見出し画像

『女5友達』~銀座barで~

  昔のはなしして、イイ?
 
 女子校の高校時代、ランチタイム
 「ねえ!この中で誰がいちばんはやく結婚すると思う?」
 「そりゃマコがいちばん早いっしょ!」
 マコが微笑む。
 「そうね。わたし、できるだけはやく、お見合いで結婚したいし」
 「えー!理解不能!!わたしは多分絶対いちばん遅いか、しないよ」
 「マコみたいにお金持ちだったらお見合いも素敵だけど、わたしは純愛で幸せな結婚がいいな」
 
 五年後、マコは予定通り、見合い結婚をした。
 それから十年くらいの間に、わたしたちは結婚をしたりしなかったり…。一番遅いだろうと自己予言したユリは順番のまんなか。だが長い結婚生活の末に、現在は別居状態。
 
 マコを崇拝していたマヤは二番目に結婚するものの、一年もしないうちに離婚し、さらに結婚順番二番のまま再婚する。
 純愛を夢見たエイコは友人の紹介で四番目に結婚。
 誰が早く結婚するかを話題にしたアオイは、大手会社でバリバリ働いており、独身。

 まあいい。ひとは、それぞれ。
 それから大人になって、マコが全員のために何をやったのか…そのせいでどんな罪をおかしたのか…知ったのはもっともっと後のことだった。
 …月日がたち、人生四回目の干支。
 その年、マコからみんなへ年賀状が届いた。
 『あけましておめでとう!みんな、人生でいちばんの多忙な時期をおそらく少しは過ぎたことと思います。もしよければ下記の日程であつまりましょう』
 そして末尾に、『それぞれちがう人生をあゆんできたわけなので、積もる話は昔のようにするにしても、互いのことを肯定も否定もしないで聞くというのはどうでしょう?』と書かれていた。

 マコが年賀状で指定したのは、四月一日、指定されたのは銀座だった。
 夜七時、マコ以外の四人の姿が銀座の古ビルの屋上にあった。
 エレベーターで最上階にあがり、そこからさらに薄暗い階段をあがる。
 それは普通に生活している中年のわれわれにとってはとても勇気のいる、冒険に近い経験だった。
 屋上にあがると一旦屋外に出る感じになり、そこから目に入るプレハブの安そうな造りの物置のような増築建物の入り口ドアを目前にする。
 ドアだけは重厚そうなマホガニーでドアノブは金色をしていた。
 扉を開けると、経験したことのない天井一面の美しいステンドグラスの照明の灯りと、音楽と芳醇な香りがあふれ出てわれわれを圧倒した。
 イタリア家具を思わせる象嵌入りの艶めいたバーカウンターと、上質な革張りバーチェアが四席並んでいた。

 知る人ぞ知る、つまり知らない人間には決して足を踏み入れることのできない銀座の隠れ家的、高層高級バー。
 そのカウンターの向こう側にマコが立っていた。
 パリッとした白シャツに黒いベスト。まるでバーテンダー。
 「いらっしゃいませ」

 「…え?どうしたの?マコ。これは何かの趣向?」
 絶句したあと、アオイが第一声を発した。あとのみんなは何も言えないままあっけにとられた様子。
 「まあ、すわって。みんなお酒飲めるよね?ビールでゆるして。こんなかっこうをしているけど、カクテルとか作れないから」
 みなはマコから泡のそろっていないグラスビールを受け取り、乾杯をした。
 
 「今日はありがとう。知り合いの店を今日だけ貸してもらったの。…いきなりだけど、わたし、これまでずっと、心の奥底で、たぶん自覚なしにみんなを見下していた。ごめんなさい」
 唐突に頭を下げた。
 「はあ!?」アオイが声をあげる。
 「まあ、聞いて。〇県の有名企業の御曹司とのセレブ婚だから普通の女性なんかが知りえない苦労もしたと自負していた。子供は五人。女の子が生まれるまで産んでやろうと意地になった。五人目にやっと誕生した娘の芽瑠が、わたしのゆるぎない幸せの完成を告げた。ちょうど夫の両親が次々死んだし、わたしの人生が完璧となったわけ」
 「な、なにそれ。手紙で互いを否定するなって言ってたけど、いまわたしたち全員並んで思い切り否定してるじゃない」
 アオイが抗議した。
 「そう?だったらごめん。いまは心からみんなの話を聞いていろいろ知りたいの。あやまるから、お願い」
 「…まあまあ。いいじゃないの。アオイ、落ち着いて。マコが面白いかっこうでおもてなししてくれているし、せっかくだから昔にもどってみんなでいろいろ話そうよ」ユリがとりなす。

 われわれ五人はそれからいろいろ話した。辛い出産の話や、育児、自分や親などの壮絶な病気話も次から次へと話を取りあい、パスしあいながら会話が紡がれていく。

 アオイのドラマのような大手企業の華やかな出世ストーリー。
 離婚した直後のマヤと毒親との闘い。
 純愛希望だったエイコが授かった子供二人の学校でママ友と苦労する話。
 最近別居したユリの切実なお金の話。

 誰も否定も肯定もしないから、思う存分話した。
 実際否定も肯定も出来ない。十代の頃の恋バナと違い、想像のつかないそれぞれ違う人生だから。
 
 駅へと向かう銀座の帰り道、
 「たのしかったね」
 「高校のトモダチってかっこつけなくていいからサイコーだね」
 「マコのふところの深さを感じるよ」
 「わたしはね、昔はのマコが苦手だったけど、今は好きだな。これからもこういう会があるなら、集まりたい」アオイが言うとみな、うなずいた。
 銀座の夜も、悪くない。

   半年後

 地方の名士の妻であるマコが、自らの知名度を利用した巨額詐欺事件が全国ニュースで流れた。
 投資詐欺事件、ママ友などを利用し、地元で有名な社長夫人のマコが首謀者だといわれていた。全国各地の有名店や、銀座などの飲食店を貸し切って接待する詐欺の手口だと報道されている。

 〝なんだ、あれ!〟
 再会後、銀座で作ったグループチャットでアオイが発言する。
 マコをブロックはしていないので、5人グループの既読は〝3〟のままチャットが続く。
 〝きっと理由があるんだよ。銀座に呼んでくれたけど、投資なんてもちかけてこなかったのがその証拠〟
 〝銀座のバーを貸し切りだよ?しかも聞き手に徹してみんなの話を聞きたいって…情報収集だよ。めちゃめちゃあやしいじゃない!〟
 養護と非難…様々な憶測が続いたのち五人全員の関係はしばらく途絶えた。

 さらに数か月後もマコはまだワイドショーで取沙汰され、詐欺事件の渦中にいた。

 ある日グループチャットでエイコが突然発言した。
〝わたし、じつは夫の実家の信仰宗教に不本意に奉仕させられてるんだよね。銀座で会った時、マコに見合うキラキラした話をしなきゃと必死だったけど、そんな話なかった。事実は毎日が全然楽しくない。マコの事件、真相は知らない。でもマコも本当はみんなに正直に悩みを話そうとしてたんじゃないかな〟

〝え、エイコ、旦那さんの実家の宗教奉仕、嫌なら旦那さんに言ったほうがいいんじゃない?夫婦として辛すぎるでしょ?…ってエラそうにいうわたしもね、実は子供二人を出産後、夫が特殊な政党員となってしまい、家の財産をすべて政党に捧げられてしまったの。最近そのことを知って別居をしていたのよ。子供は自立したし、もうすぐ離婚が成立する。とにかくさ、いまふりかえると、話し合える段階のときによく話し合うことが大事だってことよね〟ユリが言った。

〝わたしは…前回銀座で話したことがすべて。おつぼねだけど、たぶん会社のひとたちとうまくやれていると思う。独身なりの将来設計を考えなきゃだけどね。あのさ、腹を割ってみんながはなしてくれたと思ってたエピソードは、マコにあわせたレベルだったってこと?馬鹿正直に話したのは私だけ?!〟
 アオイが口をとがらせたスタンプをのせる。
〝…といってもさ、マコの結婚相手が地元のすごいお金持ちで、マコの実家も海外まで知られる超有名な車の部品会社で、しかも子供が五人いて、全員地元の国立に小学校から入学、さらに東京や海外の有名大学に進学…なんて聞いても、じつのところ、わたしは全然うらやましくなくて、『ふーん』としか思ってなかった。だからわたしみたいやヤツが、マコに『マコのこと世界中の人間がうらやましいとか、完璧だとか思ってると勘違いするなよな!』って言ってやったらよかったのかな、と後悔してる〟

 マヤが後を続けた。
 〝わたし、自分の離婚について心底話したくないんだよね。恋バナとかみたいに、トモダチの酒の肴にされたくない。一方で、友達には説明したいっていう欲求はありつつ…。浮気三昧の大学時代の夫とはすぐに離婚して、傷心旅行でイギリスでパラセイリングをしたとき、インストラクターをしてくれたリアムと出会って結婚し、彼と一緒にイギリスで働いていているの。子供が一人いて、いまは充実した人生をおくっているんだ。マコから一番の親友として結婚式で挨拶させてもらったり、誰よりも特別あつかいしてもらったりした気がするけど、離婚した直後にその理由をマコと旦那さんからものすごく追及されて辛かった。だって、まだ自分の心の整理が全然できていなかったから。それに一番話したくなかったのが結局マコなんだよね〟

 〝あー。一番わかってもらえない気がするよね。なにより普通はマヤ本人が話したくなるまで黙って待つし、無理矢理聞き出そうとはしないよ〟

 〝そうなると、わたしたち全員にハガキ出して店まで貸し切りにしたのって、ほんとうはマヤの話をきくことだけが目的だったんじゃない?そういえば、ユリとわたしなんてマコの結婚式には呼ばれず二次会参加だったよね?マコにはそういう明確な差別というかランク付けが友達の中にもあるんだよ。今回全員招待したのは、だれかのナイスパスでマヤの離婚の原因を聞き出せるかもって可能性にかけたのかも〟
 アオイがふたたび怒りのスタンプを送る。

 〝それにしても今回の事件。マコって、そんなにお金が必要だったのかな?〟

〝学生時代ずっと育ちの良さや、お金持ちを強調されていたから、ひとから大金をだまし取ろうとするマコの姿、ピンとこない〟
 この瞬間偶然、みんな同時に気合ポーズのスタンプをあげた。
 おそらく今、全員、マコの渾身のバーテンダー姿を思いだしていた。

 こうして、われわれはマコの事件の真相究明へと立ち上がったのだった。
 …本当はウソ。
 そんな暇も気力もないのがわれわれの年代。
 更年期障害という自分の不安定な体に振り回されて何もできない日々だった。
 だが、アオイひとりだけが細々と調査をはじめた。
 唯一の手掛かりである、銀座のバーのオーナーについて調べた。
 オーナーに直接話をきき、新聞ですでにおおよそ知っていたマコの事件による被害者たちの特定をした。
 オーナーは思っていた通りマコが信頼している人物のひとりだった。被害者が誰かをはっきり教えてはくれないが、アオイが「このヒトたちですか?」とリストを示すと首を縦に振ってくれる。
 そうだったのか…アオイは震えた。
 エイコの夫実家がはまっている宗教の上層部の人間、ユリの夫が支持する政党の幹部、マヤの元夫やその浮気相手たち、そして…アオイの…。
 
 アオイは学生当時、関東地方というにはギリギリの実家から二時間かけて超都心の学校まで通った。
 東大や有名大学を目指す進学校だったが、自分が親のアドバイスで選んだのはセレブお嬢様大学だった。
 そのおかげで就職が有利になり、すぐ結婚すると思われながら、独身を貫き会社に貢献してきたつもりだ。
 セレブお嬢様大学のキャラとは全く違い、結婚相手を物色するでもなく自分の明るく仕事にまい進する姿は、会社でも評判が良く、異例の出世を続けた。
 そのおかげで購入した超都心のマンションは職場まで徒歩で行ける。
 実家の両親はすでになくなり、仏壇を引き継いだ。
 兄貴夫婦から断固拒否されたから。
 アオイには、それでも、両親の死別や結婚や離婚など人生の大きな事件とは関係なく、こころから許せない人間がいた。
 ただ、ただ、信じて、ただ、ただ、応援して、なんの見返りもいらないし、一緒にいるだけで親友と認め、信じていた人。

 いつも笑顔のアオイだから、誰にも知られるはずがない悲しみだと思っていた。
 なんで知ってしまったの?マコ?
 アオイはため息をついた。
 いま、アオイの孤独の真相を知っているのはマコだけ。
 マコの犯行理由の真相を知っているのはわたしだけ。
 わたしたちはランチトモダチ。親友ではなかった。
 
 マコに手紙を書いたものの、アオイ以外の3人がこの事実をどううけとめるのか。
 まったくわからない。
 「信じる」「一緒にいて心地よい」「優越感」「共感」「なぐさめ」
 友人として成立する様々なきれいごととは違う、マコの『行動』に圧倒され、戸惑う。

 手紙を書き、便箋を震える手で封筒へおさめる。
 …とにかく気持ちを伝えたかったから。

 〝マコへ
 久しぶり。
 マヤじゃなくてわたしでごめん。
 …でも、どうしても手紙を書きたかったんだ。

 マコ、全部お見通しだったんだね。
 だとしたら、あのとき銀座で体裁ばかり話していたわたしたち、恥ずかしい。
 でももうわたしたちオバサンだし、恥ずかしいからって死ぬモンではないとも知ってる。
 マコが必然か偶然か、どうしてわたしたち4人をそれぞれ苦しめてきた人たちを事件の被害者として選んだのかわからない。
 かれらが不幸になっても、わたしたちは必ずしも幸せにはならない。でも、知らず知らずのうちに何かは変わっていたのかも。
 もちろんマコの被害者は他にもっとたくさんいて、わたしたちとは全く関係のない知らない人たちも多数いた。みんなマコの知り合いを苦しめた人たちなのか、そうじゃないのか、わからない。マコは黙秘し続けてるらしいね。
 でももっとわからないのは、わたしの…あの人まで被害者に入っていたこと…。どうして?
 わたしたちは『恵まれた主婦の鏡』みたいにマコを決めつけていた。まあ、マコみたいに見下してはいなかったけど(笑)

 マコの裁判が落ち着いて罪を償ったら、こんどはわたしたちがもてなすから。みんなバーテンダー姿でもてなすよ。
 そのときはきれいごとじゃなく、たぶん全員、鼻水出るくらいの号泣で腹をわって話すと思う。
 まあ、それが実現したら、マコの話したいことをみんなでゆっくり聞けるようになると思うよ〟

Fin


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?