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時代の変化に向かって 学生の皆さんへ

はじめに すでに起きている変化が加速する

人生の大切な時期に突然の環境変化で自分の将来に不安を抱える人は数多くいるのではないでしょうか。自分ではコントロールできないことに直面した時に、それをどう受け止めるかによって、その人のその後の長い人生に大きな開きが出るかと思います。コロナの発生の前と後でこれから何が変わり変わらないのか、いずれ社会にでる皆さんに今起きている世界の大きな変化を考える大切な機会にしていただきたいと思います。

ドイツの哲学者ヘーゲルは「現実的なことは合理的であり、合理的なことは現実的である」と述べています。私なりに解釈すれば、現実に起きている事柄には合理的な根拠があり、また、合理的なことはやがて現実化するものだと理解しています。

アフターコロナの世界を考える際も全く新しいことが急に現れるというよりも、すでに世の中で合理的と思われている事柄が現実化するのではないかと思っています。

IT大手マイクロソフトCEOのナデラは、コロナの影響が現れた2か月間で2年分のデジタルトランスフォーメーションが起きたと驚きをもって語っています。ビデオ会議サービスZoomの利用者数は2019年末の1千万人から2020年4月には3億人に達したと報じられました。世界のビジネスの世界ではこれまで合理的だと思われていた事柄が一気に現実化しているようです。

本稿*では、これから誰もが少なからず影響を受けるに違いない世界の5つの変化について、私なりに感じていることをお話し、この時代に生きる若い後輩の皆さんの参考にしていただければ幸いです。

*2020年7月に連続して公開した記事を一部修正して一つにまとめたものであることをご了承願います。

1. 世界の転換期の渦中にある 歴史の臨場感を持つ

今から100年前に起こったことを少し振り返ってみましょう。

1918年から19年にかけての第一世界大戦の最中、いわゆるスペイン風邪が世界的に大流行しました。一説では世界の人口の3分の一が感染し5千万人以上の人が亡くなったといわれています。

ヨーロッパでの犠牲者は兵士や一般市民のみならず、社会学者のマックス・ウェーバーや画家のクリムトら著名人も含まれていました。パンデミックが貧富の差や社会的地位に関わりなく伝播したという点ではコロナと共通しています。

スペイン風邪の流行から続く1930年代、世界は経済と政治の大混乱が続きました。1929年の株式市場の暴落に始まり企業の倒産や失業者の増大で世界は大恐慌といわれる経済不況に陥りました。日本でも米騒動や関東大震災の後に昭和恐慌と呼ばれる経済的苦難の時代に入ります。

そして、政治の舞台ではヨーロッパにヒトラーやムッソリーニによるファシズム・全体主義が台頭し、日本では軍国主義が勢いを増しました。この時代の全体主義国家は言論統制や国民の思想管理を強め個人の自由や権利を抑圧しました。

他方、民主主義国家はこうした全体主義への対応にリーダーが不在で結束できていませんでした。イギリスからアメリカへの覇権のシフトはまだ移行期にあり、こうした混乱の1930年代を経て世界は第二次世界大戦へ突入しました。

「歴史とは、現在と過去との対話である」という有名な句をイギリスの歴史家E.H.カーは残しています。これまで経験したことのないコロナ危機に直面する現在、パンデミックから世界恐慌、全体主義の台頭と戦争に至る過去の歴史から学ぶことは、私たちが同じ過ちを繰り返さないために今とても大切なことだと感じています。

2019年に亡くなったアメリカの歴史学者イマニュエル・ウォーラーステインは15世紀大航海時代以来の世界経済と覇権国家の興亡を単一の「世界システム」という概念で描いた人です。私も学生時代に読んだ彼の『近代世界システム』という著書の中で印象的な言葉がありました。それは、歴史の転換期にあってはちょっとした国内体制の違いで変化に適応できるかどうかが決まり、その変化に乗れるかどうかでその後の国の発展に決定的な差が生じるというものです。この見方を援用すれば、19世紀後半の近代化の大転換の時に、アジアでは日本のみが変化に適応する体制改革を成し遂げて、他の国にその後の発展で大きな差をつけたという解釈もできるかもしれません。

現在、デジタル革命ともいうべきテクノロジーの発展による経済社会の大転換が始まっています。デジタル通信技術の発達は世界を一つのシステムのようにまとめ、個人がスマホで世界の人と瞬時につながる時代になりました。

最近、アメリカIT大手のグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト(略称GAFAM)の時価総額が東証1部上場約2千社の時価総額を上回ったという記事が話題になりましたが、先進的なテクノロジー企業の優劣が国の競争力をも規定するのは明らかです。

今回、コロナ危機で露わになったのが各国のデジタル対応力の違いでした。
日本はこれからデジタル革命の変化の波に乗れるかどうか、国や企業の競争力の違いが今後の発展に大きな差をもたらすのではないか、そう強く感じただけに先のウォーラーステインの言葉を思い出した次第です。

これからの時代はテクノロジーの発展で経済社会が劇的に変貌するに違いないと感じています。AI、ロボット、5G、ビッグデータ、仮想現実、自動運転、量子コンピューターの言葉をメディアで見ない日はありません。

現在は歴史の大きな転換点の渦中にいるかもしれない、まずはそうした歴史の臨場感を持っていただけたらと思います。

2. 米中対立の激化  柔軟な戦略的思考が必要となる

アメリカの著名な政治学者グレアム・アリソンは古代ギリシャのアテネとスパルタの戦いを引き合いに出しながら、歴史上、覇権国家とそれに挑む新興国家との間では戦争の可能性が一気に高まるということをギリシャの歴史家の名を冠した「トゥキディデスの罠」という言葉で表現しています。

15世紀以降の国家間の覇権争いでは多くのケースで戦争を招いたものの、20世紀前半イギリスからアメリカへの覇権のシフトは例外的に平和裏に終わった。しかし、現在の米中対立は戦争勃発のリスクが極めて高いということを彼は著書『米中戦争前夜』の中で述べています。

その主張はワシントンでも影響力を保持しており、米中は政治、経済、外交、軍事、宇宙、サイバー空間の分野で対立する本格的な新冷戦時代に突入したという見方が広がっています。

今後、世界中のどの国においても米中新冷戦への対応が喫緊の課題になりそうです。  

最初の冷戦が終結してからの歴史を少し振り返ってみましょう。

1940年代末から始まった東西冷戦は1989年にベルリンの壁が崩壊し、数年後ソ連邦が解体して西側諸国の勝利で終わりました。当時、ソ連はゴルバチョフ、アメリカはレーガン、イギリスはサッチャーが政治のリーダーだった時代です。

アメリカの政治学者フランシス・フクヤマは冷戦終結直後に、世界がアメリカを中心とした自由と民主主義を謳歌するより良い場所になるだろうと予言し、彼の著書『歴史の終わり』は大変な話題になりました。確かに民主主義は東欧など一部地域で広がったものの、その後の展開は地域紛争やテロ、ナショナリズムや宗教対立が続き、世界は必ずしも彼が楽観したような平和な場所とはなりませんでした。

冷戦終結による平和の配当という面では自由市場経済が普及し経済のグローバリズムが広がったことの方が大きかったかもしれません。社会主義対資本主義というイデオロギーの対立がなくなり世界の貿易や投資が活発になり、中国やインドなどの新興国が主要な経済プレーヤーとして台頭するまでになりました。

他方、この間、先進国ではグローバリズムは安価な消費財をもたらし消費者に恩恵を与えましたが、新興国と競合する在来産業が衰え、失業者の増大や地域の衰退を生みました。その結果、欧米各国ではグローバリズムで敗者となった中間層を支持基盤とする政治のポピュリズムが急速に広がりました。極端な主張で大衆受けする指導者が台頭し、社会の一部には移民の排斥や人種差別的な動きが広がり、社会の分断が加速することになりました。

そうした背景の中、アメリカでは2017年にトランプ政権が誕生します。

アメリカは国際協調よりも自国中心主義、移民よりも国内の有権者の雇用機会を優先し、貿易では保護主義の傾向を一層強めました。そして、軍事的にも、アメリカは世界の警察官であることをやめ、中東でのプレゼンスを後退させ、ヨーロッパやアジアの同盟国にはより一層の防衛負担を求めるようになりました。

アメリカの世界における地政学的地位の低下はオバマ政権時代から始まったといわれており、トランプ政権はそれを加速させました。こうした状況を指し政治アナリストのイアン・ブレマーは従来から世界がリーダー不在の「Gゼロ」の時代に突入したと主張しています。

こうした世界におけるアメリカの地位が相対的に低下する中、影響力を高めようとしているのが現在の中国です。中国の歩みも振り返ってみましょう。

1978年から改革開放路線に転換した中国は、冷戦終結後、経済のグローバリズムが広がる中で一番の恩恵を受けました。消費財から半導体製品まで生産する中国は世界の工場とまでいわれ世界のサプライチェーンに組み込まれていきました。そして、2008年のリーマンショックの後いち早く立ち直り、世界経済の回復をけん引した中国は2010年に日本を抜き世界第2位の経済大国にまで成長します。中国は国全体で見ればまだ新興国のレベルにあるものの、研究開発やデジタル分野ではすでに世界のトップレベルにあるといわれており、2030年代にはアメリカを抜き世界第1位の経済大国になることが予測されています。

そして、政治面においては2012年に現在の習近平政権が誕生します。

習近平がそれまでの指導者と異なるのは中国を再び世界の超大国にするという明確な目標を掲げたことでした。2025年には製造技術で先進国としての仲間入りを果たし、建国100年の2049年に中国は世界のあらゆる分野で中心的な地位を占めるという目標を明らかにしています。

19世紀前半のアヘン戦争以来、中国は近代化に後れを取り、列強から屈辱を味わされてきました。1949年に毛沢東が共産党政権を打ち立て国を統一したものの、改革開放路線が始まるまで、国は経済的苦境から抜け出せませんでした。しかし、すでに述べたように、中国は世界第2位の規模を誇る巨大な経済力を背景に、ようやく積年の恨みを晴らし、中国を再び偉大な国にするタイミングが訪れたと考えているようです。

言うまでもなく、数千年の歴史の舞台において、その人口と経済規模から中国は常に世界の中心にいました。数百年の屈辱の時期を経て、中国は世界史の舞台に主役として再び躍り出る、習近平はそうした中華民族の夢を実現しようとしているわけです。

歴史上、覇権国家の移行期には通貨や貿易、投資の制度やルールにおいて大変動が起こることが予想されます。デジタル通貨の導入をめぐっては中国が先に仕掛け、欧米がこれに追随しています。貿易や投資の分野ではすでに保護主義や外国企業を規制する動きがでています。米中は新しい経済競争のゲームのルールで互いに譲らない状況に来ています。

ビジネスの世界でも企業は米中いずれの企業との取引を優先するのかという踏み絵を踏まされる事態に遭遇します。すでにそうした動きは中国の通信機器大手ファーウェイとの取引を巡って世界的に始まっています。

今後、米中新冷戦は経済的競争のみならず、外交や軍事的関係でも激化することが予想され、今回のコロナを機に、その傾向はさらに顕著になっています。

これから世界は益々激しさを増す米中の覇権争いが戦争の罠に陥るリスクと向き合わなければなりません。
アメリカや中国を相手に、自分たちはいかに立ちまわるのか、今から若い世代には新しい政治感覚や柔軟な戦略的思考を身につけていただきたいと思います。

3. 資本主義はどこへ向かうのか ラディカルな発想の転換を

2013年にフランスの経済学者トーマス・ピケティが著した『21世紀の資本』は世界的なベストセラーとなり、不平等の問題について世界の識者の関心を集めました。

2020年、アメリカの大統領選挙の民主党候補者だったサンダース上院議員は自身を民主社会主義者と称し、富裕層に対する増税や最低賃金制の導入、学生向けローンの免除などを打ち出し、格差是正を求める多くの若者の支持を得ました。
アメリカで社会主義や共産主義が若者の間で公然と語られるようになったのはあまり記憶にありません。それだけ、アメリカ社会の格差が深刻であり若者が未来に希望が見いだせないからかも知れません。

2008年のリーマンショックでは、若者らの「ウオール街を占拠せよ」という運動がおこり、高額な報酬をもらう金融機関の経営者らに多くの批判が集まりました。
その後もIT企業の急成長や続々と誕生するベンチャー企業の上場ブームによって、証券市場ではバブルが発生し、成功した起業家らには多くの富が集まり格差はさらに広がりました。

2019年、スイスの大手銀行クレディ・スイスは、世界人口のわずか1%の最富裕層が世界の富の約44%、また上位10%が82%の富を占有していると報告書で発表しています。

こうした世界の不平等の問題は企業のリーダーの関心にも上がっています。

オランダの歴史家ルトガー・ブレグマンは2019年のダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)に招待され、プライベートジェットを利用して会議に参加する世界の富裕層を前に、高率の徴税を通して世界的な富の再分配を行うべきだと主張し注目を浴びました。

彼の著書『隷属なき道』(原題は『リアリストのためのユートピア』)の中では、すべての国民に生活を保障する現金給付を行うベーシックインカムの政策の有効性を主張しています。この政策の各国での導入が進まない中、奇しくも、コロナを機に多くの政府が国民への直接給付を始めたのは皮肉な一例となりました。

2019年、米国大手企業のCEOらが所属する団体「ビジネス・ラウンドテーブル」は企業の存在意義について新たな方針を発表し、これまでの「株主至上主義」を見直し、顧客や従業員、サプライヤー、地域社会、株主などすべてのステークホルダーを重視する方針を表明しました。

そして、2020年のダボス会議のテーマは「ステークホルダーがつくる、持続可能で結束した世界」でした。

世界のリーダーも今や格差の問題を正面から見据えて、企業の存在意義を問い直し、ステークホルダーと共に繁栄しなければ、現在のシステムは持続不可能だと気付き始めているようです。

19世紀の思想家カール・マルクスは著書『資本論』で、資本主義は本質的に資本家に富が集中し、労働者階級は窮乏化する仕組みとなっており、このシステムは最後には崩壊すると予言しました。

実際にはご存知のように100年前の大恐慌も第2次大戦後の社会主義との競争も、そして、リーマンショックも乗り越えて、資本主義は改良を重ね存続してきました。

しかし、先にも見たように世界の不平等が前例のないレベルに達する中で、資本主義というシステムが今後も生き延びることができるのか、もしくは、これに替わる新たなシステムが生まれてくるのか、こうしたことをラディカル(根本的)に考えることが必要な時期に来ているかと思います。

テクノロジーの発展とそれがもたらす富の恩恵が公平に分配され、普通の人がまじめに働けば幸せに暮らせるというモデルが可能となるのか、若い人にはこれまでの常識やイデオロギーにとらわれることなく、新しい時代に相応しいシステムをゼロから発想する視点を持っていただければと思います。

4. 国家はどう変容するのか? 個人の権利と責務

ベストセラー『サピエンス全史』の著者であるイスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリはコロナ危機に際して、これから国家が全体主義的な監視を強める方向に行くのか、それとも国民の権利拡大を認める方向へと向かうのか、私たちは重大な選択を迫られていると新聞に寄稿しています。

コロナ感染が広がる中、世界の多くの国々で都市封鎖や外出制限が行われ、個人や企業の行動は厳しく制約を受け、人々は初めて体験する戦時下のような生活を強いられました。

中国では、政府が強制的に国民の隔離政策を取り、個人の行動はドローンやスマホのアプリを通して監視され、感染の有無はQRコードで表示される赤、黄、緑の色で識別されました。
感染防止に猛スピードで成果を出す中国の対応をみて、個人に対して国家が巨大な権限を行使できる国の方がパンデミックにはより効率的だという議論もありました。

他方、民主主義国家の中、ドイツやニュージーランド、韓国や台湾は中国とは違う方法で感染の拡大防止に成功したといわれています。
いずれも、科学者や専門家が国民に感染状況の適切な情報開示を行い、個人データも感染予防のために限定的に使用されることを伝え国民から支持を得ました。
そして、危機の最中にあって、国民から信頼される政治指導者の誠実さやコミュニケーション能力の高さも成功の要因だとも言われています。

世界の政治潮流を見ると、中国やロシアなどのように国のトップが強権的な手法で自由な言論を封じ国民の情報管理を行う権威主義的な流れとアメリカやヨーロッパの多くの国々のように、政府がメディアから厳しく監視され、国民が個人情報やプライバシーに関して高い権利意識を持つ民主主義的な流れがあるかと思います。

イギリスの作家ジョージ・オーウェルは第二次大戦後の間もない時期に『1984年』という近未来小説を著し、全体主義社会の恐怖を予言しました。ビッグブラザーという独裁者が監視カメラで市民のあらゆる行動を監視し、市民同士が密告しあうという監視社会を描きました。

実際、戦後数十年続いた東西冷戦の最中、ソ連を中心とした東側諸国の多くはこうした全体主義体制の下で、情報統制が行われていました。北朝鮮ではこうした監視社会が今でも続いていると報じられています。
また、民主主義国家間においても、敵対や競合する国や企業への諜報活動などは、元米CIA職員のエドワード・スノーデンが2013年に暴露したように熾烈に行われているようです。

個人の情報管理という点では、現在、国家のみが行っているわけではありません。グーグルやフェイスブックなどの巨大プラットフォーマーと呼ばれる企業は膨大な個人に関するデータを保有しており、そのデータの収集方法や管理手法が問題となっています。
これまで彼らは個々にユーザーの合意を得ることなくデータを取得でき、個人は自分たちのデータがどのように管理され利用されているかを知ることができませんでした。
これに対して個人の権利を侵害しているとして、当局による規制が行われるようになり、ヨーロッパではGDPR(一般データ保護規則)が近年発効し、アメリカでもカルフォルニア州などで個人情報保護法が新しく施行されました。

一部のテクノロジー企業が巨大な資本力を背景に民主主義的な手続きを経ることなく個人の情報を支配することはあまり好ましくありません。

中国は強権的国家と個人データを管理する先進テクノロジー企業が伴走するという新しい管理社会の形を取っています。
他方、民主主義国家では、政府や企業の個人情報への関わり方を規制し、個人が自らの権利として、自身の行動や健康に関する情報を管理し活用する方向にあるようです。

私たちは国家が関与し人々の生活の隅々まで支配しようとする体制に身をゆだねるのか、それとも、個人の自由やデータを不可侵のものとして守ることができる市民社会を目指すのか、歴史学者の警鐘を待つまでもなく、私たちが選択する重大な岐路に来ています。

第2次世界大戦後、全体主義の起源や体制を巡っては膨大な歴史研究や反省がなされてきましたが、今や欧米や日本においてもポピュリズムや排外主義、歴史修正主義が一部で広がっています。
世界でも戦争の経験がない世代の政治家が多数を占める中、民主主義国家においても、個人の自由が危うくなる状況が出ています。

コロナ危機が強いた戦時下のような緊張が常態化しないように、権力を監視し、言論や個人の自由を守り、個人情報の管理と利用に責任をもって行うこと、こうしたことが、これから市民としての重大な責任であることを若い人にも認識していただければと思います。

5. 地球規模の課題に取り組む 世界の共通善を目指して

最後になりますが、地球規模の課題について触れておきます。

国連は2015年にSDGsという略称で知られる「持続可能な開発目標」を採択し、貧困をなくす、飢餓をゼロに、地球環境を守るなど17のゴールを2030年までに達成する目標を掲げました。
教育や健康、ジェンダー平等に関する目標も含め地球上「誰一人取り残さない」社会の実現を世界に呼びかけ多くの国や企業が賛同しこの課題に取り組んでいます。

同様に国連が提唱したESGという略称も近年注目を浴びており、年金などを運用する機関投資家や世界の資産運用業界で「環境・社会・企業統治」の視点を組み入れる投資方針が広がるようになりました。
理想主義的な理念を掲げる国連の主張に発展途上国だけでなく先進国が賛同し、多国籍企業や世界の金融機関が行動を起こすことは近年稀なことだと思います。それだけ、ここ数十年のグローバルリズムの広がりと世界の経済成長の下で、こうした課題に取り組まなければ地球が持続不可能な段階に来ているという考えに人々が共感しているからかもしれません。

コロナ危機では、経済活動の収縮で温室効果ガスの排出量が大幅に削減されたと伝えられています。皮肉にもスウェーデンの環境活動家グレタさんも訴える2030年に地球の気温を1.5度下げると定めたパリ協定の年間目標が瞬時に実現されようとしています。

地球は人類史が始まって以来最大の77億人もの人口を抱えており、この人口を支えるための経済活動と地球環境の保全をどう両立していくのか、大きな課題が課せられています。

こうした地球規模の課題に対し、国連や国際機関、国や企業、NGOやNPOが積極的に取り組んでおり、こうした世界の共通善ともいうべき目標を実現しようとする新しい動きには励まされます。

現在、新型コロナウイルスのワクチンの開発が世界的に急ピッチで行われていますが、研究データの共有や成果の開示が行われ新薬が国際的な公共財として生かされるのか、それとも、新薬を開発した一部の国や企業による独占的な利益追求の動きになるのか、世界が協調して共通善を追求するケースとして注目していきたいと思います。

アメリカではミレニアル世代、Z世代といわれるデジタル・ネイティブの若者は地球環境や社会的課題の解決に関心を持っており、社会起業家も人気の職種となっているようです。

今回、コロナの発生は、世界の国々で社会的に隔離された外国人労働者やスラム街で生活する弱い立場の人たちの存在に人々の関心を誘いました。

また、コロナは人々の生活インフラを支える医療従事者や清掃に携わるエッセンシャルワーカーなどへの敬意の表出という副産物も生みました。

フランスの思想家ジャック・アタリは最近のインタビューで、これから利己主義よりも利他主義の傾向が人々の間で広がると述べています。コロナを機に人々の価値観の転換も芽生えているのかもしれません。

若い人たちにはこれから地球規模で物事を考えること、そして、より良い世界を切り拓くことに参画していくことを期待したいと思います。

おわりに  人生100年時代を楽しむ

イギリスの経済学者ケインズは100年も前に2030年には週15時間労働が実現され21世紀は余暇の時代になるだろうと予言しました。

テクノロジーが発達し、AIやロボットが人の仕事を代替すれば、人は余暇に大半の時間を費やすというのはさほど非現実とはいえないかもしれません。

他方、ロンドン大学の教授リンダ・グラットンは著書『ライフ・シフト』の中で人生100年時代の働き方を提唱し近年話題になりました。
これから人は一つの会社で一生勤めるというよりも、自分のスキルを磨きながら年齢に応じて様々な仕事に就く、前の世代よりも長い期間仕事をするマインドセットを持つことが必要だと説いています。

これから社会にでる皆さんは、自分の時間や生活を大切にしながら長い人生のステージで幾つかの仕事を引き受けていく、そうした心構えが必要な時代に入ったようです。

アップルの創業者スティーブ・ジョブズは今日が人生最後の日だとしたら、あなたは今やろうとしていることは本当に自分がやりたいことだろうかと学生に問いかけました。

孔子には「これを知る者はこれを好む者に如(し)かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如(し)かず。」という言葉があります。

なかなか自分は何が好きか、どの仕事に向いているのか、答えがすぐに見つかるわけではありません。仕事の知識を学んでいけば好きになることもあるし、仕事が好きであれば上達も早くなります。そして、どんな仕事であれ楽しむことができれば長く続けることも可能です。色々な先人の言葉に学びながら人生三毛作の時代を生き抜くヒントを得ていただければと思います。

以上、長くなりましたが、これから社会にでる後輩の皆さんへ、本稿を少しでも参考にしていただき、世界で自分にしかできないことを実現していただければと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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