陣太鼓の衝撃
山口百恵
『赤い衝撃』
作詞:千家和也 作曲:佐瀬寿一
編曲:馬飼野康二
(1976年11月21日 発売 CBS・ソニー)
小学3年生だった頃の私にとって、
山口百恵さんは、女性では初めての
大スターと思える歌手、そして女優でした。
その頃、父親の仕事の転勤で、
東京から熊本県熊本市に移り住み、
当時の熊本はまだ、民放が2局しかない中、
『赤い衝撃』というドラマが
放送されました。
三浦友和さんとの共演による純愛に、
スポーツ、そしてサスペンスの要素を
含んだ、多ジャンルといえる
『赤い衝撃』は、同学年の、
多くの家庭で楽しまれました。
私がこのドラマで衝撃を受けたのは、
オープニングのタイトルバックで、
主題歌『赤い衝撃』とともに流れる車窓に、
熊本県阿蘇市のやまなみハイウェイが
使われていたことです。
ドラマの主要舞台は東京なのに、まるで
東京を離れ、心細い思いをしていた、
私達家族へのエールのように思えたのです。
半年間に渡っての、毎週の放送を
私達家族はとても楽しみにしていました。
そして、ドラマのおともとなる、
食後のデザート『陣太鼓』もまた、
楽しみのひとつでした。
正しくは、『誉の陣太鼓』。
私が通っていた小学校の近くに本社がある、
株式会社お菓子の香梅 さんが製造販売する、
熊本の銘菓です。
いくら甘いもの好きの私でも、
9歳の少年に羊羮って・・・
初めて出されたときは、そう思いましたが、
小豆の香り豊かなつぶ餡の羊羮の中に、
甘いおもち(求肥)、
ひとつで二度美味しい味わいに
太鼓の音が聞こえそうな衝撃でした。
そんな赤い衝撃と、
陣太鼓の衝撃から4年後の1980年、
山口百恵さんは、数々の衝撃的な感動と
伝説を残し、共演の三浦友和さんとの
ご結婚によって芸能界を引退されました。
もう二度とテレビで視られない百恵さん、
今では安易に購入できる陣太鼓、
あの頃の私の衝撃は、
太鼓の音と一緒に蘇ってくる思い出です。