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#逆噴射プラクティス
アカシック・カフェ ―全知と珈琲の番人―
「もうアカっちゃいなよー!」
「でも、あたし的にはエージ信じたいし」
常連の女子高生のいつもの恋バナ。しかし、どうも雲行きが怪しい。シュウカがアカシックレコードを提案したのだ。一方ハヅホは曖昧な返事。そりゃそうだ。『世界の真実』によって浮気が確定したら目も当てられない。
十数年前、人類はついにアカシックレコードに接続した。が、蒸気機関やインターネットのように社会が激変することはなかった。一般市
アカシック・カフェ 【1-1 ビター・ルール】
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広いとは言いがたい店内。だけど、細やかに手入れした空間。ブラウンを基本に整った温かみある喫茶店。俺の店だ。
今、つい数分前まで女子高生が気安くも深刻なガールズトークを繰り広げていたとは思えない静寂に包まれていた。
「運良かったですね、お客さん。丁度誰もいない」
「……はぁ」
コーヒーを準備しながら、軽い単語を繋いで話しかける。けど、表情は真剣だ。むしろ、シリアスになりすぎる
アカシック・カフェ 【1-2 シュガー・ルーム】
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バックヤードから、隠し部屋へ。隠し通路には伊万里様も驚いた様子だったけど、いざ部屋に入り椅子に座れば、彼女の強張りは一分前の比ではない。
無機質な空間。表の喫茶店の調度に合わせて、それなりの彩りはあるけど、そんなことでは和やらげ切れない。隠し部屋に連れ込まれて怯えるなという方が無理だろう。
「ごめんなさいね。仮にも『天文台』ってご注文されたのに、こんなんで」
「いえ、ダ
アカシック・カフェ 【1-3 ハッピー・ルーイン】
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「常川辰真。私の兄のような人で、弟のような人で……恋人です」
チリチリと目元が軽く痺れる感覚。伊万里様。に、重なるように小さな女の子。テーブルがデスク……学習机になる。並んで、もうひとつ。やんちゃそうな男の子。机の上には教科書。
「五年前の今日、私たちは待ち合わせをしていました。地元の駅の、彫刻のところ」
行ったことも見たこともない土地。ちらりと見えた、初めて読む
アカシック・カフェ【1-4 ベター・ルート】
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二週間後、同じ時間に訪れた伊万里様は、何の偶然か、五年前のあの日と同じ服を着ていた。
……偶然なワケがないけれど、触れないことにした。決意したこと、それが大事であって、俺がどうこう言うべきじゃない。
「準備が出来ましたので、ご都合の合う日にご来店ください」
俺の案内の重みに触発され、五年ぶりに袖を通したそれは手入れも万全で、着用はしなくとも大切にされていたことが、全知
アカシック・カフェ【1-epilogue】
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しゃんと背筋を伸ばし、涙を拭った伊万里様を見送った俺に、背後から常連の女子高生たちが声をかけてきた。
「やっちー、今から?」
「おう、休憩終わり」
「ラッキー!私スコーンとカフェラテ!」
文字通り姦しい先陣を切るのはシュウカ。いつも通りのご注文、なんだけど……いつもよりうるせぇ。声と身振りの大きさで五感のキンキン具合が二冠王だ。
「はいはい。ハヅホは?」
「……あた
アカシック・カフェ【二つの扉】
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その瞬間、表情は、はっきりと変わった。あからさまに変わった。ここまで変われば、どこまで朴念仁だろうと一目でわかるだろう……。表情を作るのが苦手な俺にとっては、いっそ羨ましいくらいにはっきりと、彼は落胆した。
「……あくまで過去、ですか」
「……えぇ。過去の真実。未来予知はできません」
あまりの顔色の変わり具合に、思わず説明を止めて数秒。他に誰もいない店内に、ぽ
アカシック・カフェ【2-1 ノックして、もしもし】
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テーブルを囲むのは、三つのカップと俺を含む三人の男女。いわゆる契約前説明の途中で、相談者は思い違いに直面してしまった。『アカシックスが接続するのはあくまで過去のみ』という、厳然たる限界に。
ここまではっきりと顔色と声色が変わる人はなかなか珍しいが、この失望自体はそこまでレアケースではない。アカシックレコードはあくまで過去。どんな超精度だろうが、派生能力持ちだろう
アカシック・カフェ【2-2 閉じた大屋根・開く本音】
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すっかり冷めていたであろうコーヒーを、淹れ直しを固辞した彼は一口飲む。ゆっくりと嚥下して、問い直す。語気は幾らか軽く、永愛の残酷すぎた一刀で、逆に重苦しい緊張の糸は斬られたらしい。
「……つまり、です。『もしこっちの道を選んだら』って、そういうのを見たいんですよ」
「申し訳ないけど、そういうのはアカシックスの――アカシックレコードの範疇の外側です。アカシッ
アカシック・カフェ【2-3 翠の扉・枯れるエバーグリーン】
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今回の相談者、浮田様は音楽が趣味の、ごく普通のバーの常連だった。けれど、数ヵ月前を境に段々と無理な飲み方が増え、見かねた矢車の旦那がここを紹介した……らしい。過去を確認はしてないけど、この気の落ち込み様は嘘ではないだろう。
ともかく、そんな浮田様は長い指を組んで語る。視線はケースにも手にも落ちず、俺たちに向いている。
「……こいつは、宇佐野は、本当に小さな
アカシック・カフェ【2-4 紅の扉・目くるめけレッドゾーン】
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「どうする気なの、弥津彦?裏技でもあるの?」
俺が小部屋に入ると、詰め寄ってきたのは浮田様ではなく永愛の方だった。純粋な疑問と、未聞ゆえの不安と、そんな策があることを黙っていたことに対する怒り、か。ご尤もだが、しかし依頼人の前でそれは出しちゃダメだろうよ。
幸い、この素の少女ぶりを浮田様は微笑ましいモノとして見守ってくれたようで、静かにそこに立っていた。
アカシック・カフェ【2-5 アップ・ライト・アップ】
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無数の情景。その殆どが白と黒だった。ピアノ。鍵盤。五線譜。鍵盤。白飛びする舞台。五線譜。時たま色が混じるかと思えば、それはトロフィーや盾で、あるいは演奏から抱いたらしいイメージで、終ぞ麦酒は手許に見えすらしなかった。
叩いて奏でて、打って響かせて。指が躍れば人々は静まり、指が止まれば人々が湧く。そんな光の繰り返し。
叩いて奏でて、打って響かせて。指が踊れど
アカシック・カフェ【2-epilogue】
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曲がり角で律儀にもう一回振り返って、浮田様は今度こそ見えなくなった。一件落着、と気を抜いたところに、隣の永愛がぽつりと呟く。
「それにしてもさ、弥津彦」
「ん?」
「音大って言うなら、私の全知の方がよかったんじゃない?」
「あー……」
一理ある。確かに永愛の派生能力でなら、視覚特化型の俺よりもさらに真に迫って宇佐野恋の四年間を体感出来ただろう。音大の生活
アカシック・カフェ【3-1 アイスコーヒー・リーディング】
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よく晴れた、土曜の昼下がりだった。
「明窓館の…高等部、新入生か」
「え?」
「あっ」
……やらかした。普段からなるべく口には気を付けているんだが、今日はお客が少なくて気が緩んでいた。
注文を取りに来た俺に、口を開く前に素性を言い当てられた少年は、目を丸くし、そしてすぐ輝かせる。あーあー、嫌な予感がする。ご無沙汰の展開が来るぞ。
「……まさか、アカシッ