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夏の終わりは言葉の欠片を拾い集める

大きな窓ガラスの向こうで
西日が傾いて
校庭のプラタナスの木の葉を
照らしている

赤トンボが草の上を渡る

しばらく
主たちを失っていた教室で
はるの先生は箒を動かす
差し込む日差しに
ほこりが舞ってきらきら輝く
雑巾でロッカーの上を拭くと
また
ほこりは舞って
床にふんわりと落ちた

もうすぐ
賑やかな声が
ここに戻ってくる

さてと

小さな椅子に座って
目の前の作文の数々を広げる

椅子の持ち主は
どうしているだろう
ほんのちょっと
会わないだけで
大きく変化する子もいる
中学生とは
そういう時期だ

椅子の持ち主は
始業式に
来ることができるだろうか
微かな不安が胸をよぎる

目の前の作文は
長い夏休みに
1日だけ設けられた出校日に
子どもたちが提出した宿題だ
子どもたちから
出された作文の点検は
そのまま
教師の宿題の山となる

1枚ずつ丁寧に目を通す

読み始めると
その子の心に触れる気がして
たちまち夢中になる

ふと
手が止まる
椅子の持ち主の作文

彼が
1学期の終わり頃
抱えていた人間関係の悩み

乗り越えているだろうか

作文を読み始める


1学期の終わり
彼はいじめの加害者となった
彼の言葉がきっかけで
相手の子が
学校に来たがらなかったからだ

しかし
それまでに彼は相手の子の言動に悩んでいた

それこそ
学校に来たくないと何度も思った
だから
彼は思いきって
思いを伝えた
そして
一定の距離を置くようにした

未成熟な言葉たち
相手との想いの歯車は噛み合わなかった

相手の子は
彼に嫌なことを言われたから
彼が自分を遠ざけているから
学校に行きたくないと
親に話した

すれ違う思い

言葉は難しい
うまく伝わらないもどかしさ
寄せては返す波のような
人と人との距離

いじめとは何だろう
思いをどう伝えれば正解だったのだろうか

いじめの定義

当該児童生徒が一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じるもの。

問題行動等調査(文部科学省)

定義に従うならば
確かに彼は加害者となる

しかし
加害者となってしまった彼は
苦しんでいた
想いを相手にうまく伝えられない自分の未熟さ
そして
加害者という重い立場に
苦しんでいた

自分は悪いことをしたのだろうか
作文の言葉の端々から
苦悩が感じられた

伝えることは難しい

彼は平穏な生活を望んでいただけだった

心が傷む

いじめとは何だろう
彼に加害者という視点だけで
言葉を投げ掛けてはいけない

複雑な想いに駆られながら
新学期を迎える

彼が
登校したら
満面な笑顔で迎えよう
心に寄り添い
彼と相手の子との関係が
修復できる手助けをしよう

作文の最後はこんな文で締めくくられていた

逃げていては誤解はいつまでも解けない。もう一度話をしてみよう。彼の受けた傷をちゃんと受け止めて、それから自分の想いを伝えよう。学校に行くのが今は少し恐い。でも、ちゃんと向き合おうと思う。


さざ波や
夏の終わりはプラタナス
言葉拾いの海に漕ぎだす










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