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抽象と具象の狭間 -野見山暁治@アーティゾン美術館

 年間パスポートを手に、再びアーティゾン美術館。

 今回は、石橋財団コレクション選 特集コーナー展示 野見山暁治(-3/3)を。


 値段がついていないのが不思議になるくらいの、とてもクオリティの高いパンフレットからも、力の入れ方がうかがえる展示だ。

石橋財団は、19世紀後半の印象派から20世紀の西洋近代絵画、明治以降の日本の近代絵画、第二次世界大戦後の抽象絵画、日本および東洋の近世・近代美術、ギリシア・ローマの美術など現在約3,000点の作品を収蔵しています。5階、4階ではこれらコレクションの中から選りすぐりの作品をご紹介します。

特集コーナー展示 野見山暁治
野見山暁治(1920-2023)は、長い画業のなかで具象と抽象のあいだを漂う独特の画風を確立しました。特集コーナー展示「野見山暁治」では、石橋財団が所蔵している野見山暁治の作品全7点からその魅力に迫ります。近年新たに収蔵した3点は初公開となります。

同上

独自の画風を確立、昨年102歳で逝去


タヒチ (1974年)

タヒチ 1974年
油彩・カンヴァス


予感 (2006年)

予感 Hunch
2006年 油彩・カンヴァス


かけがえのない空 (2011年)


かけがえのない空 The Irreplaceable Sky
2011年 油彩・カンヴァス


振り返るな (2019年)

振り返るな Don't Look Back
2019年 油彩・カンヴァス


あしたの場所 (2008年)


あしたの場所 The Place Tomorrow
2008年 油彩・カンヴァス


風の便り (1997年)


風の便り Message from the Wind
1997年9 油彩・カンヴァス


鉱山から (1984年)

鉱山から From the Mountain
1984年 インク、グワッシュ・紙


抽象と具象の行き来

 一部の作品には、何枚かの写真で紹介したように、インタビューによる作家のコメントが付けられていた。作家が、自分の創りだしたものに困惑しているさまを、心から直に取り出しているような言葉を、微笑ましく感じた。

 自分のなかにあるものを出して、ときに言葉を置いて手がかりとし、それはそのときの自分にとって正しいものではあるのだが、あとから説明するとなったときには、さっぱりわからないというような。

 モデルとなるものを描けば具象、モデルのないものを描くのが抽象、と聞きかじったことがある。だから、例えば晩年のクロード・モネの「睡蓮」は、目の病そのほかの理由で絵そのものは抽象表現にも見えるけれど(そして、抽象画的なアプローチとして評価する人もいるけれど)、「睡蓮」を描いているのだから区分としては具象画である、といったような。

 野見山暁治作品は、抽象画として観ると(素人目に、何か描いているらしいことが感じられるという点で)わかりやすく、具象画として観ると難解にも思える。無理に抽象・具象と区分けするからそうなるのであって、目に見えてモデルとして実体のあるもの、作家の脳内に実体としてあるもの、あるいは実体になる前のモヤモヤ、を描いたのだと思うと、自分的には、少ししっくりくる気がする。

「振り返るな」を前に

 新たな収蔵作品の一作「振り返るな」の前に、こんなちょうどいい一人がけソファが設置されている。これはもう、展示意図にそのまま甘えて、座るしかない。

 座り心地がよくて立ち去りがたいソファに落ち着きながら、絵とゆっくり対話させてもらう。館内は広いので、人はいい感じに分散して、時折一人二人が前を通る過ぎるだけだ。

 同展には、野見山暁治作品7点から展開するかのような配置で、同時代の作家、パリ留学中の期間に活躍していたフランスの作家たち、というように数多くの作品たちが横展開されていて、この展覧会だけでも見応えのあるものだ。

 ただ、この日は野見山暁治の7作だけをじっくりと鑑賞することに決めていた。前回はマリー・ローランサン展のみ、今回は、次回は、というように、自分のなかに何となく落ち着いていくまで、名画たちを、ゆっくり観ていくつもりだ。

 自分にはそういう鑑賞のしかたが、いちばん無理がないので、それも、年パスによって叶ったことだ。

 何度も何度も足を運び、脳内をさまざまな作品で満たしていきたい。





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