【日記】ASDの私の自律神経が整うまで。⓪自律神経が狂った経緯

私は今、自律神経が狂いに狂い、療養を余儀なくされている。
具体的にどういう状態かというと、立ったままいると倒れる。
座れる確証のない電車に乗れないし、日常生活の中で立ち上がることがいちいち難しくて、結構しんどい。
というか、社会生活ができない。

そういう感じなので、せっかくだから日記というものを書いていきたいと思う。
いつか自律神経が整うと信じているので、この日記は、私の自律神経が整うまでの記録となる。

そして、今回は、第⓪回。
ASDの矜持として(?)、日記を書き始める前に、前提とここまでの経緯、つまり、私がどういう人間で、どのようにして自律神経が狂ったかを記さなければならないので。


前述した通り、私はASDで、物事に対する感覚が人と違うし、感覚過敏があるし、その他色々、辛い思いをして生きてきた。

小学生のときにはもう、今思えば、自律神経が狂っていた。
「喉の詰まり感」というやつがあり、咳払いをしてからでないと声が出なかった。

中学生のときには、自分が人と違うこと、これまで人を傷つけてきてしまっていたことに急に気づいた。
そのときから、希死念慮に悩まされている。

そして、強い自己否定を原動力に、「生きていて良い人間」になろうと、必死に人との関わり方を修正し、勉強も必死にやるようになっていった。
体調不良を自覚できなかったので、あと自分が全く大切でなかったので、体調を整えた方が良いとか、疲れているから休んだ方が良いとか、毎日ちゃんと寝た方が良いとか、よくわからなかった。

そうして無理を重ねていたら、倒れたり、特に休みの期間に全然動けなくなったりするようになった。
でも、無理をすれば、動かなければならないときには体は結構動いたし、体調が悪くても周囲と比べて優秀ではいられたので、特にちゃんと休むとかはしなかった。
というか、「生きていて良い人間」にならなければ生きていけないのだから、休んでいる暇とかなかった。


そうして生きていたら、周囲の誰もが私を優秀と認めるようになった。
私は多分、客観的に見て、「生きていて良い人間」になったはずだった。
でも、一向に、「自分は生きていて良い」と思えなかった。
能力を高めても、自己肯定感ってやつは得られないらしい。絶望。

あと、なんだかんだ結構上手く人と関われるようになって、運良く良い環境に入り込めて、無理して身につけてきた能力も手伝って、温かい人間関係を手に入れた。
そうしたら、人として大切にされて、「もしかして、生きていて良いと思えるのって、誰かから大切にされて、自分で自分を大切にして、誰かを大切にできたときでは?!」と、理解してしまった。
自分のことが、ちょっと大切になってしまった。

そんなこんなで、強い自己否定という原動力を失い、また、自己否定を改善するためには無理をしても意味がないと知ってしまい……幸せになってしまい、
そうしたら、無理ができなくなった。

無理ができなくなったら、無理に動かしていた体が動かなくなった。
全てが一気に崩れていった。
そうして、今に至る。

こんな経緯なので、あとニート適性はあるみたいで、体調は悪いものの療養の日々は楽しくて有意義で、気分よく過ごしている。
鬱は鬱なので、辛いことがないのに急に「うわ、死にてえ!」って気持ちが降ってくることはあるけど。

取り敢えず、自律神経が整って、鬱が治ったら、最強のASDになれる気がする。
そう、諸悪の根源のASDは治らないんだよね。
でもまあ君のこと、憎いけど手放したくはないからね。
もう良いよ、そこにいて。上手く扱うからさ。

ということで、この日記では、私が元気になって最強になっていく過程をお送りします。
元気になっていくことは確定している。
見てろ!!!

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