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project N 88䑓原蓉子@東京オペラシティアートギャラリー -心のままに,糸で描く[タフティング]

 川内倫子 写真展〈M/E〉を東京オペラシティアートギャラリー観に行った際、同時開催の、若手絵画の作家を紹介するproject Nの展示を観た。88回目のアーティストは䑓原蓉子

 遠目にはクラフト作品、タペストリーのようなものかなと思い、すっと見ていったのだけど、途中で足が止まり、引き返してじっくりと見始めた。

 そのとき感じたことを言葉にすれば「なんだ、この自由さは?」となる。まったく詳しくはないのだけど、わたしのイメージのなかで、タペストリー的なものには模様が描かれ、法則性がある。この作品は、そこから解き放たれていたから。


■「糸で描く」タフティングとは


この技法はタフティングというそうだ。

タフティングは織りの技法の一種で、毛糸を使用する。編み棒やかぎ針を使った編み物、いわゆるニッティングとは異なり、木枠に張られた布地に、タフティングガンと呼ばれる銃型の手持ちミシンのような専用の機械で、刺繍のように糸を一本一本差し込んで制作する。製図を必要とせず、曲線なども容易に描くことができ、編みはじめと編み終わりに縛られることもない。

糸で描く ── 䑓原蓉子のタフティング より抜粋
 

■「心のおもむくままに」表現する

 そして、作家がタフティングをはじめた経緯も、パンフレットにあった。

䑓原蓉子が制作するのは、羊毛を使い、タフティングというカーペットの制作技法を用いた平面作品である。䑓原が本格的に作品を制作しはじめたのは2019年とつい最近のことであるが、それまでも長年編み物に親しんできた。
編み物をはじめたきっかけは、䑓原が10歳の頃にさかのぼる。小学校5年生だった䑓原は、突如として周囲の人々の言葉が理解できなくなった。先生が話すことも、聞こえはするが内容が一切頭に入ってこない、そのような状態だったという。他者とのコミュニケーションが難しく不登校となり、その後10年にわたって自宅に引きこもるようになった。感情を伝えたり気持ちを整理したりすることが苦手だった䑓原に編み物をすすめたのは祖母だった。黙々と同じ作業を繰り返す編み物は気持ちを安定させ、特に、羊毛の独特の手触りと温かさに安心したという。
編み物はセーターやマフラーなどの成果物を目的とする場合、編み図と呼ばれる製図が必要であり、正確に編み進めなくては形にならない。心のおもむくままに形や色を描き、気持ちを消化するために編み物をする䑓原にとって、製図をすることはハードルの高いことだった。そのようなときに出会ったのが、冒頭で紹介したタフティングの技法だった。

糸で描く ── 䑓原蓉子のタフティング より抜粋

タフティングは織りの技法の一種で、毛糸を使用する。編み棒やかぎ針を使った編み物、いわゆるニッティングとは異なり、木枠に張られた布地に、タフティングガンと呼ばれる銃型の手持ちミシンのような専用の機械で、刺繍のように糸を一本一本差し込んで制作する。製図を必要とせず、曲線なども容易に描くことができ、編みはじめと編み終わりに縛られることもない。絵具で描くような表現が可能なため、糸で描く絵画ともいわれるこの技法は、䑓原の制作欲求にぴたりと当てはまった。

糸で描く ── 䑓原蓉子のタフティング より抜粋

 羊毛という、作家にとって心を癒してくれる素材を得て、製図をすることからも自由になり、心のおもむくままに「描く」。法則を脱ぎ捨て、描きたいものを描いている! その喜びのようなものは、作品からじんわりと伝わってくる。

■法則、は、ときに自分を縛るから

 パターン、文様の美しさというのは当然あるし、繰り返すことによる安定性、安心感についてももちろん認める。でも、ときに法則、のようなものは、自分を縛りつけもする。

 日常のルーティンにしても、こうと決めてしまえば合理的であるし、考えずに済むだけ楽だ。ただ一方で、合理化しすぎたパターンに従うことに、わたしはどこかで、うんざりしているのかもしれない。

 このふかふかの作品たちは、そんなところから超越してただ楽し気に壁に存在する。そこには自らを法則でがんじがらめにしている人たちの足をふと止めさせる、静かでポジティブな力があるのだろう。


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