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「新店長就任記念キャンペーン!」



 駅前に新しい居酒屋が出来てもう一年ほどになる。僕は毎日店の前を通るのだがいつも何かしらの目玉キャンペーンがやっていて、機会があれば一度の飲みに行きたいなぁと思っていた。
 先日お店の前を通ると「今日から一週間ドリンク半額!」と書かれた張り紙を見つけ、その下には大きく「新店長就任記念キャンペーン!」と書かれていた。

 僕はその張り紙を見た瞬間に「やった!ドリンクが半額で飲める」という喜びよりも、「前の店長クビになったんや…」という切なさの感情がまさってしまい、行ってみたい居酒屋ではあったが素直に喜べない自分がいた。
 店の壁に貼られていた、ハッピーアワーや今週の半額おつまみなどのポップは全部手作りでワクワク感があり、冬にはおでんや串カツのメニューも全部壁に張り出され見やすいように宣伝してくれていた。日替わりでその中から必ずどれか一つは半額にもなっていた。
 一度も店を訪れたことのない僕が言うのもおかしいが、間違いなく前店長は頑張っていた、なのに何故こんなことになってしまったのだろうか。

 「お前が飲みに来んからやっ!」という前店長の叫びを一旦は無視して考えてみると、きっと前店長は優し過ぎたのだろう。店外ポップの色使いからは温もりを感じるし、そこにお客さんへ向けての一言なんかも添えられていたりと、もう店構えから前店長の愛情深い性格が滲み出ていた。飲みに入ったことがないので分からないが、きっと店内の様子も同じだったはずだ。
 バイトの子達もそんな店長の為に一生懸命頑張っていただろう。可愛らしいポップは全て大学生の女の子達が作ったのかもしれない。
 一度も見たことはないが、「店長はセンスないんで口挟まないで下さい!」なんて怒らている店長の姿が目に浮かぶ。

そんな 店は開店から人気だったが、客が増えればそれだけ変な輩が飲みに来る確率は上がってしまう。
 愛想よく接客する大学生の女子バイトに、酒に酔って勘違いした男がセクハラ紛いの行為で迫ったのだ。それを見た店長が素早く対応して、下手に出ながらも退店を促すと、男は逆上して本部に連絡しろと怒号をあげた。
 男は十万人前後の登録者数を抱える動画配信者で、本部から来た社員に今回の対応と店の名前を動画で晒してやると脅しをかける。後日連絡することを条件に男は帰ったが、店長は店に迷惑をかけてしまったことや、この一件が長引くことで営業が出来ず、頑張ってくれているバイト達の生活を守れなくなることを危惧した。だから自ら店長を退く覚悟を決めたのだ。

 そして新店長の就任である。前店長のことを考えると、どんな人物かも知らない新店長のことがちょっとムカついてくる。そもそも自身の配属を祝して、「新店長就任記念キャンペーン」などと銘打つ人間はきっと性格が悪いに決まっている。
 出しゃばりで、自己顕示欲が強く、下卑たナルシシズムの臭いがする、前店長とは真逆の人間性だろう。
 前店長への敬意が全くない、それは自身が店長になることが全てであり、前店長が取り組んできたことや、少なからずこの一年で成し得てきたことを一つも見ようとしていないのである、きっと新店長は前店長の顔すら知らないだろう。
 僕は店に行ったことがないのでどちらの顔も知らないが、そんな冷淡な人間に店長が務まるわけがないと言ってやりたい。
 
 まず行うべきは「新店長就任記念キャンペーン」などではなく、「新店長就任企画!前店長、今までありがとう!キャンペーン」である。

 今後の店外ポップは味気ないものになっていくだろう。営業前にバイトの女の子達が、色とりどりのマーカーペンをバックルームから持って来るのを見た新店長は、「ポップならわざわざ手書きにしなくても簡単にパソコンで同じものが作れるだろう」と声をかける。

「いやでも前の店長がやっぱりポップは手書きの方が温もりがあってお客さんにも伝わるからと…」

 「前の店長?それって散歩中のおじさんが言ってたんですけどってのと同じだよ。まぁいいや、あえて面倒な作業をしたいならそれで構わないけど、勝手に使った無駄な時間に時給は発生しないからね」

 殺意を覚えるほどの嫌味を言い放って、新店長は禁煙の店内でタバコを吹かしながらバックルームに消えていく。
 バイトの女子大生達は悔しくても、それでも前店長との絆を胸に手書きのポップを作っているに違いない。

 今日も店外には可愛らしいポップが散りばめられていて、夕方の早い時間からサラリーマン達が店に入っていく。
 その光景を見て胸に引っかかるような気持ちは少しあるが、お客さん達はただ何も知らずお酒を楽しむだけでいい。
 僕も次の休みには必ず飲みに行こうと思う。
 見たことのない前店長への感謝の想いを抱きながら店に向かい、誰がそうなのか分からない新店長の出迎えを無視して席につく。そして手書きのポップに書かれていた今日の一推しメニューを、本当に働いてるかどうかも定かではない女子大生アルバイトに注文するのだ。

 

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