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【ちょっとオトナの歌謡ノベルズ】ヨコハマ・ホンキートンキー・ブルース






こうやってさ、カウンターに一人で座って、ジョージアの夕焼けの色みたいなバーボン見てるとさ、コレだ、って思うよね。ジョン・リー・フッカーとかがやってたさ、ブルースってのがこういう色してたって見えてくんだろ。焼けるんだよ。喉はね、もちろん。あの夕焼けみたいな液体がね、喉に流れ込んでくるとさ、こうブワーって気持ちも溢れて来てね、なーんか昔のこと思い出しちゃってどーにも悲しくなっちゃったりするんだよなー。
ひとりでじっくり体に浸入してくるアルコールをさ、時間をかけながら胃の中へ落としてくんだよ。例えばさ、そういう孤独なオトコの声を持ってんのが、トム・ウェイツだよな。ジム・ジャームッシュの『ダウン・バイ・ロー』って映画も演ってたよ。ん、なんかアイツの声が聴きたくなる夜、ってのがあるもんだよ。こう、アイツの歌ってのはさ、夜の街の喧騒に紛れてかろうじて生きてるヤツのつぶやきみたいな感じがするんだよな。幸福からドロップアウトしちゃってるみたいな。途中からはバーボンの飲みすぎでだんだん声が潰れていくから、悪声の代表みたいなモンだけどさ、最初の頃はそうでもなかったんだよ。あのイーグルスもカバーしてたさ、『オール'55』ってのなんかイイ曲だよ。アメ車のデカいビュイック。'55年のロードマスターのことだよ、コレ。センチュリーってやつ。でも曲はね〜、なんて言うかなー、心の琴線に触れちゃうんだよね。イーグルスのはちょっとハワイアンギターみたいで気持ちイイけど。どっちかって言うとセクスィーてか。ま、ハワイアンとホンキートンクは元がおんなじだからね。それをブルースっぽく歌うんだ。

あぁ、ありゃきれいな娘だったよ。ヴィーナスみたいだった。あの娘にだったら何曲だって歌が書けたよ。
ヘミングウェイなんかにかぶれちゃっててさ。飲むのももっぱらあの釣りバカ野郎が好きなフローズン・ダイキリ。ただのダイキリじゃダメだよ。シャリシャリする方。あれをウマそうに舐めるんだ。ちっちゃな赤い舌の動かし方がさ、い〜んだよ。え!? やってもらったんじゃないかって? 知りたい? じゃ、もっとバーボン足してくんなきゃ。ツーフィンガーなんてケチなこと言ってないでさ、半分位は入れてよ。あの娘だって半分じゃガマンできなかったよー。最後までちゃんとイカないと。そりゃそうだろ。アンタ、知らない? そんな女? そうそう、だんだん気持ちよくなって来ると自分で動いちゃうタイプ。ちょっとさ、上に乗っけて太ももの外側辺りから膝のほうとか、内側なんかは特に弱いから、ため息つくまでうっすら撫でるわけ。そうすると突き出してくるからね、掴んでくれ、って言わんばかりにさ。それで掴まない訳にはいかないでしょ? そうするとオレの腕を持って自分の尻へ持ってくんだ。今度はこっちを掴めってさ。だから掴んでやって、ついでに前後に動かしてやると、だんだん躰がよじれてくるさ。そこで最後まで上手くよじらせてやらないとダメなんだよ。脇の下丸出しにして、長い髪かきあげて、声出るまで。あとはそんなに長くかかんないでイッちゃうだろ。

亜麻色の髪だったよな。サラサラしてるからサラって言う女でさ、誘ってないのに飯食うなら「オリジナル・ジョーズ」なんて聞いたふうなことぬかすんだ。関内に昔からあるイタリアンでさ、飯倉のオサレなキャンティなんかとは違ってあそこは結構庶民的だけどね。ま、本気のホンキートンクウーマンだから。ベイブリッジとレインボーブリッジの違いも知らないような外国女よ。
ベイブリッジを見せてあげるよ、ってのがバブル前の口説き文句だろ。あの頃ね、黄色いBMWのM3乗ってたんだよね。大黒PA辺りよく行ったもんだ。そいで誘ってさ、花は何が好きなの?って聞いたんだ。だってわかんないだろ、何がいいか。赤いバラじゃぁやりすぎだってのはわかってたからさ。そしたら「黄色いチューリップ」だってよ。可愛いモンじゃないの。ピンときたよ。安上がりな娘だって。え!?花言葉? そんなモン知るわけないだろ。何? 「望みのない恋」? ふざけんな。あの娘わかってて言ってたのかよ。他には「名声」?そんなモン、黄昏のメリケン波止場に投げ捨ててやる。オレはハマのホンキートンクマンだぜ。

元々山下町辺りで初めて見かけたんじゃなかったかな。まっ昼間っからママブルースって店にいてさ、窓際のカウンターに座ってたよ。何してんだ、って聞いたら、「アタシ、200マイル先を見つめてるの」だって。ガツンときちゃったよね。200マイルって何だよ。そこまでメリケン式かよ? だろ。
そいでそのまま無性に全部脱がして武者ぶりつきたくなっちゃってね。欲情って言うんだろうな、アレが。
それと一緒に覚えてるのはさ、真っ青な空にカモメが多く飛んでたなー、っていう秋の深ーいある日の午後の話。

だけど本牧辺りで満足してたんじゃないの。メリケンハウスがあってジャズなんか聴けた頃の、ざわざわッとしたイメージでね。あそこは車ないと行かれないよ。鉄道空白地帯だから。ちょっときれいになったのだって、そんなに昔じゃないんじゃない? オサレなエリアにしちゃってジャズ聴けるオープンバーもあったよ。気取った娘じゃなかったからさ。踊りながら熱いキスを何度もしたよね。公衆の面前でしないのは日本人ぐらいなんだけどさ。あそこであの状況で、気取ってられっか!? 向こうからしてくんだ。断ったら大バカ野郎だと思われちまう。別に、罪じゃないし。昔は赤レンガ倉庫の裏にでも連れ込む方がヤバい奴だと思われてたよね。
いなくなった娘の影を探し求めて一人さすらったりする方がよっほどホンキートンクなんだよ。

革ジャン羽織ってホロホロトロトロ、あんなイイ女もういないかもなー、なんて思いながらバーボン片手に山下公園辺りふらついて千鳥足。今考えるとなんで、あんなとこ歩ってたんだろな、オレ。行き着いた記憶がないってことは、寝てたんじゃないか。寝ながら歩ってたのかもしれねぇな。噂じゃそれが得意だっていうヤツもいるんだってよ。しかも電柱にぶつかってもまだ目が覚めないらしい。
あそこにあるだろ、クラシックなグランドホテルっていうの。あれの明かりが滲んじゃうんだよ。悲しくて泣いてんのか、酔っ払ってよく目が見えないんだか知らないけど、これじゃあ、オレがセンチメンタルなホンキートンクマンかもしれないな。

ちょっとこれから伊勢佐木町の方も行ってみるか。手羽のウマイとこあるんだ。「はねあげ」っていう店。
酔い覚ましにぷらぷらしながら付いておいでよ。

あー、街の灯りがとてもキレイね。ブルーライト・ヨコハマ。
足音だけがついてくるのよ。ブルーライト・ヨコハマ。
オレは、足元だけがふらついてるのよ。ホンキートンクマン・ヨコハマ。イェイ✌️





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『ダウン・バイ・ロー』1986年 ジム・ジャームッシュ監督


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