十月二日 リクルートスーツに思う

都心の駅は内定式へ向かうらしいリクルートスーツ姿の人がひしめいていて、どこかざわめいた気分になっていた。

大学3〜4年の就活の時期といえば、いちばんの不調の渦中でそれどころではなかった。病院にかかる必要がある状態とも自覚しておらず、とにかく苦しい時期だった。検索履歴には「頑張りたい 頑張れない」「頑張る 疲れた」「やる気出ない」「人生 疲れた」こんな言葉が並んだ。こんなことを調べてもなんの参考にもならないまとめサイトしか出てこないのは分かりきっているのに、やめられなかった。

就活しなかった理由を人に話すときは大抵、「気が向かなかったから」とか「就活は気持ち悪かったから」などと言って笑っておく。
嘘ではないが、その内実は言葉からイメージするような奔放さとはかけ離れていた。
志望動機も自己PRも自分の気持ちに大嘘をつかなければ就活を乗り切ることはできない。本音はもうとにかく楽になりたい、自分でもこんなポンコツ人間と一緒に働きたいとは思えない、何もできる気がしないのに自分を売り込むなど到底無理だった。
この自信のなさの根底には小さい頃に母から言われた「要領が悪い」「応用が利かない」「トロい」「世渡り下手」といった言葉がある。学校やバイト先、大学の部活で劣等感を感じる瞬間は答え合わせのようなものだった。
ああ、やっぱり自分は母が言うような鈍臭い人間なのだ、と。
もうこれ以上他人との関わりの中でその事実を突きつけられるのは耐えきれない。そういう後ろ向きな気持ちが、就活をしなかった理由の半分。
もう半分は、中学の頃から脇目もふらず目指した心理カウンセラーになる目標を失ったこと。自分がこんなに不安定では人のメンタルケアなどできないと、方針転換を図った。

そこからの3年はもう、暗闇の中手探りでとにかく関心のあること、心惹かれる場所に身をおいた。
自給的な生活をしながらカフェ・宿を営むコミュニティで手仕事と宿泊業務・たまに畑仕事、病院の看護助手、過疎地域のコミュニティ喫茶、低所得世帯の子供の学習サポート、学童保育、喫茶店スタッフ、ひとり出版社兼本屋のインターン、ライター、事務職。
どれも非正規、波に煽られ中途半端ながらも、方向性は掴めつつあった。
調子を崩したこの機会に一度、躁うつ体質との付き合い方の見直しと就職の準備を、第三者の視点をもらいながら進めたいと思い就労移行に通い出したのが、いま。

就労移行のプログラム後散歩中の一枚
ビルの隙間からのびる光が
月明かりのように水面に映る

最近、久しぶりに繰り返し聴いている曲がある。
ロイル・カーナーの『Ottolenghi』。涼しい秋の風によく合う。
静かなメロディもさることながら歌詞もまたいい。彼自身ADHDや難読症、肌の色についての苦悩を抱えてきた人だからこそ、その言葉が重く響く。

Life can be bad, it can turn bad in a second
So remember what I'm tryin’ show you
this life can be good one minute and next minute,it can turn bad
So don't look down on nobody 'cause that's how life can turn for everybody
So remember, it's love everybody and I'm gonna look for that for mine
thank you

Loyle Carner is & Jordan Rakei 「Ottolenghi」

料理好きのロイル・カーナーは、しばらく音楽活動を休止して、ADHDを抱える若者たちのための料理教室をロンドンで開いていた。自分自身もADHDだというカーナーは、ADHDの若者たちの可能性を十分に理解している。「どうやって壁を登るかを見て魚を判断してはいけない」と彼は言っている。そんな彼だから、人にはそれぞれの人生があり、互いに尊重しなければいけないと訴えるこの歌が、心に響くのだと思う。

NEWREEL 金井哲夫 
ロイル・カーナーの「Ottolenghi」のMVが
面白くて暖かくて心に染みる

この曲が入ったアルバムのタイトルは、
『Not Waving, But Drowning』。

手を振っているんじゃない、溺れているんだ(Not Waving, But Drowning)──。文字どおり死にそうなくらい苦しんでいるのに、楽しそうにしていると受けとられてしまう、そのようなリアルを毎日毎日毎日毎日生き続けなければならない人びと、頼れる友もいなければ帰るべき場所もないような人びと、つまりはあなたに向けて、ロイル・カーナーは丁寧に言葉を紡いでいく。まるで、それもいずれは過去になると、慰め、そっと寄り添うかのように。そう、僕たちは「自分たちで新たな過去を作らないといけない」(“Carluccio”)。

eke-king 小林拓音
UKの若きラッパー、ロイル・カーナーが示す「第四の道」

「思ったより元気そうだね。」
幾度となく言われた。まあそりゃ、元気なときしか人前に出られないからね。相手に一切非はないが、その言葉を聞くたびどうやったって埋まらない隔たりのようなものを感じていた。理解を求めるのは無謀だと割り切ったつもりで、心のどこかで自分が感じている苦痛をわかってほしいと思っていた。

一方には手を振ってるんじゃなくて溺れてるんだよと、すべて吐露したい自分。もう一方には、決めた相手以外には手を振る素振りをしていたいと思う自分がいる。


○よきこと三点記録
・就労移行行けた
・洗濯できた
・料理の下準備できた
就労移行でのグループワーク中、その日のよかったことを振り返る癖をつけるといいとアドバイスをもらったので。前にも試してみたもののなんの気休めにもならん!と続かなかった。今回は大人しく馴染むまで続けてみるとする。加点方式でものを見る癖づけ。

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