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とけてこぼれて


もう春を越えて、夏の煌めきじゃあないか。

空を見るだけで季節がわかるのは四季に親しんできた特権だと思う。


今日は最高気温が25℃らしい。これ見よがしに半袖が売られている理由が少しだけわかる気がする。

気温が上がりすぎて桜が上手く咲くのか心配している。桜を見ることのない春なんて無いも同然だし、要らない。淡い鴇色の、薄い花弁。それだけで私は笑うことも泣くこともできると信じている。



お世話になった先輩が大学を卒業した。久々にもっともらしい別れを体験して、素直に寂しくなった。もう私達はとっくの前から大人だと言われていたはずなのに、「大人になってくんだなあ」とぼんやり考えていた。とんだ春煩悩だ。

別れというのは歩いていく人を見送るよりも自身が歩いて行く方がより孤独で不安で寂しいのだと思う。誰も知らない道を、誰も共に行くことのない道を歩いていく。それが別れであり成長でもある。
駅に向かう先輩方の背中を見つめながら、私はきっと来年自分が卒業するときの方が、別れの存在をより身近に感じるのだろうと考えていた。卒業式では泣いたことこそ無いが、別れの美しさと寂しさについて誰よりも想いを馳せていた気がする。

ただ何かを、祈っていた気がする。




楽しさや歓びは柔らかく甘いアイスクリームのように、とろとろと溶けてこぼれていく。それはきっと記憶によく似ていて、記憶を測る水時計にも、同じような感覚を覚えるのだろう。

記憶や思い出に「愛してるよ」なんて声をかけても意味がなくて、だからこそ今目の前の大切な人に伝えなければいけない。大切な人、大切な今。


とけてこぼれても甘いまま。
愛しいので、どうかまた会いましょう。


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