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イラストストーリー部門「エピローグ」

26618文字
 
 青空広がるビルの屋上、ジッポーライターに火をつけ、口にくわえている煙草を近づけた。
 このビル内にもいくつか喫煙所は設けられているけれど、高い場所で吸う煙草が好きだった。
 空を見上げると、雲一つない青空が広がっていて、自分が吐く煙が雲になっていくようで面白い気分にさせてくれる。
 まさか自分がこんなスーツを着て真面目に働いているなんて少し前の自分では考えられなかった。あの時の記憶が脳裏をよぎる。あの時は楽しかったな、なんて過去を振り替えっても、あの時に戻れるはずなんてないのに。でも高いところで煙草を吸っていると、過去を思い出し、懐かしさを感じさせる。だから、高いところで吸う煙草をおいしく感じる。
「ねえ今、どこにいるの。」
 耳元のイヤホンに無線が入る。
「ちょっと、また煙草吸いに行ってるわけ。」
 怒った時に出る甲高い声が耳を刺激する。
「耳元で叫ばないでくれるかな。」
「あんたがまた一人でどこか行くからでしょ。」
「まあなんて言うか。一人で考え事をしていたんだよ。」
「はい。言い訳は良いので早く戻ってきなさい。」
 あんたは門限に厳しいオカンかと突っ込みを入れようと思ったけどやめといた。
 さっきの会議では、新しい任務のための会議が行われていた。近いうちに、大きな作戦があるらしい。その準備の為、各自色々支持をされた。またしばらく忙しくなりそうで、さっきまでの楽しい思い出とは裏腹に憂鬱な気分になっていく。
「早くしないと、また私たちだけ遅れちゃうよ。」無線先のオカンが言う。
「わかったって。早めに戻るよ。」
「あんたはね、煙草休憩が多すぎるのよ。それにこの前の」
 無線のオカンが説教を始めたので静かに無線を切った。
 段々と熱くなっていく、六月下旬。
 煙草の火を消し、次の任務のため動き出す。

2016年 某日 第三区 某所
「行ってきます。」
 泉あまねは、玄関から元気よく家を出た。毎日学校へ登校することを、少し面倒と思う人は少なくない。しかし、泉にとって学校は憩いの場だった。好きな人がいて、大好きな友達もいる。
 泉はスクールバックを肩にかけ住宅街を歩いていた。今日は、好きなプールの時間がある。しかし天候はあいにくの曇り。延期になりかねない天候だった。
「あまねちゃん、おはよう。」
 隣のクラスの天宮寺しおりと会った。天宮寺は栗色の髪の毛が特徴的で、日焼け姿が似合うスポーツ系の女子生徒だ。そんな天宮寺とは小学校からの付き合いで家も近いことから、一緒に登校することが多い。
「あまねちゃん、今日のプール出来るかな。」
「できるよ、きっと。だって私は晴れ女だから。今日もきっとこれから天気が良くなるよ。」
 他愛のない話をしていた。泉が急に立ち止まった。
「どうしたの。あまねちゃん。」
 心配そうに天宮寺が振り返った。
「ううん。なんでもない。」
「そう。」
 天宮寺が先を歩き出した。あまりにも泉がついてこないので天宮寺は、後ろを振り返った。
「あれ。あまねちゃん。」
 天宮寺はもとから一人だったのかと疑ってしまうくらい、後ろには人の姿がなかった。
 これが第一の犯行だった。

2018年7月3日。第三区 防衛軍 会議室。
 会議室には、多くの女性隊員が集まっていた。ほとんどが、二人一組のペアになっていて、その中、根本が暗くなりかかった金髪姿の四宮いつきは、一人で椅子に座っていた。
「ねえ。知ってる、四宮さんのパートナー。」
 誰かが小声でそんな会話をしているような気がする。周りを見ているとなんだか寂しい気持ちになる。自分にも早く素晴らしいパートナーが欲しいと思っていた。
 四宮いつきのパートナーは先日殉職した。四宮が防衛軍に入るきっかけにもなった人だし、軍の中で一番憧れていた存在でもあった。この仕事に入って殉職する人は少なくないが、いざ自分のパートナーがいなくなると、いたたまれない気持ちになる。周りの隊員が羨ましい。
 ここ防衛軍は、国をあらゆる危険から守るために設立された組織だ。テロリストの襲撃や政治家の護衛、国の治安維持などやることは多くある。その中で四宮が配属された第三区は、女性のための街だ。第三区部隊長が女性ということもあって、女性第一の街となっていった。
 9時50分になり、みんなが席に着く。会議室前方に置いてある大きなホワイトボードを見つめる。この年でも学校みたいなことをするのだなと感じる。元上司の姿を追ってしまうのはまだ心に未練がある証拠なのだろうか。
 10時になると、前方のドアから三人の女性隊員が入ってくる。それに合わせ、他の隊員が立ち上がる。四宮から見て右から副隊長、部隊長、部隊補佐官だ。部隊長が手で座るように促す。
「では、会議を始めましょうか。」
 第三区部隊長、榛名みれいが言う。カールが巻かれている髪型に上向いた長いまつ毛力強い目を持つ榛名は、唯一女性部隊長で自分の好みの女性を部隊に集める癖がある。その為人情があって、隊員たちへの気遣いが良いことで評判だ。
「それでは、あんなちゃん、説明をして。」
 部隊補佐官、雨宮あんな。ピンク色のボブヘアに小さな口、それと対照的な大きな目。椎名が喜んで部隊に入れる理由がうかがえる。猫のような可愛い顔して気が強そうなところを椎名が目をつけたのだろう。彼女は最近入ってきた隊員だが、もう既に役職をもらうあたり優秀な人材だ。なんせ彼女の入隊試験の成績は、女性の中で過去一良かったらしい。
「はい。ここ第三区では二年前から、10代から20代前半までの若い女性の失踪事件が相次いでいます。はじめは警察官が調査をしていましたが、警察の方では手を付けられない事案であると判断し、我々が調査することになりました。つまり犯人は討伐対象へ移行しました。しかし一方でまだわかっていることも少なく、これから地域の警察と協力しながら事件解決へと向かっていこうと思っています。」
「そうね、女性をターゲットって言うのが、気がかりね。」
 警察と防衛軍の違いは逮捕するか、討伐するかだ。大体、こういった事案は警察の仕事だが、ここまで話が来ることは相当でかい話らしい。下手すればこの中からも失踪者がでるのかもと四宮は周りを見渡した。自分のパートナーを失った悲しみからそんなことを考えてしまう。
「あの。いつきちゃん聞いてる。」椎名から指摘された。
「あ、失礼いたしました。」つい考えに耽ってしまっていた。会議室内が四宮を見る。
「あんまり、無理しないでね。」
 椎名は優しく声掛けをしてくれた。自分は立ち直ったつもりだったが、やっぱり心のどこかで、まだ引きずっている。早く新しいパートナーを見つけなければと焦ってしまう。

 一通り事件の概要や役割を告げられ、会議室は解散となった。しかし、四宮だけは会議室に残された。他の隊員が出た後、会議室には自分と椎名、雨宮、副隊長の福井が残っていた。
 椎名は眉尻を下げながら四宮の心身の心配をした。
「あまり無理しなくて良いんだよ。」背中をさすってくれるあたりお母さんを感じてしまう。
「いえ、大丈夫です。先ほどは少し上の空だっただけなので。それで用っていうのは」
「まだいつきちゃんは心の傷が癒えていないと思うから代わりに違う任務を与えます。」
「はい、四宮さんには、今回ある人物の護衛をしてもらいます。」
 なんだか自分が除け者扱いされるみたいで少し嫌だったが、今の自分にとって周りから心配されている優しさが嬉しいのと、もしこのまま自分が前線に出て周りの足を引っ張ってしまうことになるよりはましかと思い、この依頼を引き受けた。

2018年、7月25日。第三区 私立鷹宮女子高等学校 保健室。
「これで、引継ぎは以上になります。」
 花束を両手に抱え、目をはらした若い女の先生がお辞儀をした。
「うちの生徒はちょっとしたことですぐ保健室に来て、それから保健室をたまり場にするんですよ。自分でもダメだと知っているのに、可愛い子が多いのでつい許してしまうんですよ。きっと新米教師には迷惑になってしまうかと。」
 この女性は、多くの生徒に愛されていたのだなと一目見た時から感じていた。
「いえ、迷惑なんて。私も早く木下先生みたいにみんなから愛される先生を目指したいと思います。」
「あら、いやだ。四宮先生ったらお世辞が上手ね。」

 四宮いつきは二学期から保健室の先生として働くこととなった。前任の木下ゆき先生が産休に入るからだ。木下先生はみんなから好かれていた。その為、終業式があった今日、多くの生徒が花束を持って保健室に訪れていた。木下先生が産休に入ることを知った生徒たちは、木下ショックを受けたらしい。確かにこの先生が好かれる理由は多々ある。まず、可愛い。自分が男だったら、こんな女と付き合いたいと四宮は思ってしまう。黒縁眼鏡の向こうに大きいビー玉のような目と小ぶりな唇、綺麗に整えられた髪。小柄でスラっとしていて、優しい。150センチ代だろうか。小動物みたいな人だ。一方、四宮は170センチの身長と先日染め直した金髪だ。多くの生徒に愛されるか不安になってしまう。まあ別にそれは関係ない。
 
「それでは、四宮先生。あとはよろしくお願いいたします。」
 目をはらしながら保健室を出ていった木下先生。四宮は保健室にある自分の椅子になるものに座った。背もたれに身体を預け、桜の刻印がされているジッポ―を見上げた。金色のボディにピンク色の桜の花びらが刻印されているジッポーライター。
「四宮先生か。」
 自分が先生って呼ばれるときが来るなんて夢にも思っていなかった。なんだか少し頬が緩んでしまう。

 先日の会議の後、四宮は護衛人と自分の配属先を言い渡された。まさか学校の先生になれと言われるとは思ってもいなかった。少し自分が楽していいのかと言う罪悪感があったが、気持ちの切り替え期間と椎名に言われた。今回の護衛は、依頼人と護衛人しか自分の正体を知らない。他の人から見たら自分はあくまで代理の先生だ。

 保健室のドアが弱々しく叩かれる。姿勢を正し、入室を促した。
「失礼します。」
 入室してきたのは、車いすに乗った如何にも病弱そうな少女だった。なにかいつも困ったような顔つきをしていて、黒髪の肩まで伸びたセミロング、制服から白い手足が見える。綺麗な手足だ。
「あなたが、小柴さえさんね。私は四宮いつき。知ってると思うけど、私は防衛軍第三区所属で今回あなたの護衛を任されいるの。」
「はい。存じております。この度はよろしくお願いします。」
 だいぶ落ち着きのある子と言う印象だった。
 小柴さえは、第三区議員小柴たまよの一人娘だ。防衛軍は、税金から給料が出ている為、政府の役人以外の個人の護衛などはしないが今回は特別な措置らしい。理由は一般隊員の四宮は知らされるわけがない。聞かなくとも何となくやましい事情があるのだろうと勘ぐってしまう。
「いえ。こちらこそ。これからよろしくね。」
 長い付き合いになるであろう彼女に悪い印象は持たれたくなった。明るい調子で言ったが、慣れないせいかぎこちない。
「これからしばらくは私がついていて、窮屈かもしれないけど、まああんまり気にしないでね。」
「そのつもりです。」
 淡々とした会話が続き、沈黙が訪れてしまった。
「はい。どーん。」
 そこへ勢い良くドアが開かれ活発そうな女子生徒が入ってきた。
「さえちゃん、ここにいたのか。」
 その女子生徒は、慣れた手つきでさえの車いすを引き始めた。
「あっ。ちょっと。まだ話している途中なんだけど。」
「いやいやいや。さえちゃん。お互い気まずそうに沈黙していたじゃないの。」
 彼女はいったい、いつからいたのだろうか。初めから教室の外で待機していたのか。
「あ。私、早苗りさ。彼女と一緒で高校三年生です。」
 子犬みたい、我が強そう、これらが四宮が持った早苗に対しての第一印象だ。彼女は、ツインテールにピンク色のインナーカラーが入っていて、黒い小さな翼の生えたリュックを背負っている。現代の若者感がある少女だ。最近では地雷系とでも言うのか。そういった最近のファッションなどには疎い四宮だ。まあ25にもなれば、若者から徐々に離れていく年齢だ。
「じゃあ、さえちゃん。せっかく早く学校も終わったことだし。行こうかスタバ。」
「え。またスタバ。」
「そうそう。スタバだよ。スタバ。なんか新作が出たらしい。」
 そう言って、早苗とさえは教室を出て行こうとした。
「あ。私が家まで送るので、ご心配は無用です。それでは、これからよろしくね、四宮先生。」
 早苗は嵐のようにそそくさと彼女を引っ張って保健室を出て行ってしまった。彼女たちの微笑ましい会話を見ているとなんだか昔の上司のことを思い出してしまう。一人取り残された四宮は、ポケットに入っていたジッポを見つめ、心にあいた溝が深くなっていくようでより寂しい気持ちになった。

2018年7月同日。第三区 防衛軍 射撃訓練場
 体育館のようなホールに銃声が響き渡る。
 しばらく銃を使う機会がないにしろ、使ってないと感覚を忘れてしまう。小説家だって、三日執筆しないと、感覚を忘れてしまうというわけだし。四宮は日課の射撃をしていた。ハンドガンの腕前には自信があった。実際防衛軍に入れたのも、ハンドガンの腕前を買われたそう。
 金髪を一つにまとめ、自分のテーブルの上にオートマトンピストルやリボルバーなどのハンドガンが並べた。色々手に取り自分の感覚を確かめる。
「やっぱり、君の腕前は一流だね。」
 銃声と共に頭の奥から響く声に、自分の気持ちがあらぶってしまう。何発か的から外してしまった。ここのところ自分の集中力のなさが嫌になってしまう。少し早いが四宮は、自主練を切り上げた。
 ヘッドホン型の耳栓を外すと、雨宮部隊補佐官がいた。
「やっぱり、すごいですね。集中力が。」
 自分ではダメダメだと感じていたが、彼女にはそう感じたらしい。
「いや。今日は何発も外してしまって。全然ダメでしたよ。」
「やめてくださいよ。敬語は。私の方が年下ですから。」
 雨宮は、四宮より年齢こそ低いものの、階級は彼女の方が上である。
「どうでした。初めての学校勤務は。小柴さんとはこれから仲良くやっていけそう。」
「いや。特に今日はこれといったことはしなかったから。」
 保護メガネにヘッドホン姿の雨宮を射撃場で見るのはなんだか新鮮な気分だった。知らぬ間に射撃訓練を終えたのだろうか。
「今回は、四宮さんは護衛と言うあまり出番がない役回りになってしまったけど、あまり気落ちしないでくださいね。」
 射撃訓練場で鬱憤を晴らしているように見えたのか、20歳そこそこの雨宮は気が回るあたり良くできている。
「いや、私はこれいつもしていることだから。」
 決まった時間ではないにしろ、毎日通っていたら一度は会うはずなのに、雨宮が射撃練習をしていないのがわかってしまった。
「ところで四宮さん。せっかくですし、学校が始まるまで警察の方へ足を運んでみたらどうですか。警察との交流もかねて。彼らは、私たちに仕事を取られて少し怒り気味かもしれませんが、きっとまた新しい何かを発見できるかもしれませんよ。」
 暇しているのなら少しは働けと言っているのか。目の前の女は何が言いたいのか少しわからない。
「それに、護衛人、小柴さえさんと遊んだりするのも、コミュニケーションの一環として良いのかもしれません。」
 私は、子守りかと防衛軍の一員としてそんなこと許されるのかと思ってしまうが、上司の言うことを否定できないあたり四宮らしいと言えそうか。
「はい。少し考えてみます。」
 雨宮は、微笑みを四宮に向け踵を返した。彼女は、いったい何を伝えたかったのかよく分からないが、良くできている人間だと感じた。

2018年8月1日 第三区 某所 夕刻
 一人の女子生徒が最寄りの駅から家へ帰ろうとしていた。部活後、友達と少し電車に乗って繫華街に買い物をした帰り道だった。
 最近この辺りでは、失踪事件が多発していたが、まだ時間は夕方。明るいし、このまま家へ帰ったとしても、日はまだ落ちない計算だ。女子生徒は完全に油断していた。
 紙袋をぶら下げて、自分の影を追っていた。その時後ろに妙な気配を感じた。振り返っても誰もいない。丁度、住宅街に差し掛かったあたりだ。
 家までの距離はそう離れていないし、何かあったら近くの家へ飛び込めば問題ないと思っていた。女子生徒は、少し小走り気味に帰路へ向かう。後ろは見えないものの何となく、その姿が近づいているように感じる。足を速める。
 しかし、何者かに追いつかれてしまった。そして首を後ろから捕まれ、段々とその手が強く握られる。息が全くできなく、助けも呼ぶことはできない。意識が飛びかけた。
「ちょっと。何してるの。」
 二人の女子生徒が正面から現れた。一人は車いすに乗っていて、もう一人は車いすを押している。
「え。なに。何しているの。」
 二人とも震えているのが分かる。当然だ。漫画などの創作物なら犯人につかみかかるかもしれないが、突然のこの状況に困惑を隠せない。一人冷静な手の主は舌打ちをして、思いっきり生徒をなぎ倒した。
「あ。ちょっと。りさ追って。」
 車いすの少女が後ろの少女に指示をした。しかし、彼女の足が遅かったのと、判断が少し遅れてしまって、犯人を取り逃がしてしまった。
「大丈夫。」
 自分の手が震えているのに、車いすの少女は道端に倒れ込んでいる被害者に声を掛けた。
「あ。あ。。。え。」
 被害者の声は震えていて、声を出せていない。犯人を追っかけていた少女が戻ってきた。
「りさ、早く警察に連絡して。」
「う。うん。」
 犯人を追っかけていた女子生徒は疲れが残っているのか、それとも恐怖におびえているのか、脚が震えていた。
 彼女たちの出現で事なきを得たが、被害者には心の傷が残った。

2018年8月2日 第三区 鷲宮警察署 署内
 本格的に暑くなり始めた、八月。連日過去最高気温と報道があるが、そこまで対して変わらないじゃないか思ってしまう。それにセミの声がうるさい。
 あの日、雨宮に言われ警察署に連絡したらこの日を指定された。最近の四宮は他の隊員がせっせと事件解決のため動いている中、家と学校を行き来している毎日だ。それに今日だって、熱くて外には出たくない気分だった。なんて堕落した毎日を送っているのだろうか。
 警察署に着き、約束をしていたことを告げると、クーラーが効いたちょっとした取調室に案内された。確かに、誰にも話を聞かれない密室を指定したのは四宮の方だが、こうして取調室に連れて来られるとなんだか悪いことをしたように錯覚してしまう。
 カジュアルなビジネススーツを着ていたが、ジャケットが熱い。部屋に着くなり一目散に脱いだ。案内した女性警察官が飲み物を持ってきてくれた。氷の入った麦茶。女性警察官が「少しお待ちください。」と一言告げ、部屋を出て行ったのと同時に四宮は一気に麦茶を飲み干した。それくらい今日は暑かった。
 警察官が出て行ってから、長い時間待たされた。私は、防衛軍で警察官より一応身分は上なんだけど、どんだけ待たせるのかと四宮は警察が来てから言ってやろうと思ったが、彼女にはそんなこと言える度胸がない。
「いやー。すまないね。」
 どれだけ待ったのだろうか。部屋には時計がなかったので分からなかったが、かなり待った。しかし、入ってきた男性警察官は悪びれる様子もなく、四宮が通された部屋に入ってきた。そんな態度を見て四宮は、イラついていた。
「いや。今日は、立て込んでで。あ、麦茶のお代わりいる。」
 その男は、中島と自己紹介した。ここの地区では珍しい男の警官だ。何か格闘技をしていたのか耳がそれを物語っている。それにガッツりとした体形に坊主頭。太い眉毛が達磨を想起させる。
 彼は聞いてもないのに、最近の警察内事情や天気、最近食べたものなんて言ってくる。それをただ愛想笑いでしか返せないのが、四宮らしいと言うべきか。
「ところで、姉さん、聞いた。昨日の話。」
 お代わりの麦茶が運ばれも、まだ世間話を続けるのかと思っていた。
「いえ。なんのことでしょうか。」
「おたく、防衛軍でしょ。まだ話いってないの。」
 男がいぶかしげにこちらを見てくる。
「いえ。私のような一般隊員には、そのような話が回ってくるのが遅いので。」
「いやいや、姉さん。今日の朝のニュースでもやっていたよ。」
 朝、テレビを見る習慣がないので見落としていた。何かトラブルでもあったのか。
「昨日、誘拐未遂があったのよ。」
 意表を突かれた。そんなことを見落としていたのか。まだまだダメだなと思った。
「昨日、夕方、第三区で女子高生が後ろから首を絞められたって通報があってね。ほら連日若い女性が行方不明になっているわけじゃん。すぐ防衛軍も来て、現場は騒然。被害者女性とそこに居合わせた女子生徒二人は、防衛軍に取り調べを受けて我々警察官はやることが無くなってしまったのよ。」
 中島は両手を広げ困ったような素振りをしていた。
「そして、今日我々の出番だったわけだけど。彼女たちいくら若いと言っても、二日連続取り調べでその上同じ話を繰り返しているわけだから、そこまで長い時間拘束するのは申し訳なくて、あまり詳しい話は聞けなかったのよ。それによ。現場に居合わせた女子生徒二人のうち一人は車椅子だったから。それにも申し訳なくて。」
「車いすの少女。」
 自分でも大きな声が出てしまったと思ったが、あまりにも意外な人物が挙げられた。
「どうした、姉さん。何かあったのか。」
「あ。その子ってセミロングで知的な雰囲気出てて、いつも何か困ったような顔している女の子ですか。」
「あら、姉さん知り合いかい。」
 男が興味ありげに訊ねてきた。いくら公務員だとは言えこの男をどこまで信じていいのかわからなった。その為、曖昧な返事で返した。
「ちなみに、その女子生徒と一緒にいた子ってツインテールでピンク色の髪の子でした。」
「そうそう。なんか子犬みたいな子。」
 どうしてあの二人が事件に居合わせたのか。そして四宮が護衛を任されたにも関わらず危険な目に合わせてしまったことが、彼女の油断だった。
「詳しいことは聞かないが、姉さん。もしその二人と知り合いならちょっと注意してくれないか。二人は夕日の逆光で顔は見えなったと言っていたが、犯人が逃げ出した時、ピンクの子が追いかけたらしい。勇敢なのは良いが、それは危険な行為だって。もう犯人は、警察じゃ手に負えない人物なんだって。」
 さっきまで暑がっていた四宮の背筋が凍った。早苗は、しばらく犯人を追いかけていたらしい。その間、さえはどうしていたのか。もし、さえが一人になった時に攫われていたら。考えるだけで、ジャケットを羽織りたくなってしまう。
「わかりました。今度会った時厳しく言っておきます。」
 四宮は早くあの二人に会いたかった。もっと詳しく話を聞きたかったし、さえにもしものことがあったらと。
「ところでよ。ここからは、勝手な警察の推理だけどよ。犯人は何かしらのコンプレックスを持っていると思うんだよ。」
 頭をボリボリ搔きながら、今までの事件の概要と自分で立てたであろう推理を話し始めた。
「なんか見る限り、姉さん、あんまり前線タイプではないから言うけどよ、事件の被害者全員黒髪の少女なんだよ。」
 確かに言われてみればそうだった。
 最初の被害者は、15歳の中学校に通う少女だった。朝、学校へ向かう際中行方が分からなくなった。彼女も黒髪。
 次は24歳OL、会社を出てからの帰路中に行方が分からなくなった。これも黒髪。
 三人目も黒、四人目も五人目も。
「これは、誰にも言えないけどよ、過去の事件などを遡った時に妙な事件が出てきてよ。」
 中島に緊張が走っている。きっと自分で見つけた事実を誰かに話したいのだろう。
「詳しい場所まではわからないけどよ、第三区のどっかでずっと昔に鬼の美しさを崇拝する新興宗教みたいのがあったらしくて、そこでどうやら人食いがされていたとか。」
 確かにオカルト的な確証のない話は誰も取り合ってくれなそうではある。だが、中島の話の類は四宮が苦手とするものである。
「黒髪とこの新興宗教。これらは事件に関わっていると思うんだよな。俺の予想だと、既に行方不明者は。」
 ここから先はあまり聞きたくなかった。嫌な空気を感じ取ってか中島は、少し声のトーンを上げた。
「まあ、とりあえず今度二人にあったら言ってくれ。これから妙な真似はせず、自分の命を守れと。特に車いすの少女は確か黒い髪の毛だったよな。気をつけるようにと。」
 ここまでの話はあくまで中島の推理、予想にすぎないが黒髪と言う共通点がさえにもある。護衛と言っても軽い話じゃなくなってきている。気持ちを引き締めた。
「はい。中島さんの話。参考にさせていただきます。今日は貴重なお時間ありがとうございました。」
 そして四宮は、中島に挨拶をして警察署を後にした。警察署に来たのは無駄足ではなかったと四宮は思った。そして今何よりあの二人に会いたい。ポケットに入っているジッポを力強く握りしめる。

「あ。先生だ。」
 そう思っていた矢先、警察署の前にあの二人がいた。何やら二人は話していたが早苗は四宮を見るや否や疲れを感じさせない風に手を振っている。
「先生も警察署に用があったんだね。奇遇ですね。」
 底抜けに明るい感じ、若さを感じる。
「先生も暑いから一緒にお茶でもしましょうよ。」
 早苗の提案はいち教師として受けてはいけないのだろう。生徒と先生が個人的なやり取りをするのは良くないことだと思う。しかし、今の四宮は暑さのせいか考えるほど頭が回っていなかった。
「そうね。あなたたちにも少し話してもらいたいことがあるし。」

2018年9月19日 第三区 私立鷲宮女子高等学校 保健室。
 新学期が始まって、二週間過ぎていた。事件はまだ続いている。
 保健室では、静かな時間が流れていた。初めのうちは、木下先生の影響もあってか保健室をたまり場にする女子生徒が何人かいたが、徐々にその数は減っていった。金髪の保健室の先生は、少し近寄りがたいし、あまり生徒に干渉しなかった四宮が恐怖の対象になっていってしまっていた。
 来訪者がいない保健室で、天井にジッポを掲げながら四宮は考え事をしていた。
 
 警察署で二人と会った後、四宮と早苗とさえ三人で喫茶店に入った。女子高生二人はかき氷を頼んで、四宮はアイスコーヒーを頼んだが、二人の食べている姿を見てかき氷を頼んでしまった。
 二人は、中島が言うように逆光のせいで顔は見ていないと言う。でも身長は少し小さめで、フードを被っていたと言う有力な情報を手に入れた。今の四宮は、前線から外れている為そういった細かい情報でもありがたい所存だ。
「ねえ先生は、なんで警察署にいたの。」
 早苗は好奇心旺盛だ。こういったことをずかずか聞いてくる。
「まあ、うちの生徒が事件に巻き込まれたっていうから。」
「それだったら、担任の先生が行けば良くない。なんでわざわざ新米の先生が行くわけ。」
 妙に勘の鋭い子だ。さえを見ると何も知らない風にかき氷を食べている。
「いや、私がさ、家から近かったから。他の先生も一応夏休みなんだし。」
「教師って自分の学校の生徒が、今世間をにぎわす事件に巻き込まれたって言うのに、そんな理由で新任教師を来させるわけ。結構薄情なんだね。」
 何も言えなかった。自分の浅はかな言い訳が首を絞めてくる。
「りさ。あまり先生をいじめないの。」
 ここでさえが助け船を出してくれた。
「そうよね。つい先生を見ていると何か言いたくなっちゃうって言うか。まあここは先生の奢りらしいからもうこれ以上何も聞かない。ごめんね、四宮先生。」
 なんて図々しい子なのだろうか。確かにここは一番年上である四宮が会計を持つつもりでいたがこうも言われると払う気も失せる。でも、女子高生にじゃあ払えって言うのも大人げない。
「そういえば、早苗さん。あなた犯人を追ったのですって。」
 苦虫を嚙み潰したような顔をしている早苗。
「それは、まあ。咄嗟の判断と言いますか。」
「それこそ、今騒がれている事件なんだから、いくら犯人を見つけたからってそういった危ないことはしないこと。警察の人も言ってたよ。」
 さえの護衛だからと言って他を無視するわけにもいかない。それだと後味が悪い。それにもう警察では手に負えないと言っていた。そこまで重大な問題へとなってきている。
「はい。すみません。」
 素直に謝ってくれるあたり、まだ可愛い気がある。そんな様子をかまうわけなくさえは、かき氷を完食していた。

 あの一件から彼女たちと共にすることが多くなった。元はと言えば、護衛なんだから彼女の下にいなくてはならないはずだけど、おろそかにしていたのは、事実だ。
 それに保健室をたまり場にするようになったのは、二人だけである。
「先生、暑い。クーラー下げて。」
 今、四宮を困らせている問題はもう一つある。それが早苗の存在だ。早苗とさえは仲が良い。車椅子を率先して押すのも早苗だし、夏休みの期間もいつも一緒に行動していた。しかし、いくら仲が良いと言ってもさえと四宮の関係を早苗にばらすわけにはいかない。一応私たちの関係は国家秘密であるから。早苗に話したことをきっかけに世間にばれてしまったら、防衛軍にバッシングが向く。噂っていうのは、小さなところから始まる。
「あんた。授業行かなくていいの。」
 それに二人の仲の良さは正直異常だ。さえが授業受けず、保健室にいることは護衛対象を守れる意味では良い。でもさえが授業休むと早苗も必ずサボる。全てをさえに捧げている。
「いいの。いいの。つまらないし。こうやって涼しいところでゴロゴロしている方が楽しい。」
 保健室のベッドでゴロゴロしながら早苗が答える。ここは友達の家じゃねえって言いたくなる。
 そんな調子の早苗を見て、さえもさえで何とも思ってないらしい。親友なら少しは注意くらいしろって思う。
 椅子から立った四宮は、早苗の寝ているベッドの方へ歩き出す。その様子を本越しにさえが見ている。
 うつ伏せでスマートフォンを見ている早苗のお尻を思いっきり叩いた。
「いったぁ。」
 両手を叩かれたお尻に手を当てている。いい気味だ。
「ちょっと。先生が生徒に暴力を振るなんて信じられないんだけど。」
 あまりの怒りっぷりに四宮は少しうろたえた。
「あんたが授業行かないからでしょ。」
「あんたは、オカンか。そんなこと言ったら、さえちゃんだって行ってないのは良いの。お尻叩かないのは卑怯だよ。」
「小柴さんは良いの。」
「ええ。セコいよ。」
 あまりの理不尽な言いがかりに早苗は、頬をふくらましている。その様子を見ていたさえは、クスクス笑っている。
それから早苗は、四宮に対して反抗的になっていった。当然の報いである。

 まず、保健室を占領された。鍵を掛けられ、四宮が追い出される形となった。
「さえちゃんが無事だからいいでしょ。」と訳の分からないことを言っていた。まあでも早苗の言い分は一理ある。その日は別の教室で暇をつぶした。
 次に保健室にテレビゲームを持ち出した。「さえちゃんがやりたいって言うから」と無茶苦茶な理由だ。早苗がプレイをして、さえが隣で見ていることが多かった。あとでわかったことだが、テレビゲームはさえの物らしい。
 さえを階段から落とそうとしていた時もある。いつも車いすに乗っているさえは、自分でも車いすを操縦できるが、大体早苗が車いすを押している。四宮がさえの様子を見に、三階の教室へ向かった時、二人は教室から出てきた。早苗は、四宮と目が合うと車いすを思いっきり押しはじめ、階段近くで急停止した。流石に四宮も彼女の非常識さに怒鳴ろうかと思ったが、本人たちはケラケラ笑っていたので何も言えなかった。
 極めつけは、煙草だ。どこから持ち出したのか、保健室で煙草を吸おうとしていた。それはさすがに四宮も止めた。いくら何でもやりすぎである。
こういった早苗のイタズラは毎日行われた。さえはその様子を黙って見ていたり笑っていたりしていた。初めは付き合っていたが、徐々に億劫になっていった。早苗のガキっぷりには脱帽である。

 そんなある日、突然早苗は保健室に顔を出さなくなっていった。さえが保健室に来ても、早苗は来なかった。いつも二人で行動していたイメージが強かったから、さえだけ見ると少し前の自分を見ているみたいで辛かった。早苗は朝と下校時のさえの送り迎えの時だけ保健室に来て、「じゃあね。先生。いつもさえちゃんをありがとう。」なんて意味深な言葉を残して帰っていく。深刻そうな顔をしている彼女をみるが珍しかった。
 それからというものの、早苗は人が変わったように保健室に顔を出さなくなっていった。心配になって、早苗の教室をのぞくとしっかり授業に参加している。
 いったい彼女の身に何があったのか、さえに聞いてもわからないの一点張りだった。

2018年10月12日 第三区 私立鷲宮女子高等学校 
 ここ数日、保健室で一人で過ごすことが多くなった。初めの頃は多くの生徒が出入りしていたが、数週間で早苗とさえしか訪れなくなり、とうとう早苗も来なくなった。さえは、授業以外は、顔を出してと言ったがそれ以外は基本来ない。
 初めは、うっとうしく感じていた早苗だったが、こうも来なくなると保健室が静かで心細い。
「先生。助けて。」
 放課後、突如知らない番号から電話がかかってきたかと思ったら、早苗の携帯番号らしい。
「どうしたの。早苗。」
 聞いてもうろたえたような声しかかえって来ない。
「私今、自分の教室にいるの。早く来て。さえも私も殺されちゃう。」
 やっぱりさえも一緒なのか。彼女の怯えぶりに胸騒ぎがした。
 突如の電話。助けを求める声。もしかしたら、件の犯人が学校を特定して彼女らを襲ったのかもしれない。そう多い立った時、自分のカバンの奥から愛用のリボルバーを取り出した。
 また誰かが死んでしまう。不安に駆られた。短い期間だったけど、さえはもちろん、早苗にも情はある。
 階段を一段飛ばしで駆け上がる。途中、こけて左足が擦れたけど、それどころの問題ではなかった。今の四宮は、早くしないと二人が何者かに殺されてしまうそう感じていた。
 早苗たちがいるはずの教室に着いた。しかし、人の気配は全くしない。もう手遅れか。
 ゆっくり教室に入る。自分の校内用の靴が脱げているのに気が付いた。教壇の前に立った時、にっこりと笑みを浮かべている早苗が現れた。
「やっぱり、来てくれたんだね。」
 電話口とは、全く異なる声音。今の彼女は、何かを企んでいるようだった。
「来たって。何かあったんじゃないの。」
 自分の声の強さに驚いた。
「もう遅いよ。」
 激昂している四宮の声とは裏腹に早苗の声は、冷静である。
「小柴さんは。小柴さんはどこにいるの。」
 銃を片手に持つ四宮の声が、怯えていることに気が付く。
「さえちゃんならもういないよ。私が食べちゃった。」
 ごく自然に食べたと言っている彼女の言うことに理解が追い付かない。彼女が段々と恐怖の対象に思えてくる。四宮は左手のリボルバーの引き金を引く。
「四宮先生。そんな怖い顔しないでよ。」
 四宮の顔から血の気が引いていく。
「四宮先生が防衛軍の一員で、さえちゃんを守っていることなんてとっくに知っていたし。行方不明事件を追っていることも知ってたよ。」
「あんたにはそんなこと関係ないでしょ。」
「そうね。もう関係ないかな。やっと確証持てたから、もうすべて終わらそうと思って。それにどうせ殺されるなら、先生の手で殺してほしい。」
 目の前の悪魔に銃口を向ける。もう彼女には抵抗する気配を感じない。寂しい気持ちはあるけど、一瞬のためらいが命取りだ。トリガーを引こうとした。

「りさ。もうそここまででいいんじゃない。」
 さっき四宮が入ってきた扉から車いすに乗った少女が現れた。
 緊迫していた四宮の思考が停止した。
「だって、先生の顔がみるみる絶句していくから面白くて。」
 さっきまで悪魔のような笑みを浮かべていた早苗は、カラッと噴き出して大声で笑っている。
「いくらなんでも全部信じすぎだよ。」
 このガキ本当に撃ち殺そうかと四宮は思った。
「そんな怖いこと考えないでよ。ただのドッキリ。イタズラ大成功だよ。」
「あんたね、本当に洒落にならないよ。こういうの。」
 涙を流して笑っている早苗、その横にさえが苦笑いを浮かべてやってくる。この二人で計画していたドッキリっていうことに段々と気が付き四宮は、さえも憎たらしくなってきた。
「ところで、四宮先生は何も気がつかないの。」
「さえちゃん。危ないよ。今、先生はさえちゃんにも銃向けそうだから。」
 爆笑している早苗の隣で、さえはじれったそうに四宮を見つめている。何かって言われても、やっとドッキリと言う状況を把握してきたばかりなのに、これ以上何を求めているのか、この二人は。今日は私の誕生日だっけ。
「ぶふぉ」
 笑いが収まりかけていたのにまた噴き出していた。一回うるさい早苗の頭を叩いた。
「もう、さえちゃんダメだよ。」
「そうね。りさ。」
 二人は意を決したように四宮を見つめた。さっきまでと違い、真剣な眼差しだ。
「四宮先生。これから私が言うことは、ふざけているわけではないので、真剣に聞いてください。」
 急に真面目な口調に早苗がなるから、四宮の感情が追い付かない。
「私は、人の心が読めるの。」
 目の前のハーフツインの彼女の言うことをまだ信じられない。
「これは、本当。私には、人が何を思っているのか心の中を知ることが出来るの。だから、私ははじめから先生の名前を知っていた。」
 確かに言われてみればそうだ。四宮ははじめ早苗と保健室であった時、早苗には名前を言っていないにも関わらず、早苗は「四宮先生」と言っていた。しかし、さえが予め教えていた可能性もある。
「さえちゃんが予め教えていた可能性もある。んね。今こう思ったでしょ。」
 ニマニマしている早苗が四宮が思っていたことを一言一句復唱した。これは信じるしかないのか。
「これは、信じるしかないのか。」
 あまり復唱されると腹が立つ。
「それで、四宮先生に話があるの。」
 口角が緩んでいる早苗とは裏腹に、硬い表情のさえが切り出す。
「私たちにも情報を共有して。事件解決へ向かいたいの。私たちなら事件を解決できる。」
 四宮は頭を抱えた。いくら早苗にそんな力があるとして、彼女たちをそう簡単に事件に巻き込ませるわけにはいかない。それにさえは、護衛対象だ。また新たな問題が出来た。
「また、新たな問題が出来た。」
 あまりにも心を読まれるので、腹いせにもう一度、早苗の頭をひっぱたいた。

2018年 10月24日 第三区 鷲宮警察署
 受付で中島にアポイントメントがあると告げるとすんなり通された。
 二度目の訪問だが、警察署に入るのは、なんだか悪いことをしたような気がして、居心地が悪い。
 隣で車いすを押している早苗もさすがに緊張した面持ちでいた。

 彼女たちから「早苗には人の心を読める」と言われたとき、彼女らは自分たちにも情報共有しろと言ってきた。任務に対して責任感がある四宮は、もちろん断った。それには、さえも早苗も不貞腐れていた。しかし、早苗が毎度心を読んできて、それを小恥ずかしいくらい口に出すイタズラを仕掛けるようになっていった。それに、早苗の存在によって学校内で事件に関することを考えられなくなったことといつの間にか情報を頭の中で共有し合っていた事実に観念して、安全面も考慮して一緒に行動することになった。
 しかし、大人である四宮は彼女らに条件を突きつけた。
 絶対に無理をしないこと。
 他言しないこと。
 勘違いでも命の危険を感じたら、四宮のことを気にせず逃げること。
 これらを守れなかったら、即事件から手を引くことを条件にした。しかし、四宮にも早苗を連れていくことにメリットがあった。事件解決に向かうには彼女の力は強力だった。
 捜査に向かう前、彼女たちからあることを言われていた。それは、早苗の能力を他言しないでほしいとのことだった。もちろんそんなことをするメリットがないため、やらないが何度も忠告されると、気がかりである。

 前と同じように取調室に三人は通された。冷たい麦茶を出された時は、全員で一気に飲み干した。
 達磨のような中島は、三人が入室してから5分後くらいに来た。前回ように待たされはしなかった。
「今日は、三人か。」
「はい。貴重な時間を取ってしまい申し訳ございません。」
「いえ。いえ。とんでもございませんよ。」
 中島が世間話を始める前に本題に取り掛かった。
「そして、今日話と言うのが、先日言っていた新興宗教の件でして。」
 今回中島には、件の新興宗教について詳しい情報を教えてほしいと言った。それと、八月の目撃者の女子高生にも、その話を聞かせたい、本人たちには了承を得ている、事件解決に協力的など。それっぽいこと言って、彼女たちを連れていくことに成功した。
「ああ。俺はあの後宗教に目星をつけて、独自に調べていたんだ。でも、どれも役に立つ話ではないと思うがよ。それでも話を聞くか。」
「はい。今はどんな情報でも聞きたいので。」
 四宮は机に乗り出し、中島の話を待った。隣の早苗とさえも緊張している。
「嬢ちゃんたち、もし気分が悪くなったら勝手に部屋を出て行っても、かまわないからな。」
 坊主頭をカリカリしながら中島は、女子高生二人組に気を配った。こういったことをでき当たり四宮にとって彼への印象は、見かけによらず良かった。
「お嬢さんにとって鬼って言ったら、どんな姿を思い浮かべる。」
「うーん。赤か青の姿をして、大きな牙と角を持ってて。大きな体。」
 早苗は、中島の声のトーンとは大きく違い、軽い調子で答えた。
「そう。普通、赤鬼や青鬼なんて言うのが定番だが、この新興宗教は白い鬼を崇めていたらしい。」
「白い鬼。」
 珍しくさえが反応した。これは、演技なのか心あたりがあるのか四宮にはもうわからない。
「ああ。白い鬼だ。白髪で人と寸法が変わらず、美形の鬼だったらしい。その美しさから神として、信者は祀っていたとか。」
 そして、中島は古びた一枚のイラストを見せてくれた。そのイラストが白い鬼を表しているのは言わなくても分かった。長い白髪に微笑えんでいる横顔。男のような女のような顔をしている。しかし、何百年も前に書かれたものらしく、それを美しいと思う感性は四宮にはなかった。
「私には良さがよく分からない。」
 さすが現代っ子の象徴とも言える早苗。彼女が理解できないのも当然である。
「信者は、鬼を崇拝し、人を食べればこの鬼のように若く、永遠に健やかな肉体を得られ、子孫にも恵まれると考えていたらしい。今聞くと、馬鹿げた妄想話だが、当時はそれを信じる者が少なくなかったとか。現にこの頃、全国で数千人もの原因不明の死者が出ていた。」
 今ではそんな話を聞かないが、当時は相当な影響力を持っていたらしい。
「40年も前かな。流石に防衛軍が動き出し、第五区の孤島にあった宗教の本山を襲撃し、その宗教を撲滅した。防衛軍も多くの死者を出したが、教祖を討伐し、全国に逃げていた幹部も討伐された。」
 その話は、よくテレビの特番で少し紹介されていたので、何となく四宮も知っていた。
「本山を調べた時、被害者は男性もいたが、多くは若い女性で胸や内臓、目玉がない死体が多かった。それらは、美しさの根源とされていた。後に捕まえた信者の聴衆記録では、若い女性の中でも処女を好んで食べていたらしい。なんせ処女は穢れなき存在であり、食べると永遠の命を得ると伝えられていた。」
 早苗はさえと手を重ねて聞いていた。流石にこの話は四宮も胸糞悪い。嘘のような話が実際にあったなんて思ってもいなかった。

 警察署を出た三人の気分は下がっていた。中島には適当に理由をつけて、帰らせてもらった。中島は、気を使ってバームクーヘンをくれたが、そんなもの食べる気にはならなかった。
「一応聞くけど、早苗、中島さんは犯人?」
 失礼も承知である。しかし、早苗を連れてきた理由の一つでもある。
「いや、違うよ。中島さんは、本当に良い人。話している最中、何度も私たちのことを気にかけていた。彼は信用していい。」
 それを聞いてほっとしている自分がいる。中島が、宗教に関わっていてそれに犯人だったら、四宮はもう立ち直れないかもしれない。
「この事件、二人とも手を引いた方が良い。もしかしたら今回の事件は、この宗教が関わっている可能性が否定できない。」
 いくら特殊能力があるとは言え、どこにでもいる普通の女子高生だ。捜査している防衛軍に後は任せて、安全な場所から見守るべきだ。
「いや。私は引かない。」
 早苗が力強く言う。
 
 その日の夜、四宮が臨時教師期間の時だけ借りている、ワンルームでジッポを見つめながら、中島の話を思い返していた。彼の話は、四宮にとって元上司を思い出させた。あの時の記憶がフラッシュバックして、彼女はその日眠れなかった。

2018年 11月4日 第三区 某所
 その少女は、一人で車いすを押していた。
 昼間、親友と護衛人で連続行方不明事件の直前まで被害者と一緒にいたと言う、天宮寺の家に行ったが、何も収穫を得られずにいた。帰り道、だいぶ日が落ちてしまって、親友と護衛人が家まで送ると言ったが、家がそこまで遠くない距離だったので断った。
 段々寒くなってきているが、車いすに乗りながら風に当たるのも悪くはない。少女は、乗りなれた車いすでスピードを出しながら、家までの帰路を走っていた。
 少女は急にスピードを緩める。後ろに気配を感じた。
 ふり返るとそこに人影があった。暗くて顔が良く見えない。
「あなたが、件の犯人ね。」
 その人物に呼びかけても反応はない。その人影は、一直線に少女の下へ走ってきた。少女は、向かってくる人影に対して真正面から突っ込んだ。きっと車いすごと当てれば、犯人に深手を加え、捕まえることが出来るかもしれない。
 スピードを出し、そのままタックルしようとしたが、避けられてしまった。少女はそのまま道に転んだ。人影は、少女に馬乗りになり何度も殴った。少女は抵抗できないまま意識を失った。

2018年 11月5日 鷲宮女子高等学校 保健室
 嫌な予感はしていた。昨日、さえと早苗と三人で天宮寺の家へ行った。天宮寺しおりなら犯人につながるものを見たのかもしれない。もしかしたら、天宮寺しおりやその家族が犯人の可能性もある。そう踏んだ、四宮は早苗たちを連れて天宮寺の家へ行った。しかし、天宮寺しおりはあれ以来、部屋に引きこもってしまい、顔を見ることすら出来なかった。自分に相当責任を感じているらしい。
 その後、各々解散することになり、四宮は防衛軍の基地にも情報が入ってきているのではないかと言うさえの助言の元、基地へ帰ることにした。日が沈んでいることもあって、送ると言ったが、家が近いとの理由で断固拒否された。
「りさの方が家が遠いでしょ。四宮先生に送ってもらって。りさ、この前の中島さんの話にすごくビビっているので、四宮先生よろしくお願いします。」
 さえの妙案がきっかけで早苗と二人で帰る羽目になってしまった。

 そして翌日、さえと連絡がつかなくなった。朝、早苗は大声で泣きながら保健室に入ってきた。すぐ連絡取れるだろうと思っていたが、軍から正式に行方不明の被害者と連絡が入った。
「いつきちゃんの油断が招いた結果だからね。」
 第三区部隊長の椎名には、珍しく怒られた。
「それに、いつきちゃんは、あえて事件から遠ざけていたのに、護衛人を巻き込んで事件を調べていたなんて考えられない。」
 椎名の言い分はごもっともである。あの時、もっと強く四宮が止めていたら事件は、起こるはずがなかった。
 早苗は保健室のベッドでヒグッヒグッ言いながら泣いている。今は何より彼女のケアが大事だと思った。
「ねえ。少し風に当たらない。」
「さえちゃんが。さえちゃんが。」
「わかってるって。今、私たちも全力で調査しているから、とりあえずあなたが落ち着かないと。」
 そう励ます四宮も冷静ではない。混乱している頭を冷やしたいものだ。
「そうね。お互い少し頭を冷やした方がいいかもね。もしかしたらさえちゃんにつながるものが見つかるかもしれないし。」
 目をはらし、鼻を赤くした早苗がベッドから起きだす。そして何も考えていなかったけれど、自然と二人は学校の屋上へ向かっていた。

 冬の屋上の風は気持ちよかった。風に当たると少しだけ気分が晴れる。
 ポケットにしまってあった、ジッポーライターを見つめる。
「先生は、どうしていつもそれを見ているの。」
「これは、お守り変わりだよ。何かあった時これを見ると、好きだった人を思い出す。」
 鼻を垂らしている早苗が、柵の向こうの校庭を見つめていた。

 ―八年前
 四宮いつきはテロに巻き込まれた。17歳だった当時、自分の通っていた高校にトラックが突っ込んだ。テロリストは学校を襲撃し、生徒や先生を切り殺し、生徒への強姦、挙句の果てには、火をつけまわしていた。火事が燃え広がる中、四宮は倒れてきたロッカーに脚を挟み、その拍子に脚をくじいてしまった。廊下に倒れ込み、身動きができず、火も回っているため人生詰んだと感じていた。
「あそこに女が倒れているぞ。」
 廊下の前の方から二人組のテロリストの声が聞こえる。死、それ以上に嫌なことを想起した。四宮は目をつぶり、なるべく嫌なことから目を背けた。
 ガンっ。鈍い音がいた。
「ちょっと。お前。」
 パッキっ。何かが割れる音がした。
 恐る恐る目を開けると、ブロンドヘアをかき上げ、四宮よりも背が高そうな女が鉄パイプを片手に煙草を吸っていた。
「おや。お嬢さん、大丈夫かい。」
 凛々しい腕と高い鼻、青い目が特徴的な女が四宮に手を差し伸べてきた。
 これが、桜花あかねとの出会いだった。

―五年前
 四宮は新米隊員として、20歳の時、第三区に配属になった。
 三年前、自分をテロから助けてくれた桜花に憧れ、自分も防衛軍に入った。
 桜花が第三区所属だったのは、すぐに判明した。理由は桜花の存在感だ。桜花は、椎名も一目置く存在で、カリスマ的存在でいた。
「あの。桜花さん。私、天都高校テロ襲撃事件で助けられたことがあって、それをきっかけに防衛軍に入りました。」
 誰も桜花の存在感に圧倒され、話しかけられないでいたが、四宮は意を決して話しかけに行った。
「うーん。そんなこともあったな。」
 桜花はあまり覚えてなさそうだった。
「まあ、でもこの仕事はそこまで甘くないから、そんな程度で入るならやめた方が良いよ。」
 軍に入りたての四宮にとって、あまりにも現実で厳しい言葉だった。
「まあまあ。あかねちゃん、そんなこと言わないで。せっかく入ってくれたかわいい子だから。優しくしてね。」
 その様子を見ていた椎名が止めに入ってくれた。
「そうだ。あかねちゃん、いつきちゃんと組んでみたら。彼女、ハンドガンの腕前がピカイチなの。前衛のあかねと後衛のいつき、相性良いと思う。」
 椎名の思いがけない言葉だった。
「ちょっと。みれいさん、急にそんなこと言っても。」
「いや、部隊長の命令です。これから、面倒見てあげなさい。」
 これが二人が組んだきっかけだった。

 それから桜花と数多く事件を解決してきた。
 桜花は基本突っ込むタイプなので、後衛の四宮がそれをサポートする形だった。
 桜の花びらが刻印されているジッポーライターと煙草と長物。これが彼女のスタイルだった。初めは拒否されていたが、彼女と行動すると共に彼女の過去が少しわかった。
 桜花は、四宮の六つ年が上で、防衛軍が運営している孤児院生まれ。18歳になったと同時に軍へ入隊した。「私は、人殺しの為に生まれてきたから。」
 いつかの彼女はそう言っていた。
 孤児院で桜花は、一人だけブロンドヘアで目立って浮いていた。その為あまり友達もいなかった。四宮は素敵だと思っているその髪型は桜花は嫌いだった。
「あかねさん。見てください。」
 そんな桜花を気にして、四宮は黒髪から思い切って金髪に染めた。桜花はその姿を見て、似合わないからやめなよと言っていたが、いつしか二人のトレードマークになっていった。

 そんな彼女の死は決して名誉ある死ではなかった。
 2018年、4月。桜花と四宮は残業していた。
「あかねさん、もうすぐで終わりますから。」
「いつき、いつもごめんね。私は、身体動かす方が得意だから。」
 桜花は、事務作業が大の苦手で桜花の分も四宮が率先してやっていた。
 そんな時、無線が入った。警察からの応援要請。街中で10人ほどの若者とトラブルがあったらしい。彼らをビビらせる為に、防衛軍から何人か来てほしいとのことだった。
「ちぇ。こんな時間に応援要請かよ。しょうもない理由だな。」
 もうすぐで家に帰れるところだったのに、桜花は不機嫌になっていた。防衛軍基地内には、他に何人か隊員は残っていたが、そう多くはない。二人のどちらかが行くことになった。
「あ。私が行きますよ。」
「いいよ。いつきは。それ片づけてもらっているし。それにさっきも言ったろ、私は体動かす方が得意なんだって。終わったら、勝手に帰っていいよ。」
 手を振り桜花は、現場へ向かった。これが彼女と最後の別れだった。

 数時間後、時刻はてっぺんを一時間超えた午前一時。
 軍が管理する、アパートで寝ていた四宮の携帯が鳴った。
「四宮隊員。夜分遅くに失礼します。突如なのですが、これから出動お願いします。至急です。」
 電話口の隊員が、あまりにも慌てていたので、大変なことが起こっていると感じた。
 基地へ戻ると、隊員たちはドタバタしていた。先の警察からの応援要請で、若者たちが暴徒化し、手が抑えられなくなっているとの話だった。そんな中、四宮の耳に衝撃的な情報が流れてきた。
「桜花さん、刺されて病院へ運ばれているらしい。」
 長年連れ添った四宮は、桜花がそう簡単に倒れるはずがないと思っていた。
「いや。殴られたって話だよ。」
「私は撃たれたって聞いたけど。」
 第三区内でカリスマ的存在だった、桜花が救急車で病院に運ばれた。その結果情報が錯そうしていた。
 四宮を含めた集められた隊員たちは、現場へ急行した。

 現場では、警察と防衛軍が入り交じり、若者たちを抑え込んでいた。無線では10数名と言っていたが、四宮が見る限りもっと大勢いた。中には頭から血を流している隊員や、救急車に運ばれる警察官などがいた。
 現場に着くや否や、四宮も応戦した。
 四宮は、ガスで威力が強くなるエアガンを手に持ち若者たちを無力化していた。それは朝方まで攻防は続いた。
 明け方、疲れで道路に倒れ込む警察や隊員たちを見て回っている中、足元に光る物を見つけた。手に取ってみると、それは桜花が愛用していた桜の花びらが刻印されているジッポーライターだった。
「いつきちゃん。」
 背後で椎名が呼んでいる。
「すぐ、病院に行ってあげて。」
 椎名の目には涙が浮かんでいた。忙しさに忘れていたが、桜花は撃たれて運ばれたらしい。四宮は、桜花なら大丈夫と思っていた。
 桜花さん刺されたらしい、いや殴られたって話だよ、私は撃たれたって聞いたよ。四宮の耳に入ってきた悪い噂の答え合わせは全部だった。桜花の顔は、大きく腫れあがり、踏みつぶされて、腹には複数の刺し傷、脇腹のあたりに撃たれた形跡があった。
 目の前に横たわる上司が、あの桜花だなんて信じられなかった。この時の四宮は、上司の死に対して涙が出てこなかった。
 
 後日、若者の何人かから違法薬物が検出されたと話に聞いたが、そんなこと四宮にはどうでも良かった。
 行き場のない怒りの矛先を見つけられずにいた。
 四宮は、桜花の葬式には出られなかった。彼女の死を受け入れることが怖かった。現実から目を背けてしまうところが四宮の悪い癖だった。

「きっと、私たち一緒なんだよ。パートナーがいないと何もできないところ。」
 桜花あかねから勝手に引き継いだジッポライターを見ていると、早苗が話しかけきた。
「私もね、実はさえちゃんがいないと、レストランでメニューを頼むこともできないの。」
 彼女は、きっと四宮が桜花を思い出しているのを感じ取ったのだろう。
「大丈夫、私は、絶対生きてるさえを見つけるから。だからあなたも元気出しなさいよ。」
 鼻水をすすり、作り笑いを向けてくる。
「そうだよね。さえちゃんはきっとまだ死んでない。」
 彼女の殻の明るさがむなしい。
「ん。ねえ。あれ。」
 突如、早苗は大声を出して、校庭を指さした。

2018年 11月5日 私立鷲宮女子高等学校 昇降口
「あら、早苗さん久しぶりですね。」
 早苗が目の色を変えて、階段を駆け下りていくので、四宮は何に指をさしたのか分からなかった。
「四宮先生も、ご無沙汰しています。」
 そこにいたのは、木下先生だった。木下先生は、相変わらず可愛いかった。
 うぇぇぇ。
 突如、早苗が胃の中の物をすべて吐き出した。
「ちょっと。あんたどうしたのよ。」
 四宮が保健室に連れていこうとした。こう見えて一応保健の先生だ。
「ねえ。さえちゃんどこにやったの。」
 ゲロをぶちまけた早苗は、顔色を変え、木下先生に詰め寄っている。
「ねえ。隠しても無駄だよ。」
 え。木下先生が犯人?四宮は困惑していた。こんな先生が今まで人を攫っていたなんて。
「なんか言ったらどうなの。」
 早苗は、語気を強めた。
「あのね。早苗さん。何か勘違いをしているのだと思うんですけど。小柴さん、何かあったの。」
 顔をゆがませ早苗は、木下先生に殴りかかろうとした。しかし、その前に四宮が早苗の襟元をつかんで、床に転ばせた。
 危ないところだったと二人は思った。木下先生の右手に、鎌が握られていた。鎌の根には長い鎖が付いている。背中に隠し持っていたのだろう。
「早苗、逃げなさい。」
 早苗は床に座り込んで動こうとしない。
「だ、だめ、腰が抜けて力が入らない。」
 木下先生は、甲高い奇声を発しながら、鎌を振り回している。今にも、早苗に切りかかりそうだ。四宮は、早苗を抱え込みひとまず退散する。彼女をここから離さないと、二人とも殺される。
 小柄な早苗をお姫様抱っこして逃げる四宮。その後ろから鎌を振り回しながら木下先生が追っている。もう少し、もう少しで。
 その時、四宮の足に激痛が走った。木下先生が持っていた、鎌が右足に刺さった。四宮はそのまま廊下に倒れ込んだ。もう立ち上がることはできない。
「何としてでも立ち上がって、早く逃げなさい。」
 今まで人に対して怒鳴ったことがない四宮が初めて、誰かに怒鳴った。早苗は、今にも泣きそうな顔で立ち上がり、四宮を置いて走り去っていった。
 
 死が刻一刻と近づいてきているのに四宮は、なんだか懐かし気持ちになった。高校の時もこんなことあったっけなんて、呑気なことを考えている。自分はこうやって死ぬ運命だった。ただそれが、桜花あかねの存在で引き延ばされていただけだった。

 目が血走っている木下先生が、走り始めた。いよいよ首根を切られて死ぬ。いい人生だった。
「この変態女。」
 銃声が響いた。振り返ると、早苗がリボルバーを手にしていた。
「ちょっと。早く逃げなよ。」
「うるさい。あんたがそこで死なれると後味悪い。」
 木下先生は、突如の銃声に一瞬足を止めた。
「先生。これ。」
 後方から、銃を滑らせ四宮の手元に来た。四宮は渡された銃を握り締め構えた。
 木下先生が、また走ってくる。銃の重みを感じ、四宮は頭を狙った。相手が横にずれることを予測する。銃を頭の位置から横にスライドする。
「先生。違う。そのまま真っすぐ。」
 まだ逃げていない早苗が心を読んだ。このまま突っ込んでくるつもりだったのか。四宮は考える隙を与えることなく、トリガーを引いた。
 四宮の弾丸が、木下先生の脳みそをぶちまけた。

2019年 3月8日 私立鷲宮女子高等学校 保健室
 長い冬を越え、もうそろそろ桜の季節がやってくる。
 この私立鷲宮女子高等学校にも今日でお別れだった。四宮の仕事はもうない。いつものように、机の背もたれに身を任せ、天井を見上げていた。
 教室のドアがノックされ入室を促す。そこに現れたのは、落ち着いた雰囲気を持つ二人の女子生徒だ。
「先生、やっと解放ですね。」
 今日は、ハーフツインではなく、髪を下ろしている早苗が、満面の笑みで言った。
「やっとだよ。あなたたちとも今日でお別れね。」
「はあ。先生も可愛げがないな。ここは、泣いて引き留めるでしょ。」
「りさ。そんなことと言ったら、あなたは来年も高校生だよ。」
「あ。それは、マジ勘弁。」
 三人で話すのもこれで終わりだと感じ、寂しさが胸に残る。
「四宮先生、私の護衛ありがとうございました。」
 もう一人の生徒が頭を下げる。つられて早苗もなぜか頭を下げる。二人の態度を見る四宮は頭が痛い。

 事件は木下先生の討伐で幕を下ろした。
 木下先生の自宅から多くの女子生徒の遺体が発見された。あの日木下先生が、学校へ訪れたのは脱走したさえを追うためである。さえは、ギリギリ脱走を出来ていたのである。理由は、木下先生の油断だ。意識を失っていたさえは、車いすに乗っていたこともあって、手しか拘束されていなかった。その結果さえは、隙をついて走って脱走した。
 どういう訳かさえの車いすはダミー。歩けるにも関わらず、車いすに乗っていた。さえは、学校近くにある四宮の家の前で発見された。
 新興宗教説が流れていた、今回の事件だが、心を読める早苗曰く、ただの黒髪好きの死姦女だったらしい。動いていない好みの女とやるのが好きな変態女だと早苗は言っていた。
 四宮はその後、病院へ送られたが、傷は残るものの後遺症は残らず歩けるようになるらしい。病院へ駆けつけた早苗とさえ。さえにはたくさん聞きたいことがある。
「どうして。今まで車いすに乗っていたの?」
「ぞの方が、敵が油断すると思って。」
「敵の油断なんて、あなたには関係ないことでしょ。」
「いや、関係あります。」
「どうして。」
 語気を強めた。すべての謎が解ける。
「改めて、私、第三区防衛軍所属の小柴さえです。この度、椎名さんの指示で二年前から潜入捜査のため女子高生として事件の真相を探っていました。」
 さえが第三区所属の防衛軍だなんて聞いてもいなかった。
「それに、四宮先生。朗報です。私はこれからあなたのパートナーらしいです。」
 もう四宮は考えることを放棄した。

 卒業式を終えた、二人の生徒を見る四宮は、二人も少しの間で成長したなと感じた。
 さえはこれからも共に行動するとして、早苗は今日でお別れだ。短い時間だったけど、彼女がいなければ、事件は未だに解決していなかったかもしれない。
「早苗、今までありがとう。あなたの力はとても役に立った。」
「そんな。先生照れるよ。」
「これからは、危険な行動をしないで、末長く生きて。」
「それ遺言みたいで嫌い。」
 そんな他愛のない話をして笑い合える日が来るなんて、四宮は思ってもいなかった。
「あ。そういえば、これあんたにあげるよ。」
 ポケットからジッポライターを取り出した。
「それ、大事なものなんじゃないの。」
 早苗が心配そうに見ている。
「いや、私もあかねさんを追うのはもうやめて、新たに進み始めようかなって。私も色々調べたけど、これは、あんたが持っておくべきだと思うの。」
 ジッポを手放すのは寂しいが、四宮も乗り越えなくてはならない。
「ありがとう。大切にする。」

「そういえば、私防衛軍の養成所はいることになったの。二年後にはもしかしたら合流かもね。」
 早苗が突如そんなこと言いだすものだから、さっきのしんみりした雰囲気を返してほしい。
「え。あんたも防衛軍入るの。」
「うん。二人を見てたら私も何かしたいと思って。それにさえちゃんと別れるのは嫌だよ。」
 ひと昔の自分を見ているようで、懐かしさを重ねてしまう。
「あんた、入ったからには厳しいことたくさんあるけど、それでもいいの?」
「うん。私の能力を誰かのために使いたい。」
 彼女たちとはこれからも付き合いがあることを知り、うれしさの反面、また世話を焼く後輩が増えてあまたが痛い。
「世話を焼くなんて言わないで。私はこれでも役に立つ。」
 鼻を鳴らしてどや顔している早苗。こういう可愛げが彼女の憎めない部分だ。
「こういう可愛げね。」
 また彼女に心を読まれてしまった。

― 二年後。
「ちょっと、さえ。勝手に無線切ったでしょ。」
 無線先のオカン、四宮が注意してくる。
「ねえ。さえちゃんこの前のやつ、ばれちゃった。」
 無線先のオカン、二人目のりさが椅子の上で正座させられている。きっと叱っている最中なのだろう。
「また、さえの引き金か。」
 この前のやつとは、二年前に起こった行方不明事件でりさがまとめた手記だ。四宮は、めんどくさがって、りさに押し付けた腹いせにさえがこう書くように指示をした。手記は椎名をはじめ、みんな面白がって読んでくれている。
「これじゃあ、私が情けない人間で、りさが勇敢な女子生徒みたいじゃない。」
 四宮を下げて書いたのも事実で、りさに手柄を上げたのも事実だ。実際の真実は少し違う。
「まあ、そんなこと置いといて、次の事件に取り掛からなくちゃだよ。」
「話を逸らすな。さえ。あんた一ヶ月禁煙にするよ。最近吸いすぎ。」
 最近お母さん味が増してきた、四宮にかつて自分に苗字をくれた人を重ねる。
 桜花さえ。これが本当のさえの本名。
 四宮は彼女のことを追わないと言っていたが、こういうあたり最近似ている。
「ママ、そんなこと言わないで。」
 おどけるさえに笑うりさ。ママと言われて恥ずかしがる四宮。
 さえが手に持っていた、ジッポライターが太陽に反射し、キラリと光った


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