恋ひわたる恩讐【小説】 ~ミライのイジメ対策ツール~
パーン!
爆ぜる音と共に彼が跳んだ。
見上げる青空に彼が逆光のシルエットをみせ、太陽と顔が重なる。
スローモーションのように太陽を背に跳んだ彼の顔を徐々に光が照らし、わたしは見た…!
美しい青年の顔を。
…精悍な顔つきにトルマリンのような複雑な色が混ざり合う美しい瞳の色をした…。
跳びながら彼はわたしを振り返って、そして微笑んだ。
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…はあ。
どうやら私はイジメられやすい人間らしい。
小四の夏。
公園。
ひとりで昆虫をさがしていると、男性とも女性とも若年とも老齢とも判別がつかない太った人がわたしにラムネの瓶を差しだした。
「イジメなおしー」
声がとてもドラ声だった。愛嬌がある。
「イ、 イジメなおしー?」聞き返す。
「そうダヨ。これを飲めば、イジメられたと実感したしゅんかんになおるよ」
「キッチリ実感するまでイジメられるんだ…それってどうなの?」
青のセットアップに、インナーで白いTシャツを着ている。顔は本来色白なのに日に焼けたてしまったように、鼻先がほんのり赤い。
「…冤罪はよくないからね。あ、エンザイって意味わかるー?」
むずかしい言葉をつかって、有無をいわさずラムネのビー玉栓を器具で押し込み、シュワシュワ―という音とともに差し出してきた。
「どうして『なおす』の?どうしてラムネなの?」
「『なおす』というコトバにはね、正しい状態に戻すという意味もあるし、片付けるという意味もある。イジメは解決するものではなく、イジメられている人を、人としての権利を戻して、イジメた人間の異常な精神状態を片付けてしまう、そんな目的が『イジメなおし』には込められているんだ」
「ラムネなのは?」
「それは、これを見ればわかるヨ」
差し出されるキンキンに冷えているラムネ。
透き通る瓶からシュワシュワどんどん炭酸が抜けていくのが見える。
表面は結露してポタポタと水が垂れてくるのを見ていると、今すぐ飲みたい、飲まなければと気持ちがはやる。
わたしは思わず瓶を受け取り、勢いよくゴクゴク飲んだ。
〝プッハー!…ゲフッ〟
横をむくと、青いヤツはいなかった。
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小四の冬、「○○菌だー」とわたしを触った男子がほかの男子に手をなすりつけ、菌つけ鬼ごっこがはじまる。
「やめてよ‼」
数か月まえからひそかに何人かの気弱そうな女子から餌食になっていた。
ああ、次はたぶんわたしの番だ。女子たちはすぐに泣いて降参していった。わたしは耐え忍ぶタイプだから長期戦になるだろう。
イジメられる期間が長いのは嫌なので、数日前からずっと身構えていた。とうとうわたしの番がきたのを確信し、勇気を出して傘を振り回して男子達を逆に追い、首謀者の男子と共犯者男子数人を廊下のはしに追い詰めてやった。
「あんたたち!ゆるさないからね!」
怒り慣れていないのでくちびるがぷるぷるふるえた。
その剣幕を目の前に、男子達が気おされている。虚勢を張ろうと首謀者男子が一歩前にでて鼻で嗤おうとしたとき、その鼻からプウウウ…! とマンガのようにおおきな鼻ちょうちんが出た。
「エ?」
「えっ?」
…それ以降、首謀者の男子はほかの男子たちから「鼻ちょうちん」というあだ名をつけられ、「鼻ちょうちん菌」つけ鬼ごっこが女子まで参加するほど、イジメ首謀者男子への恨みが反動となり盛り上がって大問題となってしまった。
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「つい最近入塾しきたくせに、小テストですぐにアタシらの点数抜くってなんなんだよ、お前‼」
小五の春、小学校一年生から通塾している女子ふたりが、わたしのノートや文房具を捨てたり、追いかけまわしたりするようになる。
一か月後、イジメが苛烈を極めた。
とはいえわたしは淡々とした心情だった。なぜなら、入塾したばかりでも成績は塾の中で上位だった。塾とは成績を上げるものなのだから、目的は完全に達成しており、気に病むことは何ひとつない。
今日も夕方四時から六時半までの授業と、七時から夜中まで続く予定の授業の合間に、軽く夕飯を食べることにした。他の生徒は親が頃合いをみて塾に設置されている弁当置き場に弁当を持ってきてくれる。
わたしの親にはそのような考えがない。
塾にただ入れれば、自動的に有名中学に入学できると思っている。
何の情報も知らないので弁当はおろか弁当代もくれない。
もし親に弁当代を請求したとして、虫の居所が悪かったらわたしは無傷ではいられない。もちろん、この塾に入れたのは親だけれど。
だからわたしは正月に遠戚からもらったお年玉貯金をきりくずして食事をしている。今日は塾のとなりでフライドチキン二ピースと缶コーラを買った。
席に戻り紙袋から出すと、例のふたりがチキンを奪い去り下品に口にくわえた。さらにふたり交互にコーラを全力で振って振って振りまくってやり過ぎじゃないかというくらい長い時間シェイクした。そしてわたしに突きつける。
「ホーラよ!お前のために美味しく仕上げてやったよ。なるべく顔に近づけて開ければぁ?」
ギャハハハハハハハ!
「いますぐ開けろよっ‼ホラ!ホラあ!逃げんなオイ‼」
ムシャムシャ、メリメリ…クチャクチャと嫌な音をたてて略奪したチキンをふたりがむさぼる。
観念してコーラを顔の前で開けることにした。教室を汚す最低に惨めな自分を想像し、エイ!と開栓しようとした、その瞬間…二人が突然呻いて顔を真っ白にしてトイレに走っていった。
二人同時にそのまま救急車で搬送されてしまった。あとで聞いたところによると、チキンの小骨がノドにつまったそうだ。ひとりはかなり変な角度で気道に入ってしまい、緊急手術したという。
イジメられて辛いなと思うたび、似たようなことが繰り返される。
「イジメなおしー」
ドラ声がそのたびに聞こえてくるようだった。
以降…
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「え?やっーだー!あんた俳句の研究者なの?もっさい女が毎日毎日、ウチのサークルが仕切ってる学食のテーブル近くをうろついてるの、目障りなんだよねー。じゃあホラ、いまお詫びに俳句を作ってみんなに発表してよ。テキトーでいいからさー。ウケたら人気者になるんじゃない?盛り上がる鉄板のやつをひとつよろしく!」
女がクスクスわらう。大学を卒業して研究生になるべく大学院生になって一年目のときだった。
「みんなー!集まって!いまこの大学院オバサンが鉄板に面白い俳句を即興でつくるって‼」と周囲に呼びかけた直後に、彼女を壁に追い詰め壁ドンする。
「おい、三年生女子!わたしはたった二才年上だぞ。毎日毎日しつこく学食で絡んでくるなよ。大やけどする覚悟がないならヤメトケ!」
イジメなおしに遭わないよう、渾身の〝凄顔〟をしてやる。
忠告はしたぞ。
あとは知らない。
「はあ?アンタみたいなスッピンブスがアタシに反論してんじゃないよ!」
即座に肩を小突かれた。鎖骨が折れたかと思うくらい、ものっすごく痛かった。
「イジメ1ダース突破―‼」
突然…わたしと女のすぐ横で突如ドラ声が、がなり上げられた。
「はあ?」
「あ…!」
十三年ぶりに現れた、青いセットアップの太った性別年齢不詳のあいつがお祝い用のクラッカーをひとつ〝パーン‼〟と鳴らす。
「おめでとう!今この瞬間、キミは十二回目のイジメにあったヨ。人は人生に一度だけイジメられても時には苦しさで死んでしまうんだ。それくらい人権侵害をされているイジメを、十二回もされてキミは生きてる。立派なモンだ。だからお祝いをあげるヨーー‼」
「お祝い?」聞き返す。
そばにいる女は硬直している。意識もあり声は聞こえているようだが、何かの影響でどうしても動けないみたいだ。
「イジメなおしは十二回しか使えないからこれでお役目終了。でも、お祝いに、今までキミをいじめた十二人のうちの誰かを消してあげる。もしくはキミが今後イジメられたと実感した十三人目以降を全員消してあげる。ほかにも消せるよー?何を消したいかな~?」
「…十三人目以降はなぜ全員消えるの?」
「キミはイジメなおしの効果を実感すると、イジメてきた相手のために、自分をこれ以上イジメないよう警告をして頑張ってきた。でも、そもそもイジメはキミのせいじゃない。ゆがんだ幼稚な性質の人間が人の良さそうな人間を利用してやろうと惹きつけられてイジメてくる。まるで誘蛾灯のようサ。十二件ものイジメに遭ったキミの才能を活かし、今後キミをイジメなかったとしても他の誰かをいつかイジメ殺す可能性のあるイジメ体質人間をぜーんぶ消してしまおうじゃないか。これでキミはヒーローさ。それに今までの十一人は多少なりと罰を受けている…あ、このヒト以外はネ」
女は硬直したまま涙と汗をだくだく流している。
「へー。十三人目からは消えてしまう…すごい使命感をあたえられた気がする。でもこのヒトがまだ片付いていないからなー。…消すのはこのヒトか、ミライのイジメをする人かどっちにしようかなー」
わざと女に聞こえるよう声を張り、青いヤツと肩を組んで時間がゆがみ澱んだような空気の学食から出た。
…「さっきの女性は、きっともう、彼女なりに罰を受けたよね?」
外はふつうに晴れ晴れと、空は青いヤツのセットアップとおなじくらい綺麗なセルリアンブルーだった。
互いに視線を交わし、微笑んだ。
「あ、ねえ。なんでも消せるんだよね?ヒトじゃなくてもいいの?」
「イイヨ!」
「前からずっとキミにお礼を言いたかったんだ。ありがとう!だって、ひどいイジメをされても〝イジメなおし〟のおかげで今まで生き抜いてこられたよ。消して欲しいのはね…」
「ナニを消したいの?」
「わたしが消して欲しいのは…」
微笑んだまま指をさした。
「わたしが消して欲しいのは…キミ…かな?」
「え…?」
青いヤツの目の色が変わった。
「…ボクはキミのためにイジメなおしを持ってきたんだよ?それなのに、なんで?」
「感謝してる。でもキミのいる遥かミライにはもうイジメは根絶してるんじゃない?もしかしてキミは研究者みたいな立場にいて、わたしを利用してイジメの研究をしていたんじゃないか…と気づいたんだ」
「い、意味が分からないなあ…」
「おかしいと思ったのは、初めてイジメなおしをもらった時。イジメられたと確信しないと効力がないと言われたから。普通、イジメを確信した時点で、死にたくなるくらい辛いんだよ」
「…でもキミは耐えたじゃないカ。キミは特別だからこそ、おかげで何でも消していいというご褒美をもらえたんだから」
「もらったラムネの瓶は傷だらけでくすんでいた。何度も再利用された年季物。しかも、瓶の裏に小さいシールで〝2158年千葉県出土:1958年物〇〇工場製ラムネ瓶〟と説明が貼りつけられていた。瓶はずっと勉強机に置いていたのにもかかわらず、小5の正月に忽然と姿を消した。つまり、誰かがラムネ瓶を回収したということだよね」
…「座ろうか」
どちらともなく大学構内のベンチに座る。
「正直に言う。ボクがいるのは2201年のミライだ」
青いヤツが語りはじめた。
「キミの知るいわゆる『大学』みたいなところで研究者をしている。研究内容は〝イジメ〟だ。イジメは2055年に自然消滅した。殺人はもう少し早くに消滅してイル。それをわざわざ実行する人間は異常者で、即刻〝消去〟される。キミの知っている死刑というやつだ。だが、ボクがイジメを論文であつかうことになり、出土したラムネ瓶を資料館から借り出したことで異変が発生した」
「どんな?」
「ボクの周りでイジメが生まれはじめたんだ。消滅したはずのイジメが。つまり、つぎつぎと周囲の人間がボクをイジメだし、〝消去〟されていく。それがこわかったんダ。研究をすればするほど犠牲者が増える。だから、キミの時代にきた」
「ひどい!わたしの命より、イジメた人間の命を優先してる!」
「…ゴメン…でも、瓶を回収して資料館へ返却したあともキミへのイジメは続いていたよね?そこにどんな意味があるのか、ボクなりに調べたんだ」
「なにが分かった?」
「あのラムネ瓶だけ特別な存在なのは分かった。他のラムネ瓶ではなにも起こらないヨ。あの瓶にラムネを入れて飲むと、最悪十二回イジメに遭い、生き延びれば相手に勝利する。この実験は、嫉妬や羨望に無縁でお人よしで自分の価値観がしっかりしているから誰かに一方的に否定されても自分を見失わないキミが必要だったんだ」
青いヤツはみるみるしぼんでいった。まるでブヨブヨでしっとりした風船みたい。
「あなたも十二回イジメられたということ?十二人が消去された?」
「いや、三人消去された時点で最先端の計算技術で人数が割り出せたヨ。だから逃げつづけた。キミがイジメた相手が軽傷で済むよう頑張ったように。でもボクにはなにも消せない。ラムネ瓶が〝なおす〟まえに法律が〝消去〟までいかなくても嗅ぎつけてしまうから」
「ラムネの試練を乗り越えたキミには、本当に考えて消したいものを考えてほしいんダ。もちろんボクのことが許せないとしたらそれでもイイヨ」
「観念しろ!時空警察だ!!!」
いつ来たのか、さっきわたしをイジメていた十二人目の女が、なぜか銀色の宇宙服のようなもので全身をまとい、銃を彼の頭部に突きつけた。
周囲は時が止まっており、わたしたち3人以外動いていなかった。
「目をつけられていたことには気づいていたが、オマエが時空警察だったのか」
「そう。この時代で彼女をイジメればアンタが現れる思った。カンが当たって大満足よ。アンタを逮捕する!」
「時空警察が正しいとは限らない!オマエ達だって不確かな存在だろ」
「うるさい!われわれは正しいのだ!」
突如、彼が動いた。
パーン!
爆ぜる音と共に彼が跳んだ。
見上げる青空に彼が逆光のシルエットをみせ、太陽と顔が重なる。
スローモーションのように太陽を背に跳んだ彼の顔を徐々に光が照らし、わたしは見た…!
美しい青年の顔を。
…精悍な顔つきにトルマリンのような複雑な色が混ざり合う美しい瞳の色をした…。
跳びながら彼はわたしを振り返って、そして微笑んだ。
青いヤツの姿は彼を全身覆っていた防護服だったのか…?女が撃った銃に当たって、爆ぜる音とともに青い散り散りの切れ端となり表面が弾け散った。
そして、あんな何とも言えない容姿の小柄な太った青いヤツの中から世にも美しい青年が姿を現す。
うっとり見惚れていると、着地した瞬間、弾丸のように体を翻し、女に体当たりして弾き飛ばした。すぐさまそばにいるわたしの手を取り、「逃げるぞ!」 細身の体にしては、かすれた低い声でいう。
直後、猛烈に走りだし、手を引かれたわたしの足はほぼ宙に浮いていた。
しかし、女のほうも態勢をたてなおし、ものすごい勢いで追撃してくる。
自分たち三人以外は停止された時間の中を駆け抜ける。他に動いているものがないから追われるわたしたちは目立ち、断然不利だ。
「地下鉄に逃げて!」
わたしが言った。
彼はすぐに理解し、地下鉄の入り口から階段を下りていく。
わたしは地下道が得意だ。動体視力はあまりないが必死で「右!次を左!すぐ右!右!」女の視界からすぐに隠せるように直進を避ける。
「右!次ホーム下線路に降りて!時が止まってるから大丈夫だよね?」
わたしたちはホームの下の暗闇に隠れた。
一分前に女をまいたのだが、まだ安心はできない。
「ハアハアハア…」
わたしというお荷物のせいで彼の息は荒かった。
「大丈夫?怪我は?」
「大丈夫だ。キミは?」
「わたしも大丈夫。あの青いヤツの見た目はカモフラージュか何か?」
「うん。なんとも言えない容姿にしたほうが目立たないかなって。あと、この時代と俺の時代ではウイルスの種類が違うから、防護服として使っていた。あ、でも安心して。俺のいる時代には感染するウイルスはいない。つまりこっちの時代から俺の身を護るためのものだ」
「…防護服取れちゃったね」
「まあ、もともとしばらく俺の時代に戻っても、自主隔離するつもりだったから」
「そ、そっか」
ずっと見惚れていたいくらい。あまりにも美しい横顔。完璧な容姿。身体能力。
「正直に言う。ラムネ瓶のさっきの説明は真実も混ぜつつ、ほとんどが嘘なんだ」
「嘘…?」
真実というものが二転三転している。
「俺たちのいる時代は〝良い〟遺伝子を持った人間しか生まれないようになっている。容姿が良く、知性が高く、身体能力に優れ、悪い事を考えない。一番大事なのが悪いことを考えないということ。純粋で真っ直ぐスジの通った考えを持ち、親切で優しい。でも、これが遺伝子のなかでもごくごく希少らしいんだ。それが…俺の遺伝子。俺の遺伝子の中にはキミがいる」
暗闇の中で彼はわたしの両肩をつかんだ。
「俺たちは遺伝子操作で〝作成〟され、産みの親はいない。なぜなら人間にとって子供を育てることはとても大変だし、そのせいで子供が虐待され殺されることもある。だから俺たちの時代では様々な種類の遺伝子がミックスされて優秀な子供を〝必要〟なだけ生み出し、正しい環境のなかでストレスなく育成するようにしている。俺はそんな未来の人間を育成する遺伝子を研究している。より良い環境を作るために。そして俺の遺伝子のなかにキミを発見した。つまり、キミは遺伝子上の俺のご先祖というわけだ」
「は…あ」
「俺は俺の中にある〝優しさ〟〝親切さ〟の特性が他の誰よりも好きだ。だからキミに逢いたくなった。実際調べてみたら、キミは両親から虐待されたせいで自己評価が低く、度重なるイジメの中で不運にもフライドチキンの骨をノドに詰まらせて長年脳死状態になって生涯を終えていたことを知った。キミが小学校四年生のときだよ。神社の夏祭り。キミは毎年ひとりで祭りに行くのが好きだった。公然と両親から夜に出かけることを許されたからだ。いつものように祭りで売ってるラムネを手にして、チキンを食べようとしたら、同級生女子二人にラムネ瓶を取り上げられ、突き飛ばされチキンの骨がノドに詰まり、神社の植え込みの中に倒れ込んで発見が遅れて脳死となった」
ドクン!!!
心臓が裏返るような鼓動で胸を押さえる。
目の裏に、病院で医療機器につながれて横たわる自分が見える。
「女子行方不明という事件そしてイジメなど、報道で様々なキミをとりまく謎が検証されていくうちに、キミの両親からの虐待が明るみに出た。両親はそれでも身の潔白を示そうとするかのように可能な限りキミの延命措置を続けた。報道はキミの虐待やイジメを追い、キミの優しい性格を幾度となく類似事件が起こるたびに参照した。だから、言いにくいことだが…実を言うとキミはイジメや虐待の歴史的有名人なんだよ」
横たわる病床、幾度もカメラやビデオを持った報道陣が訪れていたのが見える。
どのタイミングだろう、わたしの遺伝子や卵子など、様々な要素が採取されてゆく景色も見えた。
他にも、悲しい景色が。脳死で知らないはずの景色が…臓器摘出などの処置が…。
「俺はその事実を知ったとき、キミが両親に虐待されていたことによって、イジメに鈍感になっていたことに気が付いた。日常的人権侵害。だからイジメらそうになったら、すぐにそれを自覚できる危機能力がキミには必要だと思った。自覚した時点でイジメ相手がひどい目に遭えば、優しいキミもさすがに敏感になるだろう?」
「どこだ!?お前たちが近くにいるのはセンサーでわかっている!早く出頭しろ!!」
苛立つ時空警察の女の怒声が遠くで聞こえた。
だんだんと近づいてくる。
「キミがイジメられてひどい目に遭ったことを、全部イジメ相手に返ってイジメ相手が苦しむように、プログラミングした。それを処方したドリンクを事件で奪われたラムネ瓶に入れた。キミに自分の人生を生きて欲しかったから」
女が騒々しく怒声をあげ、銃を乱射している。
騒音が急速に近づいてくる。
「…どうしよう、来るよ、あなたの身が危ない。どうしよう…」
心臓が壊れそうなくらい拍動し、震える体で彼を覆い、せめて盾となり護ろうとした。
彼は震えるわたしの両手をつかみ、自分の胸に持っていく。
「やっぱりキミは優しい。…大丈夫。俺の心臓を聞いて。俺は俺の優しさの遺伝子に気づき、キミに恋をしたんだ。会えてよかった。思っていた以上にキミはステキな人だった」
わたしの頭を包み込み、自分の胸にあてた。
あたたかい拍動。
「俺の遺伝子の中にいるキミは死んじゃったけど、タイムマシンで逢えたパラレルワールドのキミは生きている」
「…うん…?」
近づく彼の顔が無機質に美しく、そして妙に息づいて、いとおしく、自分の子供のようで、初恋のようで…。
女の乱射音があまりに騒々しく頭がおかしくなりそうだった。
彼とわたしの唇が重なった。
つよく抱きしめ合っていた。
白い白い白い白い白い…何よりも白い強い光に包まれ…そして徐々に色彩を取り戻していく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ママー!こうすけくんと先行ってるよー!」
「ハイハイ」
わたしは六歳の息子のすさまじい体力についてゆけず、こうすけくんママとのんびり公園を歩いた。
「幼稚園のバザーどうしよう」
「なんとかなりますよ」
どうしても他人にはまだ敬語で話してしまう。
「わたし、負担が多いから手伝ってもらっていいかな…」
ピリッと電気がはしる。
イジメのサインだった。
お人よしの私に「イジメたい」という衝動がどうしても生まれてしまうらしい。
それを自覚しているママ友たちが「イジメたい気持ちは分かるけどダメよ!」「よくイジメの衝動を我慢したね!」と、わたしに気づかないようにジェスチャーや心の声で我慢し合っている様子を感じていた。
「お手伝いしたいけれど、別の係で忙しいので、ごめんなさいね」
真っ直ぐ目を見て断ることができた。
彼は未来へ帰っていったのは十年前のあの時。
わたしがイジメ1ダース突破で何を〝消した〟のか、憶えていない。
とにかく彼は無事に帰っていった。
自分と出会った記憶もじきに消えていくだろうと言っていたが、これは実現していない。
…幸いなことに。
小学生の時、イジメで死ぬはずだった自分が彼と出会えたおかげで今も生き続けられている。
結婚や子育ての大変さも経験できた。
未来では結婚や育児を合理的にスルーして、好みの遺伝子の人間を何パターンか、安全な環境でこの世界をよりよくすることだけを使命に生みだしている。
もし彼のように未来人だったら…わたしならどんな使命をもって生きるだろうか。
時々そんな想像してしまう。
まずは…そう。
未来のツールを使えるなら、彼のように誰かを救いたい。
できるなら…大切な人が、大切な子供を虐待しないよう、どうしても虐待せずにはいられない異常な状態だったわたしの両親の心を…未熟で自分勝手にしか生きられなかった親たちの心を…もっともっと過去にさかのぼって、…たとえ救えなくても癒してあげたいかな。
ミライのツールで。
Fin
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あとがき
最後まで読んでいただきありがとうございました。
幼い頃、親の理不尽に苦しみました。
わたしのこどもには自分の親のようなことはしないよう、努力しています。
そのたびにフラッシュバックのように親からされてきたことを思い出してしまいます。
毒親に苦しんでいる人たちの声をSNSなどでみると胸が苦しくなります。
同じ苦しみを持つものとしてたくさん語り合いたいです。
せめてこの小説を読んで、すこしでも癒されていただけたら嬉しいです。
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