高梨蒼
アカシック・カフェ 【1-1 ビター・ルール】
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アカシック・カフェ 【1-1 ビター・ルール】

高梨蒼
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広いとは言いがたい店内。だけど、細やかに手入れした空間。ブラウンを基本に整った温かみある喫茶店。俺の店だ。
今、つい数分前まで女子高生が気安くも深刻なガールズトークを繰り広げていたとは思えない静寂に包まれていた。

「運良かったですね、お客さん。丁度誰もいない」
「……はぁ」

コーヒーを準備しながら、軽い単語を繋いで話しかける。けど、表情は真剣だ。むしろ、シリアスになりすぎることを避けるように、親しみある言葉選びをしている。しているん、だけど。

「……前置きは要らなそうで」

どうもお節介だったらしい。小柄な客人は――ハヅホと比較にならないほど――思い詰めている。ならば単刀直入に聞くだけ。

「話せるところからで結構ですよ」

言いながらコーヒーを置く。その波紋が消えたころ、彼女が口を開く。少しだけ怯えながら。

「……矢車さんから聞きました。あの、貴男は……本当に」
「本当に『アカシックス』ですよ」
「……!」

怯えながら、それでも前提の確認。慎重な人だ。けれど、俺にとってはお馴染み、いつもの問答だ。俺はお客さんの慎重さの先を廻り、向かいの椅子に回り、短く答える。
BGMを切った店内で、俺の返答が響かずに消えた。お客さんの顔色も、すっと消えた。
代わりに、目の光だけは急速に、爛々と輝き始める。希望、渇望、飢えすら感じる目。瞬きを数度しただけで、彼女の感情は決壊したらしい。

「っ、なら!お願いしたいことが!」
「待った!」

本題に切り込む機先を制して、俺は主導権を握り直す。せっかちなのか臆病なのか分からんな、この人。一呼吸おいて、手を翻しコーヒーを勧めて、俺は場を支配する。

「……まずは、これを読んでください。なァに、簡単な誓約書です」

控え室から「準備中」札と一緒に取ってきた紙を一枚、差し出す。コーヒーを飲みながら、説明を添える。

「ひとつ『お客さんはウチの裏稼業について口外しないこと』」
「……えぇ。矢車さんにも、念押しされました」

当たり前の内容だ。当たり前すぎる。お客さんも落ち着いて、静かに頷く。けど、コーヒーは飲んでくれない。
本来アカシックス……アカシックレコード接続能力者は、然るべき資格試験を通過し『国家全知接続者』になり、然るべき届け出をして、ようやくアカシックスとしての能力を扱える。つまり俺は国家公認じゃない、違法の民間アカシックスという訳だ。
野良アカシックスはルールの外』。それは人類の常識の外側という意味であり、法の処罰対象という意味であり、さらに裏社会に引き抜かれる人材または道具候補という意味でもあり、そして……。
いや、今はそんなコトより誓約書だ。コーヒーに口をつけて、説明を再開する。苦みが俺の焦点を糺す。

「ふたつ『お客さんは依頼の結果がどうなっても、文句を言わない。支払いをゴネたり、果物ナイフを持ち出さない』」
「……はい」

お客さんの声と表情が一層強張る。
……この誓約の重みを分かってくれるようで良かった。たまにいるんだよな、「自分が望む過去」でないと俺達アカシックス側の責任にして暴れる人。勘弁してほしい。
とはいえ、矢車の旦那が回してくれる客は、基本的にその辺分かってるイメージがある。最悪も最高も考えた上で、どうしようもなくなってしまう人。この女性も、その典型か。
ならば、せめて誠実に接しよう。

「……三つ。『俺は過去を教えるだけ。ここに来たのも、過去を知るのも、それからどうするかも、全てあなたの責任』」

たとえ追い打ちをかけるとしても。さらなる重荷を背負わせる、あるいは自覚させるとしても。これは誠実に言わねばならない。
小さな口がきゅっと結ばれて、左手はいつの間にか、右手首を握っている。瞳だけがなんとか光を失っていない。だけど視線は確かに落ちている。一口分も減ってない黒い水面には何が映ってるのかね。

「さて!まぁこんなところです。あとは俺が嘘を吐かないとか、俺側の守秘義務とか……そんなところです。簡単でしょ」

小さく手拍子をして、改めて明るい調子で沈黙から仕切り直す。
とはいえ、ここまでの砕けて戯けた言葉選びでも緊張していたお客さんには通じないらしい。

「……」
「別に、ここまで全部与太話の法螺話ってことにしてもいいんですよ」

逃げ道を示唆して、それ以上は言わない。代わりに口にしたブレンドは、まだ少し熱い。
風が唸って、街路樹がざわめいた。門限に追われる子供たちの声が共鳴するように届く。

「……ここに、名前を書けばいいんですね?」
「えぇ。本当にいいなら、どうぞ」

果たして、何が契機だったのか。決意を固めた彼女の瞳を、俺は視線と釘を刺すように見詰め、言葉だけで促した。彼女は一瞬怯んで、何かを言いかけて、それでもコーヒーと一緒に呑み込んだ。
かつかつと、几帳面な筆記音が数秒。

「では、正式に承ります。伊万里様」
「……よろしくお願いします。えぇ、と」

さて準備だ、と立ち上がった俺の背に、控え目な問いかけ。……あぁ。そういえば名乗ってなかったな。誓約書には名前があるけど、それは今俺の左手だし。やっちまった。
俺は咳払いをひとつして、伊万里様に向き直る。

「申し遅れまして。俺は喫茶『がぁでん』店主、兼アカシックウォッチャー栄海弥津彦と申します」
「さかみ……さん」
「ええ。改めて、どうぞよろしく」

精一杯のスマイル。笑顔が固いと師匠にもマスターにも言われてきたが、相変わらず苦手だ。けれど、誠意は伝わったらしく、伊万里さんの空気も少しだけ和らいだ。よかった……。
……おっと、大事なことを聞き忘れていた。最後の一口を飲んで、伊万里さんにも勧めて、朗らかに問う。

「ところで、伊万里様。乗り物酔いはするタイプですか?」

>>つづく>>

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