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「#6 口笛を吹いて気まずさが増す」



 若い頃は好きな人達や、気の許せる仲間達と酒を飲んで過ごしていれば良かったけれど、年齢を重ねるに連れそうもいかなくなって来る。
 上司や先輩などに誘われた場にあまり面識のない人がいることもあるし、友人と飲んでいても、「今なんか久しぶりに友達から連絡来てんけどここに呼んでもいい?」とか、「ちょっと難波君に紹介したい人がいるんだけど、ついでに誘ってもいい?絶対気が合うと思うんだよね!」なんてやり取りが当たり前に行われる。僕としては知らん人と喋るの苦手やから呼ばんとって欲しいなぁと思うのだけれど、大人の世界ではもうそんな子供みたいな発言をしてはいけない雰囲気がある。大人は皆バイタリティー溢れる人間達と触れ合い、生産性のある毎日を送らなければいけないようである。
 人見知りの僕も若い頃のようにモジモジしている訳にはいかず、後からBARにやって来た友人の友人に、椅子から立ち上がり笑顔で挨拶をして、お互いが酔っ払ってる時などは握手まで交わす。友人を間に挟みカウンターに3人で座り、最初は仕事のことなど深い話はせず、年齢の話や当時流行っていたものなど親近感が湧く話で盛り上がる。酒を飲んでいるうちに楽しくなってきて「確かにこの人と気が合うかも!」とテンションが上がり、住んでる場所が近所という話題から「あの店行ったことあります?めっゃ美味しいんですけど今度一緒に行きません!」という流れになり、LINE交換をして新たな友人の誕生となる。お互いもうすっかりとリラックスした気になっているのだが、そんな僕らを微笑ましく見ていた友人が、もうこの二人は大丈夫だとトイレに立った瞬間に、和やかな空気は一変してしまう。

 二人になった途端に急に話すことがなくなってしまうのである。いくら盛り上がっていたと言っても、それは間に座るお互いの友人がいてこそ成立した仮初の盛り上がりであって、友人が自然に沈黙の間を埋めてくれていたり、共通の話題を提供してくれていたに過ぎない。間に座っていた友人が席を立ったと同時に堰き止められていた静寂が、さっきまでの盛り上がりを飲み込んで一挙に流れこんでくる。ここで怯まずなんでもいいから一言発すればいいのだが、一瞬でも間を空ければ沈黙を意識してしまう。何か喋らなければと思えば思うほど言葉が出てこなくなり、何気なく相手がスマートフォンを手にした瞬間に緊張感はさらに高まる。
「うわっ、やっぱり向こうも気まずいと思ってるんかな。俺もLINEのやり取りしてる感じで間を埋めたいけど、今俺がスマホ触ったらもう気まずいの確定させたのはこっちになってしまうし、トイレから帰ってきた友達にお互いスマホ触ってるとこ見られんの恥ずいな」

 そうならないよう考えた末、僕は店に流れる聴いたことも興味もない洋楽のアップテンポなリズムに合わせて、少しだけ体を揺らし始める。気まずくて黙ってるんじゃなくて、ただ今はこの曲を聴いてるだけで全然平気ですよ〜というメッセージを込めて両肩をゆっくり前後させるのである。
 こういう状況の時に限って友人の帰りは遅く、トイレから出てきたかと思えばスマートフォンを耳に当て、こちらにごめんという仕草で片手を上げて店の外に出て行ってしまう。友人が帰ってきたと思い体の揺れを止めてしまっていた僕は、ここからまたすぐにリズムに合わせて体を揺らす訳にもいかず、隣でスマホを触る友人の友人に掠れた声で喋りかける。

「なんの電話なんですかねぇ・・」

「外に行ったんで仕事っぽいですねぇ・・」

 終了である。
 グラスの氷が溶けたカランという音が追い討ちをかけるように鳴り響く。BARのマスターがレコード切り替えると、お互いが聴いたことのある懐かしい洋楽が流れ始めた。
 これをきっかけにもう一度喋りかけようかと考えていたら、相手がスマホをそっとカウンターに置き、斜め上に目線をやりながら曲に合わせて小さく口笛を吹き始めた。

「いや、めちゃくちゃ気まずいと思ってたんや!俺が言えることちゃうけど、平静を装いながらホンマはめっちゃ焦ってた感じや。口笛吹いてもうてるやん。一周回ってそれはもう、気まずいですよ〜の合図になってもうてるで」

 一度吹き始めてしまった口笛の止め時が分からず、店には気まずくか細い口笛が流れ続ける。そのか細い口笛をずっと聞いていると、相手というよりそんなに気まずい思いをさせてしまっている自分が不甲斐なく恥ずかしくなってくる。もうどうしていいか分からなくなって、気づけば僕は、そのか細い口笛に合わせて体を揺らし始めていた。電話の終わった友人は、BARの扉を開けた先で繰り広げられているおかしな光景に異変を感じ、素早く駆け寄って僕らの間に座った。
 状況を伺うような友人をよそに、相手は気にせず自然な雰囲気でまたスマホに触れ、僕は何も問題は無かったとばかりに、爽やかな笑顔でおかえりとグラスを合わせた。


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