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こころの散歩、風が吹く〈入院25日目〉本日退院です

読み返したが、前置きがとてつもなく長い上に、主題に関してはとても端的でほとんど触れていない。闘病日記には歴史があるので、仕方がない。と、してくださいませませ。

リハビリ、と聞くと手足や指先を動かし、体幹を鍛えること、筋肉をほぐすことなどを想像する人が多いかもしれない。
実際、殆どのケースは其れに当て嵌まるのだが、私は前科者であるが故に、今回の入院では指先の運動を数回やっただけで、あとは病院敷地内散歩で終わった。
入院するたびにリハビリのスタッフが代わる中、私は前科者なので(本日二回目)私がいかに変な意味で猫をかぶっているか、を知っている……つまり私の脆さを知っている前回と同じスタッフが担当してくださったのだった。

今回の入院は、口から栄養が採れず、当初はほとんど鼻から胃へと経管で、本来その時に入れる栄養剤は全てアレルギーで使えず。
2mごしに会える息子には、
「ママの鼻からちゅるちゅる出てるでしょう」と言ったが、ウケなかった。
いつもなら笑うのに!
彼の心は、踏切カンカンをみたい、ママの変な挙動を見たい、あわよくば病棟に侵入したいで葛藤しているので仕方がない。

話がそれた。
経管の患者であっても、体力が落ちぬようになど、様々な理由でその人にあったリハビリをするわけだが、私は前科者なので(本日三回目)。

私は、ほんの数ヶ月前に退院したのだが、その時の入院が少し長かった。
コロナ禍で、緊急事態宣言中は病棟内からは基本出られない。
一人で立ち上がることができないし、てんかんで突然意識を失うこともあるので、トイレに行くにも、ベッドから車椅子に座りたいと頼むのもナースコール。
病気のだるさ故に、意識が不明瞭な日もあり、誰が何をしていて、今がいつで……なんてことが思い出せない日が、珍しくなかった。
自由がほしかった。
入院している病人なんだから自由なんて!アホか!
と、思われるかもしれないが、不自由さは確実に心を蝕む。
ミキサー食を食べながら、似た病気の人たちが車椅子を漕いだりしてホールにやってきて、給湯器で珈琲やお茶を準備する背中を見つめる。
隣の芝は青い。

普段、兎に角ストレスを溜め込み、30半ばにもなっていい子を取り繕う私は、急変して大量にステロイドを使った時にステロイド鬱になってしまった。
ステロイドハイもやってくる。
どうやったら病院でお金を稼いで……そうだお金さえあれば自由になれる。個室に行ける。いつも冷たい飲み物が、飲める。トイレだって室内だ。家族の悩みの種を増やすこともない。お金お金お金。
ああ、でも、起き上がっていられない。記憶がない日が増えた。
私って、何?

ステロイド鬱でてんかんも悪化し、意識がなくなる日が増えた。
てんかんの疲れで、持病も悪化し、心が使い終わった炭のようになって、ボロボロと崩れていくような感覚に陥った。

これが前科者であるという話。
長いよ!

遙野は今回も入院が長いかも、遙野は早く帰すとすぐに病棟に戻ってくるぞ!病むぞ!あいつは筋力がつかないけど(できて維持)自他共に認める筋肉解剖マニアだから、ある程度は自身でなんとかするだろう。必要な時だけ動かし、心を休ませよう。疲れる前に。
リハビリスタッフさんたちはそう判断した。
本人よりよくわかってる……。

というわけで、今回のリハビリは散歩がメインだった。
病院の敷地は広い。
雨が降っていない限り外に出て、心行くまで散歩を楽しんだ。

入院したての頃は、まだ日差しが強く、日光過敏のある私の肌をジリジリと焼いたがそれすら心地よかった。
晩夏の香り。初秋の香りは少し違う。
収穫しなかったミニトマト、大きなバナナの木、既に幾つか熟れ始め鳥が地面に落とした柿、黄花秋桜の花畑、一斉に咲く見上げるほどに大きくて幹の太い金木犀、ひっつけ虫を私に投げて失敗するリハビリスタッフさん。
青空、曇り空、水溜り、映る私、笑顔。
心に風が吹く。

こうして、散歩するのも面白かったのだが、私の虫好きがこうじて、蜘蛛探しを始めたのも面白かった。蟷螂の卵を二つ見つけたなんて話も聞いた。
実は昨日も蜘蛛探しをした。というより、先に、見つけてくれていた。
蜘蛛は、昆虫ではないが、そこは見逃してほしい(そこがまた面白い)。

目がよく見えない私のために、どんな蜘蛛か詳細に教えてくれる。
首の筋肉が落ちてきた私が見やすい位置に車椅子を配置してくれる。
蜘蛛の背側、腹側の模様を教えてくれる。
どこからどこまで、立派な蜘蛛の巣が張っているか。
群がる蚊を叩いて、蜘蛛の巣にひっかけ、拾ってきた細い枝で蜘蛛にちょっかいを出す。蜘蛛をうまく蚊に誘導し……食べた!

定位置の中心で逆さまになる蜘蛛。
なんでだろうねえ。
不思議だねえ。
先生、蜘蛛が動いたのは見えたよ。
そうかあ、すごい速さだったよ!振動でわかるんだろうねえ。
こんなリハビリないね、先生。
いいんだよ。じゃあ、売店に行って帰ろっか。
はい、帰りましょう!

心に風が吹く。
私は、自分の心の中の草原で、空を見上げる。
舞い上がる葉。
どこまでも清々しい。
裸足で走る。

こころの散歩、風が吹く。

本日退院です。


いつか作業所とアトリエを作るのが夢です。寝たきりになる前に、ベッドの上で出来ることを頑張ります。