヘルメットをポーンと投げてよこした。

「あぶなっ!ちょっとなに!ヘルメット?」

もうなんだか分からないけどヘルメットをかぶらされバイクの後ろに乗せられた。初めての乗り心地。硬くて力強くて、でも悪くないかも。

「ドルドルドルドル!!!」

急にエンジンがかかって全身が小刻みに揺れ出して、見えていた景色全部がピンボケになった。ちょっと怖くて反射的に竜也の革ジャンにつかまった。竜也にバレないように服の部分だけ握った。

エンジンの音はさらに大きくなってのっそりと走り出したと思ったら、ギューンと走り出し、後ろに落ちそうになって竜也にしがみついた。もう完全に抱きしめてしまった。これは愛情表現ではない!落ちたら死ぬからだー!そんなことを頭で叫びながらしがみつくしかなかった。もう風とバイクの音しか聞こえない。さっき手を振り合った由梨加が歩道を歩く姿が見えたような気がしたけど、流星みたいに一瞬ですぎ去って見えなくなった。

「ちょっとー、竜也!どこいくのよー!ちょっとー!!」

私の叫びは竜也にはまったく聞こえていないらしく、まっすぐ前を見てバイクを走らせている。私は少しだけバイクの速さに慣れてきた。全身に感じる風、めまぐるしく過ぎゆく札幌の街並、そして竜也の革ジャンの下に感じる筋肉質な身体。私の心臓の速い動き。こんな私もいるんだ。生まれてはじめて感じる自分だ。

「よーし、着いたぞー!」

20分ほど走ったあと、竜也はそう言ってバイクを止めた。

バイクから降りて目に入ってきた景色は、どこまでもつづく広大な新緑の草原と青い空。そこに白い羊の群れがところどころに色づけされている。これはどう見ても絵画の世界そのものだった。

「ここが羊ヶ丘公園だよ」

私はなんにも話せなくなって景色と一体になってしまった。ただひたすらその感覚を受け止めることで精一杯。感想なんて野暮なものはひとつも出なかった。この世の中に言葉にならない景色ってあったんだ。

そのあとは教会みたいなレストランでジンギスカンと玉ねぎをイヤっと言うほど食べた。確かに北海道のジンギスカンは臭みがなくて美味しかったけど、竜也と食べるとなんでも美味しくなる気もする。竜也ってそういう特殊才能を持ってる人なのかな。

帰りは少しゆっくりとバイクを走らせて札幌の街を流してくれた。だけど思いのほかジンギスカンを食べた後のフルフェィスのヘルメットはニオイがこもってきつかった。だから時々バイクを止めてはヘルメットを脱ぎ2人で深呼吸した。そのたびに2人で大笑いした。

第6章 下 へつづく

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