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夏と永遠とラムネとめがね〈ショートストーリー〉



「夏と永遠って似てますよね。」


取引先の女性からいただいた、
ラムネアイスを食べて高揚した私は、
向かいの席のたなかさんに言った。

たなかさんはパソコンから顔を上げ、
「ゆめさんは相変わらずですね。」

とうっすら微笑んだ。




窓の外は、これ以上ないというくらいの青い空と、
こんもりした小さめの森。
セミがうるさくて仕方ない。


たなかさん。
今日はあいつはいないからリラックスしてくださいね。
私は心の中でつぶやく。
 


たなかさんは、1年前にきた部長にやられている。
男性なのにそこらの女性より物腰がやわらかく
相手のすべてを受け止めるたなかさんは、
口が悪く臆せずに思ったことを吐き出す部長に、
時折強く注意をされる。


底意地の悪いエネルギーを含んだその言葉は、
私ではなくても聞いているだけで胸くそが悪いだろう。


たなかさんは言い返すことはなかった。
あまりにも鋭く、
人間の闇を見せてくるような部長の言葉に、
たまに思考停止しながら、
結局はすべてを受け止めていた。



そして1年たち、白髪が増え、少し痩せ、
顔色が白っぽく変わり、笑顔の力がなくなっていた。


私はすべてを受け止めるたなかさんが見ていられず、
笑い話にすればまだマシかなと、



「あの人やばいですよね。」


とふってみたりしたのだけど、
力なく笑っただけで吐き出さなかった。
女に弱音を吐くようには育っていないようだ。



しかし、同期には弱音を吐いているらしいということを
思いがけず耳にして私は少し安心した。





部長、たなかさん、私、の3人だけの
この小さな部でこんな状態は耐えられないので、
私なりに改善しようとした。


部長との面談の時に、
マネジメント方針を聞いてみたのだ。



「人間は自尊心をちょっと傷つけて、
何くそと思わせることで成長するんだ。」
と誇らしげに言っている顔を見て、
もう全部あきらめよう、と思った。



誰かを意図して傷つけてもいい
という考えを持っているのならば、
話しても無駄だ。



部長が今までの体験で、
人を故意に傷つけることを正しいと思っているのならば
部長にとってはそれは正しいことだ。
でも私にとって、おそらくたなかさんにとっても、
受け入れ難い正しさだ。



部長は闇だ。
私の闇であり、たなかさんの闇。
私とたなかさんが望んで見ている闇だ。
  


自分を責めているだろうたなかさんに
何とか別のことを考えてほしくて、

「梅雨って実は紫陽花の花が咲くかどうかで気象庁が決めてたら面白くないですか?」

「学校のプールにオレンジジュースとゼラチンいれたら巨大なオレンジゼリーができますよね。」

みたいなことをたくさん投げかける。



私の頭ではこんなことしか思いつかなくて、
近頃ではたなかさんには

「いい意味で頭の中が小学生ですね」と、
子供を見るような目で笑われるようになってしまった。







たなかさん、違うんだよ。
私もたくさん変なやつにやられてきたからわかる。



自分を責めるのをやめた瞬間に、
あいつは何も言ってこなくなるんだよ。
「次言われたらこう言ってやる」という
懐刀を持った瞬間に、
あいつは何も言ってこなくなるんだよ。



言葉に刃を持つ人は決まって小心者なんだよ。
その弱さはとても切ないものだけど、
小心者がゆえに、
自分が刃をかざせる相手をすぐに見極める能力者なの。



だから、たなかさんがたなかさんを責め続ける限り、
あいつがいなくなったとしても
また似たようなやつが狙いに来る。


それを伝えたいの。
でも伝え方がわからない。



わからなくて、せめて別のことを考えてほしくて小学生みたいなことを言ってしまう。


たなかさんも席を立ち
冷凍庫からアイスを取り出している。
たなかさんはなぜか
アイスを食べるときに眼鏡をはずす。
意味不明なんだけど、
たなかさんらしい気がしていつも笑ってしまう。



たなかさん。
他人を意図的に傷つけてもいいという考えは
部長のものであって、
たなかさんが苦しいのなら
採用しなくてもいいんですよ。



部長は正しくないということではないけど、
ただ、他人の気持ちを思い測れるような優しい人間が、
そうではない人に心を壊されてしまうような世界は
私は嫌なんだ。



世界中が愛で、部長も愛で、たなかさんも私も愛だ。

でも同じ愛はひとつもない。

だから自分の愛を言葉や何かで示す必要がある。

「あなたの愛と私の愛は違います。

でもどっちも愛なんです。」と見せ合う。



誰かの愛と自分の愛が違っても、
自分を責めなくていい。

自分の愛を表現することは懐刀になったりもするけど、それでもそれは確かに愛だ。

自分の闇を受け止めながら、愛で乗り越える。

そういう意味の優しい世界を私は創りたい。




だから、またいつものように、
アイスを食べてるたなかさんに話しかける。

「蛇口からラムネがでてきたらいいのにって思いませんか?」




おわり

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