ハンナ・アーレント『人間の条件』を読む 特別会 映画「ハンナ・アーレント」を観て 2022/08/21
こちらはハンナ・アーレントの『人間の条件』を読み、哲学対話をする会の記録です。
本日は、映画『ハンナ・アーレント』を観た方々が先生に疑問をぶつけたり、質問したりする形で開催されました。
みんなが話す前に先生が話したのはこんなこと。
Aさん「アイヒマンは平凡な男。命令されたことを何も考えずにやると、どんなことでもやれてしまう、ということに関連した実験をテレビで観たことがある。そのスタンフォード監獄実験のことを思い出した。」
Bさん「前回先生に勧められた『ガリツィアのユダヤ人』を読んでからこの映画を観たら、以前に観たときとの印象と全然違った。ユダヤ人がどれだけ抑圧されて生き延びてきたのか、ということを知ってから観たら、様々な場面でユダヤ人は生き延びるためにいろいろなことをしなければならなかったのではないか、という視点で観た。別視点で、とはいえホロコーストの当事者たる人たちの悲劇があるが、当事者性を越えたところで話し合うにはどうしたらいいのか、と考えながら観た。」
Cさん「最初に思ったのは、被害を受けたという立場はすぐに受け入れるが、自分が加害者の立場、ということを受け容れるのは難しい。それに大してヒステリックに騒ぐのは男性の方が多いのかな、と思った。」
Dさん「この映画は、時代性もあるが、ハンナとご主人の愛の物語でもあった。人間が考える度合い『あなたが考えるより高尚なことを言っている』というセリフがあった。私たちが体験して、善悪に対する思いは立ち位置がないと言えない。高い位置から見て生きる、ということを理解したくても、できない。アーレントはそういう視点をもってアイヒマンを観た結果、あのような言動になったわけで、同時代の人から観たものと、後世からみるとその価値観は違う。」
Eさん「何が尊いか、ということについて考えたとき、やっぱり私は『人間であるがゆえに』ということにグッときました。」
Fさん「日本とかぶるなあ、日本も出征のときに万歳三唱をして送り出した。満州に入植させた村の村長さんが自殺した話も聞いた。生還が恥、ということなんかも映画の中でも同じ言葉が使われていて、全体主義の中でそういうことが起きる恐ろしさは、ヨーロッパでも日本でも同じ。今のコロナの状態も同じ。」
このあたりで、ハンナ・アーレントを取り巻く人々について、先生から解説が入る。
クルトはイスラエルでハンナが会いに行った人。十代の前半まではハンナは自分がユダヤ人だと知らないで育った。アーレントがハイデガーの講義を聞き始めた頃から、反ユダヤ主義が強くなり始めた。それまではユダヤ人ということを意識しないで生きてこられたアーレントだったが、それが人ごととして流せないことで、自分の問題として引き受けなければいけない、ということをを認識させてくれた恩師。ユダヤ人であれば、ユダヤ人を愛さなければいけない、というのは彼女には理解できない感情であった。(この感情は先生も同じだという。)
ヤスパースは、ドイツ人をドイツ人だから愛するという理論を持った人で、ハンナ・アーレントに批判されるが、しっかりとそれに付き合って話を聞いた人。独創性には欠けるが、という先生の評。
ハイリッヒ・ブリュッヒャー(アーレントの旦那)は、共産党で活動していた高卒の活動家で、社会科学の問題について、アーレントは夫から全て学んだ。彼は一冊の本も書いていない。アーレントの「全体主義の起源」は半分以上ブリュッヒャーが言ったことをそのまま書いていると思われる。
ハンス・ヨナスは完全にユダヤ人の立場に立っている思想家。
ヤスパース
ローザ・ルクセンブルグ
Gさん「ハンナ・アーレントの映画のDVDを買って、なかなか観ることができなかった。民族性によって、戦争の禍根をうやむやにするか、詳にするか、という違いがあるような気がした。」
ここでまた先生からユダヤ人と「国家」についての解説が入る。
Hさん「アーレントの映画を俳優として観ると、夫との性愛的な部分についても描かなければいけないんだなあ、ということなどを思いながら見た。」
Iさん「『人間の条件』が出たのとどちらが先か。」
人間の条件は出ていたけれど、誰も読んでいなかったんですね。
Jさん「1:普遍的な善はあるのか? 根源的なのは? 普遍的な善は問い続けること、それに答えていくこと、辿れること」
「2:アイヒマンが思考停止による悪だったとしたら、アーレントはヒットラーに関しての悪をどう考えていたのか?」
「3:人間が行う1番の悪は利己心から来るのではなく、人間を無用の存在にすることなのである、というセリフがあった。僕の感想としては、官僚制に対する批判なのかな、と思った。」
「4:ラストシーンでアーレントの演説を若者が拍手していたことは世代間の問題だろうか」
「5:アーレントの
土地を介すれば、生まれ育った場所への愛着を持つことはできる、という論理は成り立つのではないか、と感じた」
「90年代の終わりくらいから、特に途上国支援の現場では受益者はだれか、ということを意識しながら、開発をするのが主流になった。」
インドは、税金を払っているのは上流の2%だけ。NGO、NPOへの取り組みは日本は遅かった。アーレントがこの本の中に書いているのは、自分たちの地域を自分たちで作る、という営みを通して初めて、土地への愛着が生まれる。自分が無用な存在だと思わされている人たちが犯罪を犯すようになっている。今の世の中は、頭の良くないやつは要らない、仕事が出来ない奴はいらない、という無用感。社会が事実上そういう人たちを生み出す仕組みを作っている。
悪と善については、宗教の起源、根源としてもっとも信憑性があるのが、ゾロアスター教なのだが、この世の中になぜ神があるか、ということは善の問題と結びついている。悪なんてものは本当にはないのだ、という議論と、根源悪というものが本当にあるのだ、という議論があり、アーレントはこれについてとてもよく考えた。カントのようにアーレントが尊敬していた人たちも、根元悪について議論していた。根源悪は、全体の利益よりも自分個人の利益を優先させてしまう、ということだとされる。若い質問者さんに聞きたいのは、あなたはいいことをしたいと思っていますか?「僕は中高生の頃、確実に善でいたいとおもっていた。道徳の教科書に載っているような善を行うことが、本当にいいことなのか悩んだ。普遍的な善とはなにか、という問いにいまぶつかっている」
それは、アーレントの論についての一番深い部分。共通善なんて信用できない、と書いている。自分の中で葛藤して、いいことをしたいという思いについて、考えつづける必要がある。他の人に押し付けるのは悪になる。外の世界に示さない自分の心の中の葛藤で善を定義した。この話は根本問題。アーレントの思想の中核である。矛盾立、AはAであって、Aではない、という議論は矛盾するが、人間は前はこう思っていたけれど、次は別のことを正しいと思う、というのはある。自分は必死で矛盾していないようにしようと思うけれども、結果的に社会の中で矛盾しているということはいっぱいある。首尾一貫していることがいい、という考え方はもっていない。(自分の心の中で首尾一貫はしているべき。)
(「矛盾によって人の魂が磨かれる、という考え方がある」と別の参加者が言うと、)
J「では、どうやって自分の意見が正しいと言うことを、人に納得させることができるんでしょうか」
Kさん「以前、この映画をジェンダーギャップ映画祭というイベントで観た。フェミニズム論の点から語られていることがとても不思議だった。ハイデッガーとの関係について、もう少し描かれるのかと思っていたが、そんなこともなく、そもそもアーレント自身、女性であるというアイデンティティはあまり持っていないように思う。」
Lさんは、退出時間が迫っていたので、みんなの意見をグラレコというか、自分流に絵でまとめていたものを見せてくれた。(これ、けっこう深くまとまっていた気がするのだが、御本人の解説をいまひとつきちんとフォローできなかったので、本人によるまとめを楽しみに)
Mさん「権威主義的な国の方が今は勢いがある。アメリカでも調査によると六割くらいの人が内戦が起きるかもしれないと思っている。
日本はなんとなく同一性のなかでまとまり、治安も良く、それが悪くないのかな、と思ったりするのですが、どうなんでしょうか」
「蓋をしていたままのほうが、いい可能性があるんじゃないのか、と思うことがある。思考しないでいいのではないか、と思ってしまうことがある。移民問題にしても、本当に移民がきたら、思考しないできた人間は、大丈夫なの?と思ってしまう。」
という、ドキっとするような意見も。
そして、Nさんは時間を気にして「アーレントの映画をフェミニズムで捉える考え方もあるのだな、とか、善だと思って一緒にやっている活動にも4つか5つくらいの相反する意見がある」という深い話をしていました。
最後に、オブザーバー的に参加していた市の職員Oさんが言った言葉がこれ。
実際にはもっと含蓄がある言葉なんですよ。
(字面にしてしまうとこんな感じになってしまうのがもったいないなあ。)
行政職員のかたは、ぜひこうやって自分の言葉が拾われることを意識して喋ってくれると、広くいろいろな方に言葉が届くようになるんじゃないかと思います。まあ、余計なことを口走って言質をとられるより、ましなのかもしれないですが、それこそ上で先生が言っていたことにつながってきますよね。
自由に発言できる機会こそが、人間の尊厳なのではないか、それが、ハンナ・アーレントも核心にしている「人間の条件」なのでは?
と、軽く緒らしきものを掴んだところで、本日タイムアップです!
おつかれさまでした!
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